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2020/08/20

大和本草卷之十三 魚之下 人魚 (一部はニホンアシカ・アザラシ類を比定)

 

人魚 本草綱目䱱魚集解引徐鉉諬神録云謝仲

王者見婦人出沒水中腰以下皆魚乃人魚也又

徂異記云査道奉使髙麗見海沙中一婦人肘後

有紅鬣問之曰人魚也○䱱鯢モ亦人魚ト云乃名

同物異○日本記二十二巻推古帝二十七年攝

津國有漁父沈罟於掘江有物入罟其形如兒非

魚非人不知所名今案此魚本邦ニ処〻稀有之亦

人魚ノ類ナルヘシ

○やぶちゃんの書き下し文

人魚 「本草綱目」〔の〕「䱱魚」の「集解」に徐鉉〔(じよげん)〕が「諬神録〔(けいしんろく)〕」に云はく、『謝仲王といふ者、婦人、水中に出沒するを見る。腰より以下、皆、魚。乃〔(すなは)〕ち、「人魚」なり』〔と〕。又、「徂異記」に云はく、『査道、使を髙麗に奉ず、海沙の中、一婦人、肘〔(ひぢ)の〕後〔ろに〕、紅〔き〕鬣〔(たてがみ)〕有るを見る、之れを問へば、曰はく、「人魚なり」〔と〕』〔と〕。

○「䱱」・「鯢」も亦、人魚と云ふ。乃ち、名、同〔じくして〕物〔は〕異〔(こと)なり〕。

○「日本記」二十二巻「推古帝二十七年」、『攝津國に漁父有り。罟(あみ)を掘江[やぶちゃん注:ママ。]に沈む。物、有り。罟に入る。其の形、兒〔(こ)〕のごとく、魚に非ず、人に非ず。名づくる所を知らず』〔と〕。今、案ずるに、此の魚、本邦に処〻、稀れに之れ有り。亦、人魚の類〔(るゐ)〕なるべし。

[やぶちゃん注:幻想の人型生物・妖精たる人魚(Mermaid)である。一般に哺乳綱海牛(ジュゴン)目ジュゴン科ジュゴン属ジュゴン Dugong dugon 誤認説が流布しているが、正直言うと、私はこれは人魚伝説が先にあって、それに既存生物を当てはめてみた比喩的なもののように今は感じている。これは熱帯や亜熱帯の浅海を棲息域とする彼らを、到底、遭遇し得るとは思われない場所にも、汎世界的に同様の形状の人魚伝承が多数散在するからである。但し、私は最後の「日本書紀」に出るものは、場所と様態(子どもに似る)という点から見て、食肉(ネコ)目イヌ亜目鰭脚下目鰭脚下目アシカ科アシカ属ニホンアシカ Zalophus japonicusか、アザラシ科 Phocidae のアザラシ類(可能性としては特異的に南下してしまったアザラシ科アゴヒゲアザラシ属アゴヒゲアザラシ Erignathus barbatus(二〇〇八年八月に多摩川に出現した「タマちゃん」はこれ)、或いはゴマフアザラシ属ゴマフアザラシ Phoca largha が考え得る)の可能性が高いと睨んではいる。なお、お薦めのものとして、九頭見和夫氏の論文『江戸時代の「人魚」像』(二篇が読める。孰れもPDF)をお示ししておく。

『「本草綱目」〔の〕「䱱魚」』後に出る「鯢」とともに、並んで「鱗之四」に以下のように出る。

   *

【音「啼」。「綱目」。】 校正時珍曰、『舊注見鮧魚今分出。』。

釋名人魚【弘景。】。孩兒魚。時珍曰、『䱱聲如孩兒。故有諸名作「鯷」「鮧」者並非。』。

集解弘景曰、『人魚荆州臨沮青溪多有之。似鯷而有四足、聲如小兒。其膏然之不消耗。秦始皇驪山塚中所用人膏是也。』。宗奭曰、『䱱魚形微似獺四足、腹重墜如囊。身微紫色、無鱗・與鮎鮠相類。甞剖視之、中有小蟹小魚小石數枚也。』。時珍曰、『孩兒魚有二種生江湖中。形色皆如鮎鮠。腹下翅形似足。其顋頰軋軋音如兒啼。卽䱱魚也。一種生溪澗中。形聲皆同。但能上樹。乃鯢魚也。「北山經」云、『决水多人魚。狀如鯷四足、音如小兒。食之無瘕疾。』。又云、『休水北注於洛中多䱱魚。狀如蟄蜼而長、距足白而對。食之無蠱疾、可以禦兵。』。按此二說前與陶合後與冦合。蓋一物也。今漁人網得以爲不利、卽驚異而棄之。蓋不知其可食如此也。徐鉉「稽神錄」云、『謝仲玉者見婦人出沒水中。腰已皆魚。乃人魚也。』。又「徂異記」云、『查道奉使高麗。見海沙中一婦人。腰已下後有紅鬛。問之曰、「人魚也」。』。此二者乃名同物異、非䱱鯢也。

