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2020/08/03

「萬世百物語」始動 / 序・ 卷之一 一 變化玉章

[やぶちゃん注:百物語系怪談集の一つ「萬世(ばんせい)百物語」の電子化注を始動する。同書は全五巻で寛延四(一七五一)年正月(同年は十月二十七日(グレゴリオ暦一七五一年十二月十四日に宝暦に改元)に江戸芝明神前の和泉屋吉兵衛の開版になるが、これは実は五十四年も前の元禄一〇(一六八七)年に江戸川瀬石町の伊勢屋清兵衛開版になる「雨中の友」の改題本である。序に署名のある「東都隱士烏有庵」という作者については全く伝不詳である。改題本とは言うものの、この直後の宝暦・明和期(一七五一年~一七七一年)に何度目かの流行を見る百物語系怪奇談集の先駆作品として重要である。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションの活字本である国書刊行会編「德川文藝類聚 第四 怪談小說」(大正三(一九一四)年国書刊行会刊)の当該作の画像を視認したが、底本にはルビが殆んどない。そこで加工用データとして読みとった国書刊行会「叢書江戸文庫」第二十七巻「続百物語集成」(太刀川清氏校注。底本は国立国会図書館蔵の原版本。原本の書誌データなどもこの太刀川氏の解説を参照した)にあるルビを参考(原版本には歴史的仮名遣が多い)にして、独自に正しい歴史的仮名遣で必要と思われる箇所に読みを添えた。句読点も底本では従えない場合、後者を参考にしつつ、必要と認めた場合にはオリジナルに追加もした。挿絵はあまり面白いものではないが、添えられてこそのものであるからして、国書刊行会「叢書江戸文庫」第二十七巻「続百物語集成」にあるものをスキャンし、トリミングして合成(中央で分離しているため)して添えた(文化庁はパブリック・ドメインの対象物を全くそのままに平面的に写真で撮ったものには著作権は認められないという公式見解を示している)。踊り字「く」「ぐ」は正字化した。底本はベタであるが、比較的、一話が長いことから、読み易さを考えて、一部に鍵括弧や記号を施し、段落も成形した(序は除く)。

 太刀川氏曰く、『本書は怪異小説には珍しく、その表現は雅文体を中心としたもので、それに応じるかのように、各説話の始めを「あだし夢」』(この世の出来事は変わり易い儚(はかない)い夢と同じという意)『(巻一第一話だけ「きのふはけふのあだし夢」)で始まる形を採っ』ており、相応の内容を持った話柄には『つとめて情緒的な叙述を心がけている』あたりが特異点の特徴と言える。太刀川氏は改題再版行を促したのも、『多分』この『珍しい雅文体の表現のためであろうが、それが中国外来的な』最初の読本とされる怪奇談集「古今奇談英草紙(はなぶさぞうし)」(近路行者 (都賀(つが)庭鐘)作。全五巻。寛延二(一七四九)年刊。全九話。中国の白話小説「喩世明言」「警世通言」「醒世恒言」などの短編から材をとって翻案、時代を鎌倉・室町としたもの)『の余波の中であっただけに意義があったのである』と評しておられる。中には怪談という属性を持たない宮者武蔵を主人公とする武勇談に旧怪奇談をインスパイアしたものなども含まれる。

 注はストイックに附した。注を附した後は一行空けておいた。【202083日始動 藪野直史】]

 

 

萬 世 百 物 語 序

 

奇怪を語るは聖人のいましめ給ふ所、しかはあれども古今小說家の載(のす)るを見るに、怪談傳奇枚擧(あぐる)に遑(いとま)なし。實(まこと)に漢も倭(やまと)も好事(かうず)の人こそをゝき。予去年(こぞ)の秋、故人の幽栖(ゆうせい)を尋ねて雨夜のつれづれに茗話(めいわ)せし事ありしに、我にひとしき客(かく)の訪(と)ひ來たれるありて、珍(めづ)らかにあやしき事ども語り出(いだ)して、主(あるじ)とともに耳を傾(かたむ)け、席を前(すす)め侍りしに、秋の遙夜(ながきよ)を、しのゝめちかく語り明(あか)しぬ。徒(いたづら)に聞き捨てなんもおしく、書留めて里の兒輩(わらはべ)に土產(つと)にもかなと、硯(すずり)需(もと)めてひとつひとつに綴り侍りしに、終(つひ)に五つ卷になりぬるを、すぐに題して萬世百物語と名づくる物ならし。

