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2020/07/15

梅崎春生 砂時計 16

 

     16

 

 カレー粉対策協議場は、修羅印カレー粉工場の裏門から乾の方角にあたる、一見アトリエ風の建物であった。悪路に歩きなやみながら、栗山佐介と牛島と曽我ランコがそこに着いた時、板の間にはすでに十四、五人の男女があつまって、こもごも発言したり、手をあげたりしていた。このアトリエ風の建物が、この一座のどの人物のものであるか、佐介は知らなかった。また知る必要もなかった。垣根がないから、三人は道路からじかに庭に足を踏み入れ、そこで穿(は)きものを脱いで板の間に上った。庭や道路は暗かった。道路にひとつ街燈がある筈だったが、その日何者かの手によって電球がとり外されていた。三人が上り込むと、一座の会話がちょっと途切れた。三人はちょっと具合の悪い感じで、ことに牛島は一座の視線をちくちくと全身に感じて、とにかくそれぞれの位置に坐り込んだ。三人を坐り込ませるために、皆は少しずつ腰を浮かしたり、膝をずらしたりした。原粉を砕くガシャガシャ音は、佐介の部屋ほどひどくないにしても、ここの夜気をも重苦しく押しつけがましく震動させていた。

「従業員は箝口令(かんこうれい)をしかれているんです」ざわめきのおさまるのを待って、ジャンパーを着けた若者が発言した。ヘんに響きの悪い沈んだような声であった。「労働基準監督署から、監督官が二人、修罹工場に派遣されてきたのです。なぜ監督官が派遣されてきたか。なんでも修羅工場の内部の事情について、監督署へ投書が何度か行ったらしい。誰が投書したのか、工場内部の者か外部の者か、これは今のところ不明ですが、まあ不明でもよろしい、投書があったということは事実で、そこで監督官がやってきた。若いのと年とったのの二人です」

「説明は簡潔に」隅で立て膝をしているイガグリ頭の男が口を入れた。「それはいつのことですか?」

 ジャンパーはイガグリをじろりと見た。ジャンパーの傍に坐っている赤いスカートの女が質問を引取った。

「一ヵ月ほど前ですわ」

「監督官は若い方ののが職務熱心でした」ジャンパーが歯切れの悪い声でつづけた。「たとえば壜詰(びんづ)め作業の年少女工員が、一日百円程度の低賃金で働かせられていること、そしてそれによって時間外労働、深夜業、休日労働が事実上強制されていること、その他のことを、それらは多分投書に記されていたのだろうと推定出来るんですが、若い監督官は修羅吉五郎や現場の係長に、かなりくわしく突込んだようです」

「年寄りの方は何をしたんだね」ソバカスのある中年男が言った。「年寄りはその場に立ち会わなかったのかい」

「居合わせたわけでないから、僕も判らんです。多分立ち会っていたんでしょう。他に行くわけもないんだから」

「簡潔に!」とイガグリが言った。

「残業をしないものに対してわざと給料を遅配させている。そういう事実があるか、と監督官が修羅吉五郎につっこんだ。修羅吉五郎はそれを否定した」ジャンパーは小さなくしゃみをした。赤スカートがそれにならった。「そして従業員が一人々々呼ばれたのです。いや、全部ではない。何人かです。参考人としてですね。修羅吉五郎の言の如くであるか、投書に記された如くであるか、そのどちらかということについて」

「簡略に願います」丸首シャツの男が発言した。

「従業員の一人々々のそのどれもが、修罹吉の言の如くであると証言した」ジャンパーはぼそぼそと顔を上げて一座を見回した。「我々は修羅吉にサクシュされていない。家族的待遇を受けている。時間外休日労働、深夜業の強要の事実はない、彼等は異口同音にそう申告しました。彼等は修羅吉をおそれている。修羅吉そのものをおそれ、修羅吉による馘首(かくしゅ)をおそれている。修羅吉は物心両面において従業員に箝口令をしいている。彼等は犬のように口かせをはめられ、違法の労働を強制され、黙々としてカレー粉を生産し、それを空気中にふりまき、そして我々付近住民の健康を脅(おび)やかしている。我々の常住坐臥を脅やかしている」

