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2020/07/27

三州奇談續編卷之八 妖鼠領ㇾ墳

 

    妖鼠領ㇾ墳

 鼠は社によりて尊(たつと)しと聞しが、塚に依れば妖をなすことも故ありや。「今目(ま)のあたり見たり」と人の語るあり。越中礪波郡金谷本鄕の下にて、木船の續きに五社と云ふ村あり。道明村と云ふに隣りて、さまで人遠き所にも非ず。されど此兩村の間墓所にして、古墓も又多し。爰に妖鼠住みて久しく小獸の類(るゐ)を取殺す。初めは人々『狼・犬などの所爲にもや』と思ひ居(をり)しが、近年頻りに飼猫失せてけるに、多くは此墓邊(あたり)に嚙殺(かみころ)されて死骸を殘す。

[やぶちゃん注:標題は「妖鼠(えうそ)墳を領(りやう)す」。

「鼠は社によりて尊し」国津神を統べる大国主命は素戔嗚尊の娘須世理毘売(すせりひめ)と互いに一目惚れして、素戔嗚尊に婚姻の許しを貰いに行くが、素戔嗚からは許諾するに際して様々な過酷な試練を命ぜられてしまう。その試練の一つに、大野原で火攻めにされるシークエンスがあるが、その時、鼠が現われて逃げ道を教えることから、大国主命の神使は鼠とされ、また、神仏習合の下で彼は大黒天(七福神の一つ)と同一とされたことにより、豊饒の米と縁の深い鼠が眷属とされた。されば、大国主命を祀る神社では鼠をかく扱う。

「越中礪波郡金谷本鄕」不詳。しかし、以下の地名からして、この地図の小矢部川右岸の表示範囲(或いはもっと広域。グーグル・マップ・データ。以下同じ)の、現在の高岡市福岡町の一部及び小矢部市の一部の広域を、かく呼んでいたものと考えてよかろう。

「木船」高岡市福岡町木舟

「五社と云ふ村」木舟の南に接して小矢部市五社がある。

「道明村」その五社の南に接して小矢部市道明がある。

「此兩村の間」表現からは五社地区と道明地区の間となるが、現在の地区境界は複雑に凸凹している。但し、グーグル・マップ・データ航空写真で見ても、今は田圃と道で、そこに墓の痕跡らしきものは見当たらない。但し、ストリート・ビューで見たところ、一箇所、碑石のようなものがあった。新しくて墓石とは思われないものの、奇妙な形の小さな石が三つ、二基の碑の間に明らかに人為的に整然と並べて鎮座されてあるのはいささか気にはなった)。なお、狭義の古墳時代以前の墳墓遺跡はこの付近にはないようである(小矢部川左岸の丘陵辺縁部にはかなりの数を認める)。]

 

 然るに安永七年[やぶちゃん注:一七七八年。]の春、五社村の勘兵衞が子伊兵衞と云ふ者、廿七歲にて角力(すまふ)も取り、力量も剛(つよ)し。知音(ちいん)ありて道明村へ咄(はな)しに行き、夜半頃に夜咄し終りて歸りしが、心しぶとき男なれぱ、塚原古墳を通るも心にかゝらず、常に行き通ひしが、今宵は人より猫を一つ貰ひて、懷ろに抱き歸ることゝなりしに、此塚原へ來るに、頃は二月十三日の夜なれぱ、朧寒き薄曇り、何とやら恐ろしげなる景色に、とある塚の積揚げたる石、

「がば」

と崩るゝ音するとひとしく飛出づる怪しき物あり。只飛鳥(ひてう)の如く走り來りて、伊兵衞が膝口のあたりに飛付き、懷ろへ傳ひ登る。懷の猫は、身を震はし恐れ屈む。五社村の伊兵衞は力勝れたる者なれば、

