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« 今日――Kはお嬢さんへの切ない恋情を先生に告白する―― | トップページ | 梅崎春生 砂時計 27 »

2020/07/22

梅崎春生 砂時計 26

 

     26

 

 大きな調理台を前にして、午餐会の料理をあれこれ調製しながらも、木見婆の気持はいっこうに落着いていなかった。塩をつかもうとして砂糖壺に手をつっこんだり、つまみ食いのつもりで陶器の箸置きをガリッと嚙み、あわててはき出してみたり、そんなことばかりしているので、調製はなかなかはかどらない。調理場にいるのは、木見婆ひとりであった。戸外はうらうらと天気がいいのに、調理場は完全な北向きだから、陽光のひとかけらもここには射し入って来ない。そのうすぐらい調理室で、木見婆は時折すっかり手元を留守にして、隅の米櫃(こめびつ)を横目でにらんだり、扉の方に素早い視線を走らせたりした。調理室の扉は、平常はかたく閉ざされているのに、今日ばかりはわざとなかば開かれているのだ。廊下に足音がする度に、木見婆はぽったりした瞼を引っぱり上げ、眼球をその方に、じろりと動かした。それは巣のすみにかくれて獲物を待つ蜘蛛(くも)の動作にも似ていた。扉を半開きにしてあるのは、ニラ爺が廊下を通りかかるのをつかまえるためであった。

「ほんとに、韮山(にらやま)伝七の糞爺!」

 たびたび塩と間違うので、砂糖壺をかかえて手荒く戸棚に押し込みながら、木見婆は腹立たしげにつぶやいた。

「さんざんあたしからゆすって行ったくせに、それをまた他人にべらべらとしゃべるなんて!」

 さっきの松木爺との会話以来、木見婆の気分はささくれ立ち、不安げに波打っていた。一体ニラ爺がどの程度までしゃべったのか、松木爺だけにしゃべったのか、松木爺以外の者にもしゃべったのか。それらの疑問が木見婆のいらいらに拍車をかけていた。ニラ爺が何もかもしゃべったとすれば、たちまちその噂は全寮に拡がるだろう。拡がったからには、それらはやがて院側の職員の耳にも入り、更(さら)に黒須院長の耳にも届くだろう。すると黒須院長はまっかになって激怒し、木見婆を呼びつけて大声叱咜(しった)するだろう。その想像だけでも木見婆はぞっと身慄いが出る。三十も歳下の院長を、木見婆はひどく怖がっていたのだ。[やぶちゃん注:「大声叱咜」「たいせいしった」。]

「ほんとにニラ爺の奴!」胡瓜(きゅうり)を束にしてゴシゴシ刻みながら、木見婆はふたたび押え切れずにつぶやいた。「早くとっつかまえて、きゅうきゅう絞り上げて、口止めしなくっちゃ。べらべらしゃべり回られては、あたしの身の破滅じゃないか。院長がかんかんに怒って巡査を呼んで来たら、あたしはどうしたらいいんだろう」

 木見婆は庖丁(ほうちょう)の手をハッと止め、顔を扉の方にぐいと振り向けた。廊下の方で忍びやかな足音が聞えたからだ。そして半開きの扉の間に、二つの皺(しわ)だらけの顔がぬっとあらわれた。それは木見婆の予期待望したニラ爺の顔でなく、西寮の森爺と甲斐爺の顔であった。その顔のひとつが猫撫で声で口を開いた。

「木見婆さん。入ってもいいかい?」

「入らせとくれよ」も一つの顔が言葉をそえた。「ちょっとでいいからさ」

「何の用事があるんだい」木見婆はつっけんどんに答えて、庖丁の背でまな板をとんと叩いた。「ここは院長先生の命令で、立入禁止、オフ・リミットになってんだよ。知ってるだろ」