「簡潔に!」とイガグリが注意した。「それで君の役目は失敗したのか?」

「そうです」ジャンパーはうなずいた。「従業員を一人一人つかまえて、今夜のこの会に出席して呉れ、と僕は要請した。しかし皆言を左右にして、忙しいとか、用事があるとか、会合はニガ手だとか、何とか彼とか、僕の要請に一人として応じて呉れなかった。厳重な箝口令をしかれている以上、彼等をここに出席させることは無意味です」

 一座はざわざわとざわめいた。丸首シャツが手を上げた。

「質問。それで監督官はむなしく戻って行ったのですか?」

「監督官はやむなく従業員の証言をあきらめ、工場設備の視察などをした。そして機械の安全装置、衛生装備などにいくつかの不備な点を発見しました。監督官は修羅吉五郎にそれらを指摘した。以後必ず改善すると、修羅吉五郎は誓約書を書きました。写しをここに持っています。そして監督官は二ヵ月後の再審査を申し渡しました。写しをお回ししましょうか?」

「カレー粉が工場の外にただよい流れ、我々に害を与えること」ソバカスが発言した。「それと器械の騒音が付近住民に及ぼす害について、監督官は修羅吉に何か注意をあたえたのか?」

「それは監督官の役目の外です」ジャンパーは答弁した。

「監督官は労働基準法が守られているかどうか、それをしらべるだけで、つまり雇用主と従業員のことだけに限られていて、僕たち付近住民のことまで言及する権限は持っていないのです。だから今となっては、カレー原料に砂をぶっかけるとか、器械をぶっこわすとか、そういう強硬策の他に手段は残っていない、と僕は思う。昨夜通り、僕はそれを主張する!」

 一座は少時(しばらく)がやがやと混乱した。暗い道路の、電球をとり外(はず)された街燈柱のあたりから、五つか六つの黒い人影が足音を忍ばせ、背丈を低くかがめて、庭の中に入ってきた。足音を忍ばせると言っても、地下足袋にぬかるみだから、どうしてもピチャピチャと音が鳴る。しかしかなたのガシャガシャ音がその音を吸収してしまうのだ。黒い人影は板の間の内部をうかがい、顔を寄せてなにかささやき合った。その影のようなものの動きを、牛島の眼がふととらえた。牛島は眼をこすり、パチパチと瞼を合わせ、佐介の脇腹を肱(ひじ)でこづいて耳打ちをした。

「庭に誰かがうろちょろしてるようだぜ。気のせいかな?」

 佐介も庭を見た。慢性的なビタミンA不足のために、佐介の眼は一面の闇を見ただけであった。

「そうかね。何も見えないようだが」

「カレー粉臭ならびに騒音は、あれはあきらかに一方的な暴力です」ジャンパーがぼそぼそとつづけた。「一方的に押しつけられた暴力的秩序を、僕たちは放って行くわけには行かない。それを放置するということは、慢性的自殺をすることであり、それは頽廃というものです。そういう頽廃の中に自分を置くことを、僕は僕に許さない」

 

 院長卓の横っちょの籐椅子(とういす)に、立会人の木見婆は無表情に腰をおろした。籐椅子はその重さに耐えかねたように、ギイ、ギギッと鳴った。木見婆の顔はもともと無表情であった。あんまり肥っているので、表情のはいりこむ隙がなかったのだ。その無表情なまんまる顔に、院長は声をかけた。

「いいかね。あんたは立会人だよ。立会人というのは、立ち会うだけでいいのだ。質問されても何も答える必要はないのだよ」と院長は釘をさした。木見婆にうっかりしたことをしゃべられては、元も子もなくなるのだ。「判ったね」

 木見婆は返事の代りに、ぽたりとうなずいた。

「これで正式の会談らしくなったな」忌々(いまいま)しさを包みかくして、院長は老獪(ろうかい)にも柔和な笑顔で遊佐爺たちに向き直った。「正式の会談に先立ち、ひとこと諸君に申し上げたいことがある」