「こは心得ず」

と怪物が首と覺しきを引摑みて二三間[やぶちゃん注:三・六四~五・四五メートル。]投ぐるに、中(ちゆう)より飛來りて伊兵衞が足に喰付(くらひつ)くに、是を蹴放(けはな)して待つ所に、又肩に飛付き、或は背中に嚙付き、或は乳(ち)の邊りを五ヶ所嚙破(かみやぶ)る。伊兵衞怒りて、力を盡して首を捕へ、ふり下げて見るに、長さ二尺許なり。鼬・𪕐(てん)の類(たぐひ)にやと、力に任せて首筋をしむるに、血を吐きて死したり。懷ろの猫も、いかなる故にや死しぬ。依りて此怪物を手に下げて家に歸り、翌日見るに大いなる鼠なり。顏甚だ長く大にして、四寸五分[やぶちゃん注:約十二センチ。]あり。身は一尺八寸[やぶちゃん注:五十四・五センチ。]。首にかけて二尺三四寸[やぶちゃん注:七十一センチ前後。]の鼠にて、尾の長さも二尺[やぶちゃん注:六十・六センチ。]あるべし、其末切れ居(をり)たり。毛兀(は)げ皮古びて、恐ろしきさまなり。近所の猫を集めて取らしむるに、いかなる猫にても、一度見ると逸足(いちあし)出して迯去(にげさ)る。只毒氣を恐るゝ如し。

「是は不思議」

と場中(ばなか)[やぶちゃん注:大勢の人が集まっているところ。]にさらし置きて、是を喰ふ猫もあるかと、普(あまね)く隣々村々の猫を集むるに、輙(たやす)く傍(かたはら)へ進む猫もなし。

 然るに靑雲の間より鳶(とび)下りて、一摑みに引(ひつ)さげ去る。曾て心とせざる躰(てい)なり。扨(さて)枝上にありてむしり喰ふ。他の鳶も又餘肉を得て爭ひ喰ふこと、常の鼠の如くして更に怪しむ躰(てい)なし。

 扨は其好惡さまざまありて、道違へば少しも功威(こうい)なきこと眞然たり。

 是を思へば、藥物の合不合爰に於ていちじるし。尤も深く考へあるべきことにや。

 其後(そののち)にも此塚中程に剛鼠(がうそ)あり、躰(すがた)折々見ゆ。

「久しく猫を取りし鼠は、此塚なりけり」

と知らるゝなり。

 世の變易斯く迄に及ぶ。分けて猫をのみ好きたること、鼠の肝又別物に似たり。

[やぶちゃん注:「𪕐(てん)」漢字の意味不明。大修館書店「廣漢和辭典」にも載らず、ネット上の中文サイトでも意味を附記せず、それどころか音不詳とさえあった。ここで読みは「近世奇談全集」に拠った。「てん」は「貂」でネコ目イヌ亜目イタチ科イタチ亜科テン属ホンドテン Martes melampus melampus のことであろう。本邦のそれは日本固有種である。但し、テン属自体は北アメリカ大陸・ユーラシア大陸・インドネシア・日本と広く分布はする。

「分けて猫をのみ好きたること、鼠の肝又別物に似たり」「鼠の肝」というのは「虫臂鼠肝(ちゅうひそかん)」のことで、「虫臂」は「虫の肘(ひじ)」で、「鼠肝」は「鼠の肝(きも)」で「取るに足らないこと・くだらないこと」或いは「物事の変化は人間には予想することが難しいということ」の喩えであるから、猫だけを愛玩する嗜好や、人の僅かな好悪は所詮、他者には理解出来ないものだということか。にしても、「是を思へば、藥物の合不合爰に於ていちじるし」という糞のような教訓を最後に置きたがるこの晩年の麦水は、最早、奇談を純粋に怪奇なる話としてそのまま味わうという素直な気持ちがかなり薄れてしまっているような気がしてならない。……いやさ、後、一話で、「三州奇談」は、終わるのだが……。]

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