  寬延三年正月   東都隱士 烏 有 菴

[やぶちゃん注:「をゝき」はママ。「多(おほ)き」。

「故人」旧友。

「幽栖」俗世間から離れてひっそりと暮らしているその人の住居(すまい)。

「茗話」ここは「茶話(さわ)」と同義であろう。「茗」には「遅摘みの茶」(新芽のそれの対語が「茶」)の意がある。

 以下に目録が入るが、総てが終わった後に配することとする。]

 

 

萬世百物語 卷之一

 

    一、變化玉章

 きのふはけふのあだし夢、丹後の國宮津(みやづ)のあるじ京極何がしは、佐々木佐渡の判官(はんぐわん)道與(だうよ)がむまごなりける。ひとりのいつきむすめありしが、優に生(むま)れ、心ざまもあてなりにければ、ふたりの鍾愛(しようあい)たゞこの一所になんとゞまりける。

[やぶちゃん注:標題は「へんげのたまづさ」で、「玉章」は「巻いた手紙の中ほどをひねり結んだ捻(ひね)り文・結び文のことで、古く恋文(ラブ・レター)を指す雅語

「丹後の國宮津」「天橋立」で知られる現在の京都府宮津市の宮津市街(グーグル・マップ・データ)であろう。

「京極何がし」「佐々木佐渡の判官道與がむまごなりける」婆娑羅大名佐々木道誉(永仁四(一二九六)年/異説に徳治元(一三〇六)年~文中二/応安六(一三七三)年)の表記を意識的にずらしたものか。「譽」の(かんむり)部分は「與」の上部と同じである。彼は佐渡判官入道(佐々木判官)の名で知られる。「道誉」は法名。本名は高氏。彼は鎌倉幕府創設の功臣で近江を本拠地とする佐々木氏一族の中の京極氏に生まれたことから、京極高とも呼ばれた。「むまご」は孫。道誉の嫡男秀綱とその子に秀詮(ひでのり)・氏詮は南朝勢との戦いで戦死しており、佐々木(京極)氏の家督は唯一生き残った弟佐々木(京極)高秀(嘉暦元(一三二八)年~元中八/明徳二(一三九一)年)が継いでおり、彼の子京極高詮(正平七/文和元(一三五二)年~応永八(一四〇一)年)がいるので、彼がモデルか。彼は近江・飛騨・出雲・隠岐・山城・石見の守護大名にして室町幕府侍所頭人であった。

「いつきむすめ」「斎娘・傅娘」で「大事に守り育てている娘」の意。

「優に生れ」生まれつき知的で美しく。

「あてなり」上品だ。優美だ。

「鍾愛」「鍾」は「集める」の意で、大切にしてかわいがること。]

 

 おなじ國、何の島とかやは、海原ひろく見わたし、よき境地にして、常は國のものどものなぐさめ所になせりし。

 おりから、春のいろ、野邊もやうやうけしきたつほどなれば、

「つのぐむあしのあをみわたるより、すみれ・つばなの姿おもしろからんは。」

と、つきづきの女どももそゞろだち、娘もゆかしがりければ、長閑(のどか)なる日、したてゝ、彼(かの)島にわたしける。

[やぶちゃん注:「つのぐむ」「角ぐむ」で、草木の芽が角のように突き出し始めることを謂う。特に水辺に多い葦・真菰 (まこも) ・荻 (おぎ)・薄などに多く用いる。

「つばな」千茅(ちがや:単子葉植物綱イネ目イネ科チガヤ属チガヤ Imperata cylindrica)の葉鞘から出る前の膨らんだ花穂を指す。]

 

 島はいさゝかの所にて、立ちしのぶべきかたもなきゆへ、男のかぎりは、みな、船に殘し、女どちばかりかけあがりぬ。ねやふかく忍ぶ心、ひろき詠(ながめ)めづらしくて、手々につまどる春草にのみ心をいれ、そこらしどけなくたゝずみける。

