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2020/07/22

芥川龍之介 「續晉明集」讀後 《芥川龍之介未電子化掌品抄》(ブログ版)

[やぶちゃん注:本篇は大正一三(一九二四)年七月二十二日附『東京日日新聞』の「ブックレヴィユー」欄に、『几董と丈艸と――「續晉明集」を讀みて』と題して掲載されたもので、後の作品集『梅・馬・鶯』に表記の題で所収されたものである。本文に出る通り、同年七月十日に古今書院より刊行された「續晉明集」の書評である。しかし、一読、判るが、最後の段落の推薦はこれまた頗る形式上のもので、寧ろ、私には強烈なアイロニーに富んだ「侏儒の言葉」と同じものを感じ、思わず、ニンマリしてしまうのである。同書の解説者勝峯晉風(しんぷう)氏も校訂者遠藤蓼花(れうくわ(りょうか))氏も跋文らしきものを記した河東碧梧桐氏さえも、これには微苦笑せざを得なかったに相違あるまい。いや、それが実に、いい、のである。

 底本は岩波書店版旧全集第七巻(一九七八年刊)を用いた。発句や前書部分はブラウザでの不具合を考え、底本よりずっと上に引き上げてある。

 なお、これは現在、ブログで進行中の柴田宵曲の「俳諧随筆 蕉門の人々」の現在準備中の「丈草」の章の注のために、これ、どうしても必要となったため、急遽、電子化したものである。されば、語注等は附していない。一箇所だけ注しておくなら、「五老井主人」(ごらうせいしゆじん(ごろうせいしゅじん))は森川許六の別号である。将来的には注を追記として附したいとは思っている。]

 

  「續晉明集」讀後

 

 「續晉明集」一卷は勝峯晉風氏の解說と遠藤蓼花氏の校訂とを加へた几董句稿の第二編である。(古今書院出版)僕はこの書を讀んでゐるうちにかういふ文章を發見した。發見といふのは大袈裟かも知れない。現に勝峯氏も解說のうちにちやんとその件を引用してゐるが僕の心もちからいへば、正に發見にちがひなかつた。

 『僧丈草は蕉門十哲の一人なり。而して句々秀逸を見ず。蓋この序文においては群を出づといふべし。支考許六に及ばざるものなり。』(原文は漢文である。)

 僕はこの文章に逢著した時、發見の感をなしたといつた。なしたのは必ずしも偶然ではない。几董は其角を崇拜した餘り、晉明と號した俳人である。几董の面目はそれだけでも彷彿するのに苦まないであらう。が、丈艸を輕蔑してゐたことは一層その面目を明らかにするものといはなければならぬ。

 許六はその「自得發明の辨」にかう云ふ大氣焰を吐いてゐる――「第二年の追善、深川はせを庵に述べたり。予自畫の像を書せたる故に、その前書をして、

  鬢の霜無言の時の姿かな

とせし也。(中略)誰一人秀たる句も見えず。さてさてはかなきこころざしにてあはれなり。

  なき人の裾をつかめば納豆かな  嵐 雪

 師の追善にかやうのたわけを盡くす嵐雪が俳諧も世におこなはれて口すぎをする、世上面白からぬことなり。」(下略)

 これは大氣焰にも何にもせよ、正に許六の言の通りである。しかし五老井主人以外に、誰も先師を憶ふの句に光焰を放つたものはなかつたのであらうか? 第二年の追善かどうかはしばらく問はず、下にかかげる丈艸の句は確にその種類の尤なるものである。いや、僕の所信によれば、寧ろ許六の悼亡よりも深處の生命を捉へたものである。

   芭蕉翁の墳にまうでてわが病身をおもふ。

  陽炎や墓よりそとにすむばかり

 尤も許六も丈艸を輕蔑してゐたわけではない。

 「丈艸が器よし。花實ともに大方相應せり。」

とは「同門評」の言である。しかし支考を「器もつともよし」といひ、其角を「器きはめてよし」といつたのを思ふと、甚だ重んじなかつたといはなければならぬ。けれども丈艸の句を檢すれば、その如何にも澄徹した句境は其角の大才と比べて見ても、おのづから別乾坤を打開してゐる。

  大原や蝶の出て舞ふおぼろ月

  春雨やぬけ出たままの夜着の穴

  木枕の垢や伊吹にのこる雪(前書略)

  谷風や靑田を𢌞る庵の客

  町中の山や五月の上り雲(美濃の關にて)

  小屛風に山里すずし腹の上

  夜明まで雨吹く中や二つ星

  蜻蛉の來ては蠅とる笠の中(旅中)

  病人と撞木に寢たる夜寒かな

  鷄頭の晝をうつすやぬり枕

  屋根葺の海をふりむく時雨かな

  榾の火や曉がたの五六尺

 手當り次第に拔いて見ても丈艸の句はかういふ風に波瀾老成の妙を得てゐる。たとへば「木枕の垢や伊吹にのこる雪」を見よ。この殘雪の美しさは誰か丈艸の外に捉へ得たであらう? けれども几董は悠々と「句々秀逸を見ず」と稱してゐる。更にまた「支考許六に及ばざる者なり」と稱してゐる。

 「續晉明集」の俳諧史料上の價値は既にこの書の本文の終に河東碧梧桐氏もいひ及んでゐる。しかしそれは俳諧史家以外に或は興味を與へないかも知れない。が、几董の面目――天明の俳人の多い中にも正に蕪村の衣鉢を傳へた一人の藝術家の面目は歷々とこの書に露はれてゐる。これは僕等俳諧を愛し俳諧を作るものにとつては會心の事といはなければならぬ。卽ち「續晉明集」を同好の士にすすめる所以である。 (一三・七・一四)

 

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