「何だ?」だまされないぞという表情で遊佐爺が問い返した。

「それは何であるかと言うと、先ずわたしが諸君の味方であるということだ」院長は満面に笑みをたたえて一座を見回した。「諸君の味方であると言うよりも、諸君の代表者だと言った方が正しい。すなわち諸君の代表者として、経営者たちに対し、諸君の利益や権益を守るのが、院長たるわたしの任務だ。わたしと諸君は同甘同苦だ。わたしはしばしば板ばさみとなる。板ばさみになるけれども、その度に強い信念をもって、経営者の言い分をはね返し、諸君の利益を守ってきた。その点を認めてほしいのだ。たとえばこの間の浴室の問題にしてもだ、経営者たちが金を出し渋るのを、わたしは敢然と叱りつけて、総タイル張りに改造させた。そのために浴室の衛生状態は見違えるほど良好となり、諸君の入り心地もぐんと快適になった筈だ」[やぶちゃん注:「同甘同苦」は通常は「同甘共苦」。「苦しいことも楽しいことも分かち合うこと」の意。「甘を同じくし、苦を共にす」とも読み、「戦国策」の「燕」が出典。]

「しかしその為に最長老の林爺さんは」松木爺が口をとがらした。「タイルで辷(すべ)って頭を打ち、死んじまったじゃないか」

「林爺さんのことは、わしもほんとにお気の毒に感じている」

 タイルよりは板張りがいいぞ」松木爺はなおも頑張った。「あれ以来、みんなは戦々競々(きょうきょう)として、風呂場の中では鶏みたいにオドオドと歩いているぞ。わしもこの間すってんころりんと転んで、腰の骨を打った」

「タイルはタイルとして――」形勢不利と見て院長は話題を転じた。松木爺なんかひっくりかえってクタバってしまえ、と胸中に念じながら、院長はなおも表情だけはにこやかに崩していた。「近頃になって諸君の平均寿命がぐんと伸びた。これひとえに当院の――」

「ちょっと待って呉れ」遊佐爺が空気を押えつけるような手付きをした。「寿命が伸びたのは、わしたちばかりではない。日本人全般のことだ。問題をすりかえられては困るぞ」

「そうだ。日本人一般だ。その一般の中にあんた方も入っている」院長は言い逃れた。「厚生省の発表によると、日本人の平均寿命の伸びた原因として、四つを上げている。第一には予防医学の発達普及だ。これは当院もたいへん力を入れていて、俵(たわら)医師を専任者に依嘱(いしょく)し、月一回健康診断を励行していることは、諸君も御承知の通りだ」

「俵医師は――」滝川爺がたまりかねたように口を出した。「まさか本物の……」

「滝爺!」遊佐爺があわてて滝爺を叱りつけた。滝川爺は発言を中止して、首をすくめた。

「第二には、栄養補給の強壮剤、ビタミン、アミノ酸系統の強壮剤だな、それが大量に市販されてきた。当院においても、飯に強化米を炊き込み、且つミネラルも加えて、諸君に食べて頂いている。諸君の長寿をこいねがうわたしの努力の一端だ。御飯の中に黄色い米粒が入っているだろう。あれがそれだ」そして院長は木見婆の方を向き、目くばせをして賛成を求めた。[やぶちゃん注:「強化米」白米の栄養的な欠陥を補うためにビタミン B1B2を主として、各種栄養素を濃厚に添加した特殊米粒を混入させたもの。普通、白米と特殊米の比率は200:1ぐらいの割合に混ぜられている。市販米の慣用名であって厳密な規準はない。特殊米は洗米による流失を防ぐために水に難溶な仕上げが行われているが、ビタミンB2 の色素で着色していることが多い。]

「な、あれは強化米だな。黄変米じゃないな」[やぶちゃん注:「黄変米」展開の関係上、「28」で詳注した。]

