今日の「心」に例の忘れ難い数珠のシークエンスが出る――
最初の夏休みにKは國へ歸りませんでした。駒込のある寺の一間を借りて勉强するのだと云つてゐました。私が歸つて來たのは九月上旬でしたが、彼は果して大觀音(おほかんのん)の傍(そば)の汚ない寺の中に閉ぢ籠つてゐました。彼の座敷は本堂(ほんたう)のすぐ傍(そば)の狹い室でしたが、彼は其處で自分の思ふ通りに勉强が出來たのを喜こんでゐるらしく見えました。私は其時彼の生活の段々坊さんらしくなつて行くのを認めたやうに思ひます。彼は手頸に珠數(じゆず)を懸けてゐました。私がそれは何のためだと尋ねたら、彼は親指で一つ二つと勘定する眞似をして見せました。彼は斯うして日に何遍も珠數の輪を勘定するらしかつたのです。たゞし其意味は私には解りません。圓い輪になつてゐるものを一粒づゝ數へて行けば、何處迄數へて行つても終局はありません。Kはどんな所で何んな心持がして、爪繰(つまぐ)る手を留(と)めたでせう。詰らない事ですが、私はよくそれを思ふのです。
(『東京朝日新聞』大正3(1914)年7月6日(月曜日)掲載 夏目漱石作「心」「先生の遺書」第七十四回より)
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私は再三述べているが、この先生の述懐は遺書の中でも超弩級に重いものである。ここを深く鑿(うが)つことなしに「こゝろ」の核心には到底達し得ないと言えるのである――

