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2020/07/05

「血栓」のNHKのイントネーションは正しいか?

昨夜、役員会が終わって帰宅し、遅い夕食を妻ととったが、彼女が見ていたNHKの COVID-19 の教養番組(「NHKスペシャル タモリ×山中伸弥▽“人体VSウイルス”驚異の免疫ネットワーク」)の後半を非常に興味深く見た。それは同感染症(COVID-19 は今回の未知の新型コロナ・ウィルスによる感染症の疾患名である)の特異所見に有意に肺血栓症が見られるというもので、その機序を説明する下りで、「血栓」をNHKアナウンサーも、かの山中伸弥教授も、タモリを始め二人のコメンテーターも一律に「血栓」を

↗っせん

と発音していた。一貫して全員がそう発音していたのである。アナウンサー以外にあれだけのキャストが完璧に発音しているのは、ディレクターから指示されたからに間違いない。山中教授も普通にそれに従っているとすれば、研究現場や医療従事者の間でもそうなのかも知れない。

しかし、それは本当に正しいだろうか?

因みに、私の妻は完全ボランティアで視覚障碍者の音声訳組織の仕事を自宅で手掛けており、名古屋出身で発音に自信が持てない単語が多くある彼女から、ほぼ毎日のようにアクセントやイントネーションを尋ねられるのが日常的であるため、こういうことには私も甚だ気になるようになってしまっているのである。

まず、「栓」の音は短音でフラットの「セン」である。二字熟語になった際に前の後備の「つ」が拗音化すると、それは確かに↗ッ」と上がる傾向がある(そうならないものも有意にある。後掲する)。それに短音のフラット「セン」を単純に接続するなら、このイントネーションは問題ないよう一見、見える。

しかし、私は未だ嘗て「血栓」をそのように発音したことは、一度もない。私は

↗っせ⤵ん」

としか発音しない。熟語化されるとイントネーションが異動・変化するのは寧ろ日本語の常識であって、そのような機械的結合に拠る発音が機械合成音の甚だしい違和感となっていることは言うまでもない。因みに私は鎌倉生まれで(幼稚園と小学校一年の途中までは練馬区大泉学園にいた)、中高時代は富山で過ごしたが、その後は大学は東京、その後は鎌倉(大船)に住み続けて現在に至っている。私が完全標準語しか話さない訳ではないが、高校時代は演劇部で標準語発音には人一倍気を使ったし、就職してから高校国語教師という立場上からも、通常人より、遙かに方言・アクセント・イントネーションの問題には気をつけてきた人間である。

さて、こういう場合、「栓」を後部に含む熟語と発音を比較してみれば、よい。ところが、それが実は日常的には非常に少ないのである。そうしてそれが実はこのNHKの「↗っせん」に意義を感じる人が殆んどいない理由なのではなかろうか? と感じた。

しかし、どうだ、あまり使わぬ熟語だが、「風呂の水栓を抜く」を君は「↗いせん」と発音するか? それじゃ「自動水洗」(「じどうす↗いせん」・複合語化によるアクセント変化例)・「黄水仙」(「きず↗いせん」・同前)」や数学用語の「垂線」だろ? 「水栓」はどう見ても「す⤵いせん」である。「推薦」や単熟語の「水洗」「水仙」と同音と言えば判りが良かろう。

ワインのコルクを抜くことを「抜栓(ばっせん)」と言う。私はワイン好きでほぼ毎日のように飲むが、シェフやソムリエが「抜栓」を「↗っせん」と言ったのを私は聴いたことがない(因みに「ばっかん」と言う人はいるが、その場合も「ばっかん」で全フラットとなる)。「ば↗っせ⤵ん」である。

これらを並べて見れば、「↗っせん」が如何に特異点的に不自然であるかということが判る。拗音化完全同音の熟語である「決戦」も「決選」も「血戦」も、どれ一つとしてそんな発音はしない。発音して御覧なさい。どれも「↗っせ⤵ん」である。

されば、何故、「血栓」だけをそう発音しなくてはならないのかが疑問になってくる。

医療現場で同音で聞き違えるミスを考えるが、あり得そうなのは「血算」(けっさん:「けっさん」(完全フラット):全血球計算の略。緊急救命室などで頻繁に使用する重要な略語)だが、発音もアクセントも異なり、こちらは検査用語であって、シチュエーションを考えても「血栓」という疾患と誤りようがなく、聞き違えがあったとしても、文脈が意味不明になり、生命に関わる医療ミスにそれが繋がるとは私には凡そ思われないのである。

以上が――私の孤独な不審のである。識者の御教授を乞うものである。因みに、「発音辞書 Forvo」の「血栓」を聴かれよ。私と同じである。

【追記】

妻は以上のような理由から、複数冊のアクセント辞典を所持している。そこで、先程、その中の最新の2017年NHK出版刊「NHK 日本語発音アクセント新辞典」を借りて調べてみた。すると驚くべきことに、

『けっせん【血栓】 ケッセン

となっているじゃないか!?! これはそれ以下に載る「決戦」・「決選」と同じ、私の発音しているのと同じ「↗っせ⤵ん」 なのだ!

妻と私の不審に就いて聴いてみた。

「山中先生は京都だから、そう発音するのはおかしくないと思うよ」

という。

彼は大阪府枚岡市(現・東大阪市枚岡地区)に生まれで、東大阪市立枚岡東小学校から、転居で奈良市立青和小学校に転校、中学校は大阪教育大学附属天王寺中学校で、高校は大阪教育大学教育学部附属高等学校天王寺校舎へ進学、大学は神戸大学医学部医学科へ進学、卒業後は国立大阪病院整形外科に勤務後、大阪市立大学大学院に入学、後にカリフォルニア大学サンフランシスコ校グラッドストーン研究所へ博士研究員として留学、帰国して日本学術振興会特別研究員を経て、大阪市立大学薬理学教室助手に就任、その後、奈良先端科学技術大学院大学でiPS細胞の開発に成功し、京都大学へ移っている。現在、京都大学iPS細胞研究所所長で教授である。

以上から、彼は生粋の関西人であることが判る。だから、彼が日常的に関西のイントネーションで「けっ↗せん」と発音している可能性は頗る高いことになる。彼がラフに喋る場合、関西弁になることは以前から知っていた。しかし、昨日の番組では、「血栓」以外には関西弁は出なかった。彼はそれを方言のイントネーションだと理解していなかった可能性もあるから、山中教授のそれを取り立てて問題視する必要はない。

とすれば――大問題なのはアナウンサーや出演者が一律に「けっ↗せん」と発音していること自体の異様さ――ということになる。

例えば……番組前の打ち合わせで山中教授がそう発音したのに対して、ディレクターがNHKのイントネーション基準に反して無批判にアナウンサーや出演者全員に「先生のそれに従うように」と絶対的な指示を出していたとしたら……これは全く以って言語道断の公共放送にあるまじき仕儀である。

そんなことを考えていたら――憂鬱の完成している私は――ますます腹が立ってきたのである。 以上。

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