 木見婆は顔をあいまいに動かして、非常に怪しげなうなずき方をした。

「御飯に砂がよく混っているが」松木爺がまた切り込んだ。「院長の言うミネラルとは、砂のことか?」

「第三に原因療法剤としての抗生物質だ」院長はとり合わずに先をいそいだ。「ベニシリン、ストマイなどのことだ。こういう薬が出て来たために、諸君はたとえば肺炎にかかってもなかなか死なない。逝去せられない。またこれまではこれにかかったら最後と思われた脳出血、肝臓障害、ガンなどにも、良い薬が続々出来てきた。ますますもって諸君は逝去せられない。ガンにはザルコマイシン」[やぶちゃん注:「ザルコマイシン」は和製外国語。「sarkomycin」で、これはドイツ語の「肉腫」の意の「Sarkom」に、英語の「菌類から生じた抗生物質」を意味する接尾語「-mycin」を合成したもの。日本で最初に発見された制癌性抗生物質の一つ。梅沢浜夫らが昭和二六(一九五一)年に鎌倉で採取した土壌中の放線菌の一種から分離したもので、以前は制癌剤として臨床に用いられ、乳癌・子宮癌・胃癌などに若干の効果が認められたものの、現在殆んど用いられていない。]

「院長は俺たちが逝去するのを待っているのか?」と柿本爺。

「待ってはおりません」院長は切口上で言い返した。「第四に、生活水準が戦前なみにたち戻ったことが上げられる。衣料も潤沢(じゅんたく)になったし、食料事情も良くなった。当院の食事は都立養育院よりずっと良好だ。すなわち都立養育院においては、一日平均一人あたり一、九〇〇カロリー、蛋白質七〇ダラム、脂肪二〇グラムだが、当院においては一人あたり二、一〇〇カロリー、蛋白質八〇グラム、脂肪四〇グラム、という計算になっている。見渡したところ、都立養育院の爺さん婆さんたちよりも、諸君の方がずっと血色がよろしいようだ。これはすなわち――」

「そのカロリー計算は誰がしたんだ」と滝川爺がさえぎった。

「俵医師だ」院長は滝川爺をにらみつけた。「俵医師の計算だから、間違いはない」

「わしは俵医師のその計算を信用しないぞ」遊佐爺が長老らしくするどく切り込んだ。「たとえば今日の夕食の献立ては何であったか。盛り切りの丼飯に、キャベツの味噌汁と海苔(のり)のつくだ煮、それにトマトと潰物だけじゃないか。脂肪四〇グラムとはどこから割り出した?」

「そうだ。そうだ」

「この献立ては、まるで朝飯じゃないか。これじゃ栄養は摂れんぞ」

「そうだ。現にわしはもうお腹が空いている」

 爺さんたちはこもごも発言した。何も発言しないのは、ニラ爺だけであった。松木爺はニラ爺の脇腹を肱でぐんとこづいて、小声で叱りつけた。

「ニラ爺さん。お前も何とか発言せんか?」

 土ラ爺は困惑したように松木爺を見て、口をもごもごと動かした。黒須院長はいきり立った空気に肩すかしを食わせるために、悠々と煙草をつまみ上げて、マッチで火をつけた。遊佐爺の眼はするどくその広告マッチのレッテルをとらえた。鰻(うなぎ)が三匹にょろにょろと這(は)い回っている図柄だ。

「我々には夕食に飯としなびたような野菜をあてがっておいて」そして遊佐爺は大きくヤマをかけた。「院長はひとりで外出してウナギなんかを食べたではないか。それで同廿同苦などと言えるのか。わしたちにもウナギをくわせろ!」「な、なに!」黒須院長ははげしい狼狽(ろうばい)を感じて舌をもつらした。院長は煙草を持つ指を慄(ふる)わせながら、遊佐爺をきっとにらみつけた。どうしてウナギのことを知られたのか、院長は見当がつかなかったのだ。院長はいささか昏迷した。「ウナギ。ウナギだって?」