「そりゃ知ってるけどさ」と森爺がやや哀願的に言った。「ちょっとでいいから、頼みますよ」

「立入りを禁止するなんて、水臭いじゃないか」と甲斐爺。「先代の院長の時分は、俺たち、ここに自由に出入り出来たよ。木見婆さんだって、知ってる筈じゃないか。それを今更、立入禁止だなんて――」

「何言ってんだよ。富士のお山だって、立入禁止になる世の中だよ。第一男が、用事もないのに調理室に出入りするなんて、間違いの元だよ。それとも何か用事でもあると言うのかい」

 森爺と甲斐爺は顔をつき合わせて、何かこそこそと相談をした。そして森爺が二人を代表して、手を揉(も)みながら口を切った。

「実はね、ニラ爺のことだけどね、まさか木見婆さんは……」

「ああ。ニラ爺!」

 木見婆はとたんに絶望して、両手を宙に上げ、傍の小椅子にくたくたと腰をおろした。小椅子はその重さに耐えかねて、ギギッときしんだ。木見婆は両掌で顔をおおい、ふてくされた声を出した。

「入りたけりゃ入んな。ほんとにいけすかない爺たちだよ!」

 森爺と甲斐爺はびっくりしたように、顔を見合わせた。木見婆の態度があまりにも急変したからだ。次の瞬間、森爺はにやりと顔をほころばせ、甲斐爺の耳に口を近づけた。「やはり、ニラ爺、ここにかくれてたんだよ。木見婆さんの態度で判るよ」

「こんなところにかくれるなんて、ずるいねえ」甲斐爺はささやき返した。「さあ、探そうか」

 二老人は爪さき立って、そろそろと調理室に歩み入った。甲斐爺が扉をしめた。それから二人は調理室のあちこちを歩き回り、棚をあけたり、調理台の下をのぞき込んだり、いろいろなことをした。しかしニラ爺の姿はどこにも見当らなかった。小椅子に腰かけた木見婆は、顔をおおった両掌の指の股から、二老人の動作をじろじろと観察していた。しかし木見婆の予期に反して、二老人は棚や引出しをゴトゴトとあけたりしめたりするだけで、つまみ食いをしたり食物をポケットにくすねたり、そんなことは一切やらないようなので、木見婆はついに掌を顔から引き剝がし、いぶかしげな声を出した。

「あんたたち、一体なにをしてんだね?」

「探してるんだよ」

「探してるって、何をさ」

「ニラ爺さんだよ」甲斐爺が腰を伸ばして、不審そうに木見婆を見た。一体あの爺さんたちをどこにかくしたんだい?」

「ニラ爺さんたち?」木見婆は思わず大声を出した。「どこにかくしただって?」

「そうだよ」森爺も腰を伸ばして、天井を見上げた。「まさか、天井裏にもぐり込んでやしないだろうな」

「何故ニラ爺さんたちが、天井にもぐり込むわけがあるの?」木見婆は椅子をギイと鳴らして立ち上った。「大掃除はもう一ヵ月も前に済んだじゃないか」

「誰が大掃除だと言った」甲斐爺は失笑した。「大掃除なんかであるものか。かくれんぼだよ」

「かくれんぼ?」木見婆はふたたび大声を出した。「あんたたちは、かくれんぼをやってんのかい」

「そうだよ。かくれんぼをやっては悪いのか?」

「ニラ爺さんたちがここにかくれるわけがないじゃないか!」すっかり事情が判ったので、木見婆は元気を取り戻し、かつ大いに立腹してじだんだを踏んだ。「いい歳をして、かくれんぼだなんて。粋狂(すいきょう)も休み休みにして頂戴よ!」

「でも、一時間内に探し出さねば、百円とられるんだよ」甲斐爺が口をとがらせた。一時間を過ぎると、二十分毎に五十円ずつ加算されるんだ。たまった話か」

「かくれんぼをやりたかったら、外でやっとくれ!」木見婆はなおもつづけてじだんだを踏み、その振動で胡瓜(きゅうり)が一本、調理台からころころと床にころげ落ちた。「ここは立入禁止だよ。院長先生に言いつけるわよ。こんなところにニラ爺さんをかくすわけが、あたしにあるとでも言うの」