 いづくよりともみへず、いやしからぬ小坊主、錦欄のゑりかけたる、うつくしき染物の、袖なき羽織を着て、むすび文(ふみ)もてるが、

「是れあげさせ給へ。」

といふ。

 女ども、おどろき、

「こは、めなれぬ子なり。いかにして何方(いづかた)よりこゝにはいできたるぞ。爰はかしこまる所なり、かろがろしきしかた、いかにぞや。とく、いね」

と、くちぐちにいふ。

「いやとよ、此文をだに奉ればわけしるゝものを。やはりあけさせ給へ。」

といひすてゞ、いづちいにけん、あとけして、みへずなりぬ。

 あやしきながら、よりて、文ひらきみれば、うつくしき文字すがた、けだかき懸想文(けさうぶみ)なり。名もなくて、心のゆくかぎり、かりそめならぬさまをいひつゞけ、

――扨、此事かなへ給はずは、おそろしきめみせなん。心得給へ――

と、かいたり。みるよりせなかのほど、そゞろさむく、皆々、かほ、とく見あわせ、けうさめて立ちける中にも、「つぼね」などいふべき老(おい)たる女、

「いやいや大事の姬君、よしなき所の長居なり、かゝる所は、はやう、たちさりたるこそよけれ。」

とて、だらになど、うちずし、あしばやに行きければ、たれか跡にとゞまるべき、

「我先に。」

と、船に、こみのり、道々もたゞ此事のみいひさゝで歸りぬ。

[やぶちゃん注:「めなれぬ」「目馴れぬ」。見慣れない。

「だらに」陀羅尼。サンスクリット語「ダーラニー」の漢音写で、「総持」「能持」「能遮(のうしゃ)」と訳す。「総持」「能持」は「一切の言語からなる説法を記憶して忘れない」の意であり、「能遮」は「総ての雑念を払って無念無想の状態になること」を指す。ここは翻訳せずに梵語の文字を唱えるもので、不思議な法力を持つものと信じられる呪文。比較的長文のものを指す。

「うとずし」「打ち誦し」。

「いひさゝで」「言ひ止(さ)す」は「言いかけて止める」ことであるから、それをさらに打消の接続助詞で重ねて否定しているのだから、「その怪しいことについては誰も彼もちょっとでも言い出そうとすることなく」である。不吉な事柄を言上(ことあ)げすることでそれを招くことになるから、ことさらに忌んだのである。]

 

 ふたりのおやに、

「かく。」

と啓(けい)すれば、

「あらまし、こは、人のわざともおぼえず。ただものとこそみへ[やぶちゃん注:ママ。]たれ。まことや、此家の北なる森には、ふるきけものにやあるらん、つねにあやしき事すなるときゝつるが、さだめて、かのもののわざなるべし。弓して射させよ。」

とて、つはものをゑらび、蟇目(ひきめ)さすれば、森々(しんしん)たるもりのうち、何のあて所はなけれど、思ふままにぞ、射たりけるを、森の中に大ごゑあげて、

「どつ」

と笑ひ、扨(さて)、射たりける矢のかぎり、ことごとくつがねて、束(つか)ふたつになして、なげ出(いだ)すにぞ、

「是れも甲斐なし。」

とて、あきれて、やみぬ。

[やぶちゃん注:「啓す」申し上げる。

「みへ」ママ。

「蟇目」弓を用いた呪術。「蟇目」とは朴(ほお)又は桐製の大形の鏑(かぶら)矢のことを言う。犬追物(いぬおうもの)・笠懸けなどに於いて射る対象を傷つけないようにするために用いた矢の先が鈍体となったものを指す。矢先の本体には数個の穴が開けられてあって、射た際にこの穴から空気が入って音を発するところから、妖魔を退散させるとも考えられた。呼称は、射た際に音を響かせることに由来する「響目(ひびきめ)」の略とも、鏑の穴の形が蟇の目に似ているからともいう。私の「耳囊 卷之三 未熟の射藝に狐の落し事」及び同じ「耳囊」の「卷之九 剛勇伏狐祟事」や「卷之十 狐蟇目を恐るゝ事」の本文や私の注をも参照されたい。

「つがねて」まとめて束(たば)にして。

「束(つか)ふたつになして」沢山の矢を射たのだが、それがたった二つの束(たば)に圧縮され、ひしゃげた塊りにされて投げ返されたのであろう。]

 

 その矢射させける夜よりして、娘の方に、化(け)、おこりて、あやしき事多き中に、不淨の、ゑもいはれぬあしき臭(かざ)座(ざ)にみちて、そこら立ち寄るべきかたもなく、いかなる香を焚きても、いさゝかまぎるべきやうなし。

[やぶちゃん注:「化」異常な様子を指す。物理的に見える発熱などかも知れぬし、ひどく何かを怖がるといった神経症的症状や、もっと重い何かに憑かれたようなヒステリー状態などかも知れぬが、具体に記していないので判らぬ。まあ、有りがちな展開ではある。