「ウナギを食べたじゃないか」院長の狼狽ぶりからヤマの適中を知った遊佐爺は、更(さら)に皮肉をこめて切り込んだ。「ウナギを食ったと、ちゃんとその顔に書いてあるぞ」

「ウ、ウナギを食べて悪いのか!」院長は居直った。「いかにもわたしは今夕、ウナギを食べた。もちろん自分の財布でだ。なぜ食べたかと言うと、もすこし栄養を摂(と)れと、俵医師から勧告されたからだ。諸君も知っているように、近頃院内事務は多忙を極めている。そのおかげで、わたしはたいへん消耗した。ウナギなどを食べないと、身体がつづかないのだ」

「わしたちだって同じだ」

「老者と壮者とは、身体の組立てが違う」と院長は声をはげました。「何故諸君は、わたしがウナギを食ったことを知っているのか。さてはなんだな、諸君もスパイ戦術を用いているな!」

「諸君、とは何だ」柿本爺が言葉尻をとらえた。「院長はスパイ戦術をとっているのか?」

 院長はふたたび狼狽した。同時にニラ爺も狼狽した。松木爺の肱がニラ爺の脇腹をふたたびこづいた。

「ニラ爺、なんとか発言せえ」

「院長」ニラ爺はおろおろ声を立てた。ここで黙っていると、皆から疑ぐられるおそれがあったからだ。「院長。俺たちにあんな不味(まず)い食事をあてがって、あれじゃあ全然食欲が出ないぞ。今晩も半分ぐらい残したぞ。院長は俺たちを煮干しにするつもりか」

「煮干し?」院長がいぶかしげに反問した。

「煮干しじゃない」松木爺が耳打ちをした。「干乾しだよ」

「煮干しじゃない。干乾しだ」ニラ爺は訂正した。

「干乾しになるわけがあるか」院長は目を吊り上げた。

「老人はあれだけ食べればたくさん。皆満腹している筈だ」

「満腹してない」ニラ爺は言い返した。「皆がつがつして、チナマコになってるぜ」

「チナマコじゃない」松木爺が叱った。「チマナコだ」

「夕食だけ問題にするから話がおかしくなる」院長はやっと陣容を立て直した。「一日の食事は、朝昼晩の三回だ。それを総合して、カロリーや脂肪を計算するのだ。今朝の朝飯には何が出た。ニラ爺さん。言ってみなさい」

「朝?」ニラ爺はきょとんとした。「朝、朝はテンプラが出たよ。イカのテンプラ」

「そら、見なさい」院長は得意げに一附を見回した。「朝はテンプラ、そして昼にはごった煮を出した筈だ。朝からテンプラが食えるような身分の人は、世の中にたくさんはいませんぞ。まさしく諸君は王侯の生活をしているのだ。不平不満の出るわけがない」

「今朝のテンプラは揚げ立てじゃなかったぞ」

「においも変だったぞ」

「俺のは身が千切れてたぞ」

 がやがやと爺さんたちは発言した。遊佐爺が手で一同を制した。

「朝からテンプラを出して、院長は得意がっているようだが」遊佐爺は正面からまじまじと院長を見詰めた。「今の皆の発言のように、鮮度が悪いし、身も千切れている。誰かの食い余しじゃあるまいかと思われるようなのさえあった。あれは一体当院で揚げたものか。いかなる方法で揚げると、あんな不揃いなテンプラが出来上るのか。木見婆さん、あんたに訊ねるけれども、あれは一体何時揚げたんだね。今朝じゃなかろう。昨夜かね?」

「答えるな!」黒須院長は大あわてして、手をにゅっと木見婆の方に伸ばした。「答えちゃいかんよ。立会人は立ち会っておるだけでよろしい」

「何故答えさせないのか」遊佐爺は詰め寄った。「朝にテンプラを出すかと思うと、夕方は野菜だけだ。一体院長はどういう方針で、我々に給食しているのか。所存のほどをうけたまわろう」