「だって、さっきニラ爺さんの名を出したら」森爺がなおもうたがわしげな声を出した。「とたんにあんたはへたヘたと、元気がなくなったじゃないか。だからニラ爺がいると、わしらは思ったんだ」

「そうだ。そうだ」甲斐爺が冷蔵庫の把手(とって)に手をかけた。「この中かも知れないな」

「そこはムリだろう」と森爺が手で制した。「いくらニラ爺の身体が小さくても、そこには這入れないよ。第一そこだったら、ニラに煙はたちまち冷凍人間になっちまう」

「へたへたとなろうと、むくむくとなろうと、あたしの勝手だよ」木見婆は憤然ときめつけて、床(ゆか)から胡瓜を拾い上げた。「あたしもちょっとニラ爺さんに用事があるんだよ。ニラ爺さんを見付けたら、そう言っときな。あたしがカンカンになってるってね。あのおしゃべり爺!」

「ここにもいないのか」未練そうに冷蔵庫の把手から手を放しながら、甲斐爺は吐息をついた。「ここにもいないとすれば、あいつら、どこにもぐり込んでいやがるのか。メーターがどんどん上るじゃないか。困った。困ったなあ」

「困ったなあ」書類戸棚の中で、ニラ爺が何度目かの切なげな嘆息をもらした。「ほんとに進退谷(きわ)まった」

 煙爺はそれに答えず、黙然と膝を抱き、頭をしょんぼりと垂れていた。戸棚の中で、戸板の隙間や節穴から入る光線は、縞(しま)や筒となり、内部をぼうと明るくしていた。そこに一尺ほどの高さにしきつめられているのは、よれよれの古記録や古書類のたぐいであった。それから蒸れたようなかびのにおいが立ちのぼり、紙魚(しみ)かがちょろちょろと這い回っている。ニラ爺に煙爺は、それらの堆積を座蒲団がわりにして、木乃伊(みいら)の如くちょこなんとちぢこまり、苦しそうにまた憂鬱そうに眉根を寄せていた。扉の外から隙間や節穴を通して、器物のカチャカチャ触れる音や咀嚼(そしゃく)音、旨そうなものの匂いなどが、遠慮なく侵入してくるのだ。煙爺の下腹がグルルと音を立てた。

「栗山書記がまだ出て参りませんので、細部までは行き届きませんでしたが、以上が大体の今月の報告です」黒須院長は帳簿をぱたりと閉じ、一座をにこやかに見回しながら、グラスに手を伸ばした。「今月だけで見ると、あまり成績が上らないように思われるかも知れませんが、まあ当院のような事業は、いわば継続事業とでも称すべきものですから、経営者側におかれましても、長い目で見ていただきたいと思いますな」

 沈黙が来た。院長卓をかこんだ六人の男女は、そのしばらくの沈黙を、しきりと箸を動かし、またグラスを口に持って行ったりした。報告を検討するというより、咀嚼や玩味(がんみ)の方に忙がしい風なので、院長はほっとした表情でグラスを卓へ戻し、大きなハンカチを取り出してごしごしと額の汗を拭いた。陽光の加減で、室内の温度もかなり上昇していたのだ。

「これ、ピチピチしていて、おいしいわね」女高利貸がオムレツにつけ合わせた桃色トマトの一片を箸でつまみ上げた。「これ、当院で採れたの?」

「そうです」院長は莞爾(かんじ)としてうなずいた。「畠にしてみて初めて判ったんですが、ここらは実に地味(ちみ)が肥えていましてねえ、野菜栽培(さいばい)にはまったく好適の土地でしたよ」

「一年前の院長の英断が当ったというわけだね」酔いで額をうすあかくした食堂主が、同じくトマトをつまみながら口を入れた。「芝生を畠に一挙に改変するなんて、なかなかいい着眼だったよ。引っ剝(ぱ)がしたあの芝生は、いくらで売れたっけ」

