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2020/08/19

萬世百物語卷之四 十五、疫神の便船

 

   十五、疫神の便船 

Ekisinbinsen

[やぶちゃん注:国書刊行会「江戸文庫」版の挿絵をトリミング合成し、上下左右の罫を消去し、出来る限り、清拭してみた。舟中の苫(とま:菅(すげ)・茅(かや)などで編んで作ったもので、舟や小さな小屋を覆って雨露を凌ぐのに用いる)の中をよく御覧(ごろう)じろ。確かに奴(きゃつ)らが見える。実は、本「萬世百物語」では今まで、怪異出来のシークエンスを描いたものが、実はない。絵師が怪奇画を嫌ったせいかも知れぬが、これはその中でも特異点と言えるのである(但し、それでもその部分が小さくてショボいが)。]

 

 あだし夢、天正八年、天下に疫病(えやみ)はやりて、おほくの人損じけるころ、瀨田のわたりに、ある時、大津の方より都のものとみゆる、わかき女の、いやしからぬが、ひとり出來て、日も未(ひつじ)の刻ばかりにおよべるに、わたしぶね、やとひて、うち乘(のり)ぬ。

 おりふし、

「むかふかぜなれど、比良(ひら)の根(ね)おろしならねば、あなたの方へはあやうからず。」

と出(いだ)せど、船は、えはやうもすゝまず、浪にゆられて、おそかりけり。

 舟のつく程、そこらの苫かづきて、うち入るゝ浪をふせぎ、女は、ふしたり。

 あまり、ね入りごちて、いびきはすれど、とまの下にものありともみへねば、あやしみて、そと、苫をのぞきて見るに、多くのへび、かさなりあひて、いたり。

 すべて、かぞへば、千ばかりもやあるらんと見ゆ。

 船頭、大きにおどろき、ひたいに汗かき、せなかはそゞろにさむく、おそろしさ、いはんかたなし。

 やうやう、きしもちかうなるまゝに、こゑして、船ばたをおどろかすに、目さめて、おきあがるをみれば、さきの女なり。

 舟のちんをやれど、中々、いなみて、とるびやうもなし。

 女、ほゝゑみて

「いかに。」

と、とヘば、かへすべきやうなく、

「しかじか。」

と、かたりて、身ぶるひす。

 女、おかしがり、

「扨ては、みたるや。かならず、人にかたるべからず。あなかしこ、我は蛇疫(じやえき)の神なり。我、いま、都より草津の里に入る。一ケ月ばかりにて歸るべし。」

とて、竹のしげみに入りける。

 それよりは跡もみへず。

 その夏、草津の一むら、のこらず、疫(え)やみし、七百にあまれる人、死したり。

 その春より夏の頃までは、京にはやつて多く死しけるが、それより、都は、事なくぞなりける。

[やぶちゃん注:「天正八年」一五八〇年。

「疫病」死亡率が有意に高いことから、一つ候補として挙げてよいのは天然痘(疱瘡)であろう。こちらの医学史を専門とする慶應義塾大学経済学部教授鈴木晃仁氏の言によれば、戦国時代には五年に一度のペースで大流行が発生しているとある。或いは麻疹(はしか)を挙げてもよい。こちらは流行が頻繁で、実際の死亡率が本邦では天然痘よりも高かった。

「瀨田のわたり」「大津」「草津」位置関係が判らぬ方はこちら(グーグル・マップ・データ)を見られたい。瀬田の唐橋は古くからあり、天正八年当時は織田信長の架けた本格的なものがあったが、或いは、疫(えやみ)の蛇神は何らかの理由があってこの橋を渡るのを嫌ったものであろう。一つ考えられるのは、俵藤太秀郷の百足退治伝説で知られる瀬田の橋姫こと大神霊龍王の存在である。知られた伝説では唐橋の上で大蛇に変じた龍女に百足退治を依願され、見事打ち果して、龍宮へ招かれている。されば、唐橋は龍女の結界内であり、鬼神のおぞましい疫病の蛇神は通れぬと考えられるからである。

「未の刻」午後二時前後。

「比良の根おろし」滋賀県の比良山地東麓に吹く局地風である比良颪(ひらおろし)。丹波高地から琵琶湖に向かって、比良山地南東側の急斜面を駆け降りるように吹く強い北西風。

「あやうからず」ママ。「危ふからず」。

「舟のつく程」「船」と「舟」の混在はママ。舟が対岸へ近づいた頃。

そこらの苫(とま)かづきて、うち入るゝ浪をふせぎ、女は、ふしたり。

「ね入りごちて」すっかり寝入って。「ごつ」は接尾語で四段型活用をし、当該の何らかの動作や物事を成すの意。

「いびき」「鼾」。

「とまの下にものありともみへねば」妙に平板で人型の膨らみには見えぬのである。

「そと」そっと。

「こゑして」船頭が恐ろしながらも、岸に着くので声をかけたのである。

「船ばたをおどろかすに」「船ばた」の物の怪「を驚かす」(目を覚まさせ)たところ。

「舟のちん」「舟の賃」。

「中々」呼応の副詞。到底(~ない)。ここは受けるべき打消を「いなみて」が受けている。

「とるびやうもなし」ママ。「取るべうもなし」。「取るべくもなし」のウ音便。受け取ることも出来ないでいる。

「おかしがり」ママ。

「あなかしこ」変わった用法である。連語で感動詞「あな」に形容詞「かしこし」の語幹がついたものであるが、しっくりくる辞書的な訳としては、渡し賃を出したのに受け取らぬから、「あら、もったいない!」の意ともとれるが、ピンとこない。特異的に「かならず、人にかたるべからず」という前言に掛かると考えて、「決して、ゆめゆめ」という禁止のダメ押しのニュアンスの方が自然である。しかも、この厳禁の強制的誓約は同時に、それを守れば船頭を疫病には罹患させないという舟渡し賃代わりの報酬として含まれていることは言うまでもない。

「蛇疫の神」見知らぬ鬼神名である。要は疫病(流行り病)の恐ろしい猖獗を一面では忌み嫌われる蛇を以ってその恐ろしさをシンボライズし、実体もそれに置換したものであろう。]

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