「それは諸君の健康を配慮してのことだ」院長は詰襟服のポケットから、風呂敷ほどもある大きなハンカチを引っぱり出して、ごしごしと額をぬぐった。院長の額はウナギのアブラと脂汗のために、てかてかに光っていた。「当院の在院者は、年齢の関係上、早寝早起きの人が多い。夕食を食べると直ぐに寝てしまう人さえいる。だから夕食は、なるだけ淡泊な、消化のいいものを出すように心がけているのだ。晩に豚カツだのウナギだのを出せば、それだけ諸君の胃腸に負担をかけ、胃腸障害をおこさせ、かつ血圧を高める。御馳走を出したいのはやまやまだが、譜君の健康をそこなうのはわたしの本意でない」

 院長はぐるぐると一同を見回した。

「ところが朝はどうであるか。朝は早い人は三時半頃から起きている。朝は一日の初めだからして、胃腸の機能も活発だ。だから脂肪分、蛋白質をたくさん摂取しても、完全に消化され、血と肉となるのだ。近頃諸君はあまり病気もしないし、死ぬ奴も、いや死ぬお方もほとんどいない。その原因のひとつは、こういう当院の給食方針によるのだ」

「わしたちは単に、カロリーだの脂訪だのを摂ればいいというのじゃない。わしたちは機械でもなければ、レグホンでもない。ちゃんとした人間だ。ちゃんとした老齢者だ」遊佐爺が言った。「人間として、日本人として、ちゃんとした食事を要求する。老人には老人の嗜好があるんだ。朝には朝らしい食事、たとえば味噌汁に焼海苔(やきのり)に半熟卵。夕方には夕方らしい食事、豚カツでもウナギでもよろしい。そういう食事を要求するのだ。院長はわしらの嗜好を完全に無視している!」

「健康をそこなってもいいのか?」院長は怒鳴った。「諸君の長寿を願えばこそ、わたしはこの給食方針をとっている。この方針の変更は、わたしの院長としての良心が許さない」

「調理場を俺たちに開放しろ!」柿本爺がすご味を利かせた。「一体どんな調理の仕方をしているのか、俺たちはそれを知る権利がある」

「開放だけでなく、材料仕入れや調理に、俺たちを参加させろ」松木爺が言った。「俺たちだって、料理ぐらいは出来るぞ」

「なんと言う情ないことをおっしゃるか」院長は禿頭に手をやって、大げさに嘆息して見せた。「君子は庖厨(ほうちゅう)に近づかずということがある。男が台所に近づくのは、恥とされているのだ。台所に入りたがるのは匹夫野人のたぐいだ。諸君は匹夫野人になりたいのか」

「匹夫野人でもいい。調理場を開放しろ」

「そういうわけには参りません」院長も必死に頑張った。「わたしは在院者に対して、健康な生活を送らせる責任を持っている。その責任に加えて、道徳的責任をも負わされているのだよ。諸君が悪い行為をしないように、悪い思想を持たないようにと、わたしの道徳的責任は重いのだ。もっともっと高邁(こうまい)な志を持って、ここで高潔な余生を送って貰いたいというのが、わたしの諸君に対する念願だ。そういうわたしに免じて、台所に入りたいなどと、恥かしいことをこれ以上言わないで貰いたい。調理や給食については、わたしが全責任を持つ!」

「その全責任を信用出来ないのだ」遊佐爺がつめたい口調で言った。「われわれは院長をヌキにして、直接経営者たちと話し合う用意もあるんだぞ。それでもいいか」

 ニラ爺は折畳み椅子の背にもたれて、昼間からの疲れで、うとうとと居眠りをしていた。夢を見ていた。スカートと女のストッキングをむりやりに穿(は)かされ、人混みの街角に立たされて、困感し切っている夢であった。

[やぶちゃん注:「ビタミンA」 日本人には「ビタミン無批判崇拝教徒」が多いが、ビタミンAは過剰摂取すると、下痢などの食中毒様症状から、倦怠感を経て、全身の皮膚剥離などの重篤な皮膚障害などを引き起こし、また、多量の体内蓄積は催奇形性リスクが非常に高くなるとされることを申し述べておく。酸素と同様、強毒性の劇薬なのである。] 

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