「あれは上質の高麗芝(こうらいしば)でしたから」院長は帳簿をぺらぺらとめくった。フ兄えと、一坪当り百八十円でした。収入はちゃんと別途会計に繰り入れてあります」

「芝屋に売らないで、直接需要者に売ったら、もっと高値でさばけただろうねえ」運送屋が残念そうに言った。「今高麗芝の上等は、二百五十円から三百円してるよ」

「売り惜しむと時期外(はず)れになるんでねえ」と院長は弁解した。「芝生も植込みの時期があるんですよ。そこを外すと、値段もぐんとたたかれるんだ」

「で、在院者たちは」菓子屋が言った。「畠仕事に喜んで精を出しているかね。不平不満の向きも少しはあると聞いたが」

「まあどうにかやっています」院長もトマトをつまんで、べろりと口中に放り込んだ。「輪番制ですから、大した負担にはならないんですよ。しかし一部には、働いただけの報酬をよこせという声もありますが」

「今のところは無報酬というわけだね」

「そうです。園内の栽培物は、結局在院者の口に入るんですからな。それにわたしはかねがね、在院者に向って、適当な労働は長寿の秘訣だと言い聞かしてある。まったく畠仕事というやつは健康なものですからねえ」

「長寿の秘訣もいいけれど」教授がグラスを乾して口を出した。「皆が長寿を保ったら、当院としては困るじゃないか。さっきの報告によれば、今月も先月も死亡者は一人も出ていない。二ヵ月間一人も死なないなんて、当院始まってのことだよ。こんなに回転率が悪くては、とても経営は成り立たないぜ」

「そのこともわたしはいろいろ考えておりますが」院長はごまかすようにパセリをつまんでがしがしと嚙んだ。「近頃老人がなかなか死なないということは、当院だけのことでなく、世界一般、日本人全般のことでして、現に戦前にくらべると、日本人の平均寿命はぐんと伸びている。これひとえに、予防医学の発達普及、栄養剤の進歩、抗生物質の発見、生活水準の復帰、その他のいろんな原因によって、寿命がぐんぐんと伸びました。だから当院だけを問題にされると、院長の立場としても困るんですがね」

「しかし経営が成立しなきゃ、元も子もないじゃないか。僕らは慈善事業をやっているんじゃないからね」教授は気取った手付きで、鼻眼鏡の位置を正した。「どうにかしてそこを調整する必要がある。そうでないと僕は経営から手を引かざるを得ない」

「わたしも」

「おれも」

「僕も」

「わたしもよ」

 残る四人が異口同音に唱和したので、黒須院長はいささか狼狽の気配を示し、またハンカチで額をごしごし拭った。

「入所の資格年齢を、すこし引き上げてはどうですか」肥った食堂主がオムレツを引っくり返しながら提案した。「入所年齢が六十歳、払込金額が十万円。これで七十も八十も生き延びられては、とてもやっては行けませんやね。どうです。入所年齢を六十五歳ぐらいに引き上げては?」

「いっそのこと、七十歳に引き上げたらどうだね」と菓子屋。

「いや七十歳だと集まりが悪くなるだろう」と運送屋。

「空き人員に対して、入所希望者数が下回ることは、経営上面白くないよ」

「婆さんの入所を許可したら」と菓子屋。「希望者数が下回ることはないだろう」

「婆さんはダメだよ」と食堂主がむちむちと肥った手を振った。「婆さんの入所を許可すると、爺さんたちが張り切って、ボルモン分泌の機能を回復して、ますます長生きになってしまうよ。折角生命力が尽き果てる方向にむかっているのに、そんな刺戟を与えて逆行させる手はないよ」