「臭(かざ)座(ざ)にみちて」「江戸文庫」本では「臭座」二字に対して『かざ』とルビするが、これはおかしい。「臭氣」が「かざ」で異常にして奇体・不吉なる臭いをかく表現しているので、それが家内の孰れの部屋=「座」にも満ちてしまったというのである。

 

 ある夜はこうじて、きたなき物のかぎり、床(ゆか)より高くもて埋(うづ)みければ、上下(かみしも)、にがにがしく侘びける。

[やぶちゃん注:「こうじて」「困(こう)じて」で困って。

「きたなき物のかぎり、床(ゆか)より高くもて埋(うづ)みければ」今一つ明言出来ぬが、これはあまりの体験したことがないひどい臭気にたまりかねて、主人京極何某が命じて、それを紛らすため、既に知っているところの、日常的な汚い臭いものを持ってきて、堆(うずたか)くあらゆる部屋に積ませたということなのではなかろうか。そう採った時、本話の奇体性がいやさかに増すからである。

「上下」主人を除いた家内の家人や下僕ら総て。]

 

「かゝる事には、かたたがひすれば、うするもの。」

とて、新殿(しんでん)をしつらい、むすめをうつし、兵(つはもの)のかぎり、ゑらびて、まもらせける。初(はじめ)より驗者(げんざ)・法(のり)の師(し)、つゆおこたるまもなきが、いよいよつとめ、加持(かぢ)の僧なんど、いかめしく壇かざりて、すゆ。

[やぶちゃん注:「かたたがひ」「方違」。本来は、陰陽道で外出する際、天一神(なかがみ)・太白 ・金神 (こんじん) などのいる方角を凶として避けるために、前夜或いはもっと以前に他の方角の場所に行って泊って、そこからその当日、目的地に向きを変えて行くことを指す。平安時代には日常的に盛んに行われた。但し、ここは単に何かに憑かれたらしい病人である娘を全く別な位置に移すという処置を指す。京極邸家屋内は総てダメなため(臭気蔓延)に新しい建物を設え、そこに彼女を移したことを謂う。

「うする」失せる。

「驗者」次に僧が二回出るので、修験道の行者と採っておく。実際には僧侶の加持祈禱を行う者も「驗者」に含まれる。

「法の師」法力の新たかな高僧。

「すゆ」「据ゆ」。「安置した」の意。]

 

さればこそ、うつろひて、一夜二夜は何の事なきを、

「かくてぞやみなん。」

とさゝめきあゑり。

 いつしか、また、おなじやうに、あれける。

[やぶちゃん注:「さゝめき」「囁(ささや)き」に同じい。

「あゑり」はママ。

「あれける」「荒れける」。]

 

 ある時は女どもを五人三人づゝ、髮と髮をあつめて、繩になひ、網にくめど、つゆしる人もなく、たがするわざともみへず、あやしき事のかず、ましけるに、かゝるうちに住みなんこと、みなみな、うき事におもへば、この事、かのことにかこつけ、みやづかひの女ども、里がちにぞなりける。今は、とのゐさへまばらなれば、

「かくてはかなはじ。」

と、絕えてそれより出人りを掟(おき)て、かりにも、人をちらさゞりける。

[やぶちゃん注:女性の象徴たる長い髪は、民俗社会では、女の命・魂であるからして、巫女たる存在としての女性の霊力をシンボライズする、呪術的な対象となった。ここでは女性の髪で作った綱や網が、邪鬼を侵入させない結界としての効果を期待して、娘の周りでかく行われたものと考えられる。

「とのゐ」「宿直」。

「掟て」は動詞「掟(おき)つ」の連用形。前もって指示して行動をとらせることで、ここは、里下がりを願い出ることを禁ずる命令を出して、の意である。

「かりにも」ここは呼応の副詞で、後に打消の語を伴って)打消の意を強めている。決して、一人でも奉公を断ったり、逃げ去ることを許さなかった、の意。]

 

 娘もかなしがり、父母もせんかたなう覺えけるに、小枝元齋(ささへげんさい)といへる儒學者、いひけるやうは、

「今はすべての事しつくさせ給ふうへなれば、殘る所なし。しかれども、爰(ここ)にひとつおもひよりあり。なしてんはしらず、我らにまかさせ給はゞ心つくしてみん。」

といふ。

[やぶちゃん注:「小枝元齋」不詳。読みは「江戸文庫」版に拠った。

「なしてんはしらず」意味不明。「成し」「爲し」か? 完全に成し遂げ得るかどうか、或いは、完全なる効果を及ぼすかどうかは今は判らないが、の意か?]

