三州奇談續編卷之七 異蛇の長年
異蛇の長年
小矢部は大川なり。大橋の側を福町と云ふ、漁家多し。此邊(このあたり)に止宿して話を聞く。
[やぶちゃん注:現在の富山県小矢部市東福町(グーグル・マップ・データ)の地名に名残がある。小矢部川右岸。ここで対岸の今石動町とを結ぶ小矢部川に架橋する橋が、現在は「石動大橋」と称するので、「大橋」はそれと考えてよいか。
「漁家」川漁師である。]
頃しも春寒猶あり。梅花亂落して櫻は徒(いたづら)に枯樹に似たりし霜深き朝(あした)、鳥の四五羽あざりたはぶるゝ中、一羽衆と異なるものあり。能く見るに、此鳥上觜(うははし)なくして、餌を得ては下觜を以て刎上(はねあげ)げて食ふ。又術あるが如し。是を此(ここの)主(あるじ)なるに尋ぬるに、
「是は此邊り富山屋【今は喜兵衞といふ。】なるなる人の先人(せんじん)、此鳥の物を盜み食ふを憎みて、密(ひそか)に罠を用ひて捕へ、魚を切る刀を取りて
「首を一打(ひとうち)に」
と打つに、はづれて上觜を切落す。鳥は羽叩き烈しく、終にわなを遁れて飛去る。さまで惡(にく)むべき程にもあらねぱ、其儘にして捨て置く。鳥も又さまで外(ほか)へも去らず。今は聲も替らずといへども、頭の振(ふり)怪しけれぱ、數百の中に居ても著(いちぢ)るし。其切りし人は死して今孫の世なり。八十餘年に至れども、鳥は其まゝ鳴音(なきね)も替らず、老いたるとも見えず。」
古人の話に聞く、「三鹿(さんろく)斃(たふ)れて一松(いつしよう)枯れ、三松枯れて一鳥(いつてう)死す」と。是は長年(ちやうねん)の人にあらざればためすこと能はず。空言(そらごと)と思ひしに、今日ふしぎにも其證の端(はし)を見ることを得。
又此家に、四五年先【安永三年[やぶちゃん注:一七七四年。]の事なり。】怪しき蛇ありき。一朝庭上寒く風怪し。人々立出で見るに一小蛇あり。庭の生垣を登り、楢の葉をねじて押へ、内を白眼(にら)む勢(いきほひ)あり。此氣のおして窓戶を射るにぞありき。其勢烈しくして正(まさ)しく、相向ひ見ること能はざりし。然共(しかれども)纔(わづか)に二尺の蛇なるに、人々前に廻り後ろによりて見るに、兩手足鳥の如く赤く、小き角二岐(ふたまた)なるが一寸許生出(おひい)で、面(つら)のかゝり彼(かの)般若面と云ふべき氣色(けしき)なり。邊りの人も
「あれを見よや」
と取騷ぐうち、一聲風起る如くしてかきくれて見えず。色々に探せども行く所を知らずとなり。
是も又彼家の先人、此蛇あること久しく語られし。是を思ヘば、いか許り昔よりあらんも知れず。世話(よばなし)に「山に千年川に千年」と聞きし詞(ことば)も是にや。百年許先も二尺許りありしとか。是(これ)町を去るの宿因至らざる内にやあらん。彼の「龜を養ひて百年居るか試みん」と云ふ人の如く、論徒らになりぬ。
[やぶちゃん注:最後の怪蛇は手足があるとするので、先祖返りの奇形か、或いは蜥蜴なのかも知れぬ。]
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