「爺さんだけのことでなく、婆さんという奴はまったく長生きするよ」と運送屋。「女は男よりたしかに十年は長生きする。女って奴は図々しいからな」

「図々しくってお気の毒さま」女金貸が身体をくねくねさせて拗(す)ねた。「どうせ女は図々しいわよ」

「ごめん。ごめん」運送屋は頭に手をやってあやまった。「おれ、一般的な開題として発言したんだよ。気に障ったらあやまるよ」

「ではやはり中(なか)をとって、暫定的に六十五歳にしますか」

教授がぐるぐると一座を見回した。「異存ございませんね。では満場一致で、入所資格年齢の規約改正が成立しました」

 黒須院長は大急ぎで会議録を開き、規約改正の件を記入した。

「今、在院者は何人でしたかね」女金貸が院長に訊ねた。

「ええ。九十九名です」

「九十九名。半端(はんぱ)な数なのね。もうすこし詰まらないの?」

「ええ、それはとても!」院長は、大げさに掌を振った。

「わたしが着任した時は総数六十六名。つまり一部屋に二名宛でしたが、それを無理して三人一部屋にこぎつけた。人員の五割増しですな。在院者の猛反対を押し切って、わたしがこの企画を敢行し成功したことは、皆さんの記憶にも新しいことと思います」

 院長は鼻翼をうごめかして、得意げに一座を見回した。

「そういう経緯(いきさつ)でありますからして、この際一部屋の収容人員を殖やすことは、現在の段附では先ず無理でしょうな。強行すると、かえって在院者の気持を刺戟して、まずいことになるでしょう。現に在院者の一部から、寮舎増築の要求も出ています」

「寮舎増築?」菓子屋が眼を剝(む)いた。「そんな無茶な!」

「だからわたしが押えてあるのです」

「一部屋三人というと、一人当り二畳ね」と女金貸が言った。「二畳あれば充分じゃない? 爺さんはしなびているから、体積や表面積が小さいし、二畳でも広過ぎるくらいだわ。都立の養老院ではどうなってるの?」

「板橋養老院では、目下のところ、一・一畳です」院長は言いにくそうに発言した。「もっとも将来は、一・五畳にまで拡げる予定だとのことですが」

「じゃ、うちも一・五畳にしたらどう?」女金貸は食い下った。「二畳なんてぜいたく千万よ」

「将来は知らず、現在の段階では無理です」院長は頑張った。女金貸の言い分を入れて、増員を断行する自信が院長になかったのだ。「折角今のところ、一部の不良老年をのぞいて在院者の大部分は、わたしをすっかり信頼し、かつ心服している。これは大切なことですからな。院内行政は在院者の信頼なくしては出来ません。わたしが在院者の信頼をなくすと、かえってあなた方の損になりますよ。わたしの立場にもなってみて下さい」

「それもそうだな」教授がグラスをなめながら、ややおだやかな口を利いた。「院長としては、あくまで在院者の味方だというゼスチュアを見せて置く必要があるだろうな」「そうです。そうです」院長は理解者を得て、喜ばしげに合点々々をした。「そこらのかね合いややりくりが、とてもむつかしいのです」

「我が国の総理大臣、今の総理や先代の総理大臣、あの人たちのやり口を二匿徹底的に研究してみるんだな。なあ、院長」そして教授が空のグラスをにゅっと差出したので、院長はそれにウィスキーをどくどくと注いでやった。「ことに先代の総理大臣は、すっかり国民の代表であり味方であるようなふりをしながら、実に巧みに外国にまるまる奉仕したからな。あの巧妙な手口を是非院長も学ばんけりゃならんよ」

「そうです。そうします」

 総理大臣になぞらえられて、院長はすっかりいい気持になり、にこにこしながら自分もグラスを唇に持って行った。教授は続けた。

「とにかく何かをやろうとする場合、考えたりためらったりすることなく、先ず事実をつくってしまうんだ。それが肝要だ。いわゆる既成事実というやつだね。既成事実さえ出来れば、理屈や弁解はあとからどうにでもつくもんだ。自衛隊なんかがその一等好い例だね。その点において、一部屋三人の既成事実を強引(ごういん)につくったのは、これはまったく院長の手腕であり功績だった」