 

 何がしきゝて、

「それこそあなれ。いかにもして此事さへやみなば、しさいにやおよぶ。」

といふ。

 元齊それより齋(ものいみ)し、つゝしび、かの森に至りて、あらたなる神に敬するがごとく、武士(もののふ)に仰(おほせ)て、弓(ゆみ)射させし、あやまりより、靈をあなどるの事、ねんごろに詫びなげきて、

「さりとはいヘど、ものゝふの家に生(うま)るゝ身、靈にむすめとられたるなんどいわれむは、後代までの恥辱、いかにとも、ゑこそかなひ候ふまじ。是れひとつはゆるし給ふて、何ならん、ねがひにても、御心にかなひ候はんことをいたしつべし。」

と、二(に)なう願たつるに、びんづらゆふたる童子となり、元齋にむかひ、

「につこ。」

と打ち笑ふて、

「日ごろは、しかたのあまり、にくさにぞ、ものしける。かくまでわぶる事、殊勝なり。今はゆるすべし。何のねがのある身にもなきが、『おどり』といふ事なん、おもしろかるべし。是れ我が心なり。」

といふに、かしこまり悅びて、いそぎ、歸りて、何がしに、きかす。

 家のうち上下、いきづき、悅び、それより領内にふれて、町・田舍・男女の數つくし、

「なみなみにて、かなはじ。」

と、侍も、わかき男は出(いで)まじわり、風流をつくして大勢なれば、若狹境の「ゑいけいじ野」といふ所の廣場にみちあまり、棧敷(さじき)なんどかけわたし、靈の座、淸めて、おもしろう、まひおどる事、二十日あまりなり。

 そのほど四日五日がほどは、美なる少年となりて、彼(か)の座にみへけるが、たへてのち、願もなければ、

「さては。」

とてやみける。

 是れに感應や有(あり)けん、娘のかた、ことなう、めでたかりし。

[やぶちゃん注:「それこそあなれ。いかにもして此事さへやみなば、しさいにやおよぶ」「それこそ願ってもない、私の望んでいたことなのであるのだ! 何んとしてもこの異常な事態が収まるのであれば、何も私は言うはずも、ない!」。「あなれ」はラ変動詞「あり」の連体形に、推定・伝聞の助動詞「なり」からなる「あるなり」の撥音便「あんなり」の「ん」が表記文字がなかったために表示されない形。読む際には「あんなり」と読むのだと授業でさんざん言ってきたが、実は私は本当に「ン」を添えて発音していたのかどうか疑問に思っている。せめて、だったら、文字の脇に圏点でもつけりゃいいとずっと思っているのである。

「つゝしび」ママ。「愼しみ」。

「あらたなる神に敬するがごとく」「江戸文庫」は「神」に『しん』と振るが、従わない。

「靈にむすめとられたる」「江戸文庫」はここのみ「靈」に『りやう』と振るが、従わない。

「びんづら」「角髪(みづら)」の音変化。ここは、江戸時代の少年の髪型。元は上代の成人男子の髪の結い方で、髪を頭の中央から左右に分けて両耳の辺りで先を輪にして緒で結んだもの。平安以後、概ね少年の髪形となった。

「ゑこそ」ママ。

「二なう」ここは「二つとなく」で「この上なく」の謂いであろう。

「びんづら」ここは少年・青年の古い髪形を謂う。

「おどり」ママ。「踊(をど)り」。

「出まじわり」ママ。「まじはり」が正しい。

「いきづき」ほっと安心してやっと息をついて。

「ゑいけいじ野」不詳。漢字表記も判らぬ。識者の御教授を乞う。

「みへ」ママ。

「たへて」ママ。「絕へて」であろうから、「たえて」が正しいだろう。それがひとまず終わってしまって翌年からは、の意であろう。

 それにしても、冒頭から霊対象の実体が最後まで明らかにされないのは、逆に面白い。美少年の姿をした踊り好きの、森の忘れられた御霊(ごりょう)とは如何なる「もの」であったものか? それを読者にそのまま擲ったところに、逆に本話の面白さはあるとも言えよう。

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