「それなら更(さら)に進めて」と女金貸。「一部屋四人の既成事実をつくったらどう?」

「それはやはりかえってまずい」と食堂主が院長の肩を持った。「そうすれば、院長は在院者の味方でなく、我々の手先だということが、ばれてしまいはしませんか」

「そうです。そうです」院長はますますにこにこしながら、自分のグラスに液体を充たした。「在院者たちは実に敏感で、猜疑(さいぎ)の念に富んでいますからねえ。うっかりしたことは出来ませんよ」

「と言って、在院者たちに感傷的な同情を持ってはいけないよ。事業に感傷は禁物だ」教授が、釘をさした。「近来学問の発達によって、有機物と無機物の差がだんだんなくなって来た。科学は有機物をも合成出来る方向に進みつつある。生命だって蛋白質(たんぱくしつ)の配列によることが判ってきたのだ。だから遠からず生命も合成されるようになるだろう。すなわち現今にあっては人間は物質だ。爺さんというのは、老朽した物質にほかならん。つまり老朽物質以外のものとして老人を考えてはならないのだ。その点において、院長はまだ若いから、老人に対して甘い考えを持っているんじゃないかね。あいつらは単に朽ち果てて行く物質に過ぎないのだよ。人間だと考えるからいけない。人間なんていう特別のものは、もはやこの宇宙には存在しないんだ」

「そう、そうです」院長はへどもどしながら答えた。「わ、わたしも大体そういう風(ふう)に、考えてはいるんですが――」

「老人は老朽物質だ。と同時に、我々は現在生動しているところの動物だ」教授の口調はだんだん講義風になってきた。「我々自身が物質であるという認識の上に立ってのみ、我々は老人を老朽物質として眺め得る。これが原子時代における新しい視角であり理念なのだ。夕陽養老院の経営もその理念の上に立てられるべきだ。いいかね、院長。僕も物質だが、君も物質だよ。物質以外の何ものでもないよ」

「わたしもだ」

「おれも」

「僕も」

「あたしも物質よ」

 面々は遅れじとそれぞれ宣言した。そして院長を含む六人の物質は、お互いに顔を見合わせ、何となくにやりと笑み交し、何となくそろってグラスを取り上げた。書類戸棚の中でニラ爺が煙爺にささやきかけた。

「むつかしい話をしてるねえ。まだ終らんのかなあ」

 空腹に比例して、耳が冴えてくるのだ。聴覚のみならず視覚や触覚や嗅覚も、しだいにするどくなってくる傾向にあった。二老人はひしとちぢこまったまま、外界の気配に感覚をとぎ澄ましていた。節穴からグラスのカチリと触れ合う音と共に、面々の声が流れ入ってきた。

「乾杯」

「乾杯」

「乾杯」

「只今の人開物質説には感服しましたな」運送屋が童顔をほころばせて教授に言った。「物質。まったくそうですな。眼からウロコが落ちたような気がしましたよ」

「わたしも昨日、街で飯を食いながら、そんなことを考えましたな」二本目のウィスキー角瓶の栓を抜きながら、院長が言った。「小さな鰻(うなぎ)屋でしたが、その調理場の傍の小部屋に、小柄な婆さんが縫物か何かしていた。その後ろ姿を見て、ああこの婆さんは死ぬために生きている、そういう感じがわたしの胸を強く打ったのです。だから我々壮者は、あらゆる手を尽して、老いたる者を死なしめて上げなくてはならない。死ぬということが彼等の生の目的ですからね。そうすることが、わたしたち壮者の責務であり、義務というものです。そうわたしは考える」

「老人というものは」と菓子屋。「死ぬために生きているのか?」

「そうです」院長は得々として大きくうなずいた。「子供は何のために生きているか。若者になるために生きている。その若者は大人になるために生きている。それと同じことですよ」

「その論法で行くと――」運送屋が面白くなさそうに、口をもごもごさせて言った。「おれたちは、爺さんになるために、生きているのかね?」

「するとあたしは」女金貸も不快そうに口を入れた。「婆さんになるために生きてるとでもいうの?」

「いや、それは」論理の盲点をつかれ、院長はへどもどして、ウィスキーの小量を卓にこぼした。「わ、わたしたちは違う。違うような気がする。わたしはただ、鰻屋の婆さんを見た時、そんなことを感じたと申し上げたかっただけです。実際あそこの鰻はおいしゅうござんしたなあ。アッハッハア」

「抽象的な話はそれくらいにして」教授は忙しげに袖をまくり、腕時計を一瞥(いちべつ)した。「今後の経営の具体的方針に、そろそろ入ろうではありませんか。今の状態では、財政はジリ貧になる一方だ。強力な政策によって、打開策を講じなくてはならないと僕は思う」

「そうです。そうです」

「お互いに忙しい身体であるからして」教授は重々しく言った。「進行もてきぱきと願いましょう。院長。もう一杯、ウィスキーを呉れえ」

[やぶちゃん注:「富士のお山だって、立入禁止になる世の中だよ」種々調べて見たが、本作初出(『群像』昭和二九(一九五四)年八月号から翌年七月号連載)以前に富士山が全面入山禁止となった事実は見当たらない。充分な計画や装備がされていない夏山期間以外の富士登山は禁止とされている(但し、法的規制ではない)。但し、この頃から、恐らくは、富士の登山に最適な夏山期間(一般的に本邦の登山総体には夏季登山という認識があり、概ね七月上旬から九月上旬を指す)外の、高高度であるために登山用の重装備と熟練した登山技術を持たないと極めて危険な厳冬期(富士の場合は概ね十二月後半から三月一杯)は、仮に経験者であってさえも山頂は目指すべきではないと山屋の間でも常識として認識されており(昨年二〇一九年十二月一日からは十二月一日から三月三十一日までの期間の富士山の三千メートル以上の登山では登山届が義務化されている)、そうした保全認識や入山規制及び立入禁止区域の指定などを、木見婆さんは山登りという境界や占有利権者がいないはずの自然の日本一の「富士のお山だって」「立入禁止」という謂いとなったものであろう。富士演習場の米軍摂取は場所が場所で、それを謂っているというのは無理がある。

「じだんだを踏んだ」「地団太」の意味は怒ったり悔しがったりして、激しく足を踏み鳴らすこと。「地団太」「地団駄」などと漢字を当てるが、本来は、鍛冶に用いる足で踏んで送風する方式の大きな鞴(ふいご)を指す「地蹈鞴(じたたら)」の音変化で、転じて、怒ったり悔しがったりして、足で地を何回も踏みつけることを言うようになった。

「進退谷(きわ)まった」この「谷」は動詞で「窮(きわ)まる・行き詰まる」の意で、流れを遡って谷にぶつかってしまえば、それ以上進めずに窮まってしまうことから、後へも先へも行けぬ意となったもの。原拠は「詩経」の「大雅」に所収する「桑柔」という治世の乱れを嘆く詩篇の一節、「人亦有言 進退維谷」(人 亦た言へること有り/進退 維(こ)れ 谷(きは)まれり)に基づく。

「先代の総理大臣」吉田茂。第五次吉田内閣は昭和二八(一九五三)年五月二十一日から昭和二九(一九五四)年十二月十日であるが、第一次(昭和二三(一九四八)年十月十五日就任)から連続しており、通算二千六百十六日も在任した。本章の初出は既に昭和三〇(一九五五)年になってからのものと推定される。

「自衛隊なんかがその一等好い例だね」昭和二九(一九五四)年七月一日、吉田茂は保安庁と保安隊を防衛庁と自衛隊に改組させ、野党が自衛隊は軍隊であるとして違憲と追及した際には彼は「軍隊という定義にもよりますが、これにいわゆる戦力がないことは明らかであります」と答弁している(「自衛隊法」及び「防衛庁設置法」の公布は同年六月九日で、七月一日は両法の施行日)。]

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