氣味甘有毒。

主治食之療瘕疾【弘景。】。無蠱疾【時珍。】。

 

【音「倪」。「拾遺」。】

釋名人魚【「山海經」。】。魶魚【音「納」。】。鰨魚【音「塔」】。大者名鰕【音「霞」。】時珍曰、鯢、聲如小兒。故名卽䱱魚之能上樹者。俗云、鮎魚。上竿乃此也。與海中鯨同名異物。蜀人名魶。秦人名鰨。「爾雅」云、『大者曰鰕』。「異物志」云、『有魚之形以足行如鰕。故名鰕。』。陳藏器、以此爲鱯魚。欠攷矣。又云一名王鮪。誤矣。王鮪乃鱘魚也。

集解藏器曰、『鯢生山溪中。似鮎有四足長尾、能上樹。大旱則含水、上山以草葉覆身張口。鳥來飮水、因吸食之。聲如小兒啼。』。時珍按、郭璞云、『鯢魚似鮎四足前脚似猴。後脚似狗。聲如兒啼。大者長八九尺。』。「山海經」云、『決水有人魚、狀如䱱。食之已疫疾。』。「蜀志」云、『雅州西山峽谷出魶魚。似鮎有足、能緣木。聲如嬰兒。可食。』。「酉陽雜爼」云、『峽中人食鯢魚。縳樹上鞭、至白汁出如構汁、方可治食。不爾有毒也。

氣味甘、有毒。

主治食之已疫疾【「山海經」。】。

   *

私は人魚フリークであるので、今回は寛文九(一六六九)年板行の風月莊左衞門刊「本草綱目」(国立国会図書館デジタルコレクションの当該開始ページ)の訓点参考に訓読を試みる。読みの一部を推定で歴史的仮名遣で丸括弧で附した。

   *

(ていぎよ)【音「啼」。「綱目」。】 校正時珍曰はく、『舊注、鮧魚に見たり。今、分ち出だす。』。

釋名人魚【弘景。】。孩兒魚(がいじぎよ)。時珍曰はく、『䱱、聲、孩兒のごとし。故に諸名有り。「鯷」「鮧」と作(な)す者、並びに非なり。』。

集解弘景曰はく、『人魚、荆州の臨沮(りんしよ)[やぶちゃん注:現在の荊州市内。完全な内陸。]の青溪に多く、之れ、有り。鯷(てい)に似て、四足有り、聲、小兒のごとし。其の膏(あぶら)は、之れを然(もや)して消耗せず。秦の始皇、驪山(りざん)の塚の中に用ふる所の「人膏(じんかう)」は是れなり。』と。宗奭(そうせき)曰はく、『䱱魚、形、微(わずか)に獺(かはうそ)に似て、四足、腹、重墜(ぢゆうつい)して囊(ふくろ)のごとし。身、微かに紫色。鱗、無くして、鮎(なまづ)・鮠(はや)と相ひ類(るゐ)す。甞つて剖(さ)きて之れを視るに、中に小蟹・小魚・小石數枚有り。』と。時珍曰はく、『孩兒魚、二種有り、江湖の中に生ず。形・色、皆、鮎・鮠のごとし。腹の下、翅(つばさ)の形して、足に似たり。其の顋(あぎと)・頰(ほほ)、軋軋(あつあつ)として[やぶちゃん注:軋(きし)むような感じで。]、音(こゑ)、兒の啼(なきごゑ)のごとし。卽ち、䱱魚なり。一種、溪澗の中に生ず。形・聲、皆、同じ。但し、能(よ)く樹に上る。乃(すなは)ち、鯢魚(げいぎよ)なり。「北山經」に云はく、『决水(けつすい)、人魚、多し。狀(かたち)、鯷のごとく、四足、音、小兒のごとし。之れを食ひて、瘕疾(かしつ)[やぶちゃん注:疾患発症。]、無し。』と。又、云はく、『休水、北のかた、洛に注ぐ中(うち)、䱱魚多し。狀、蟄蜼(ちつい)[やぶちゃん注:不明。単漢字を単純に接合すると「穴に潜った猿」の意。]のごとくにして長く、距足(きよそく)[やぶちゃん注:後肢か。]、白くして、對(たい)す。之れを食へば、蠱疾(こしつ)[やぶちゃん注:精神・神経系統の疾患。]無く、以つて兵[やぶちゃん注:兵器・凶器か。多分に呪術的効果と思われる。]を禦(ふせ)ぐ。』と。按ずるに、此の二說、前(さき)の陶[やぶちゃん注:陶弘景の見解。]と合し、後の冦[やぶちゃん注:冦宗奭のそれ。]と合す。蓋(けだ)し一物なり。今、漁人、網し、得て、以つて利あらずと爲(な)し、卽ち、驚異して之れを棄つ。蓋し知其の食ふべきことを知らず、此くのごときなることを。徐鉉が「稽神錄」に云はく、『謝仲玉といふ者、婦人、水中に出沒するを見る。腰、已下(いか)、皆、魚なり。乃ち人魚なり。』と。又「徂異記(そいき)」に云はく、『查道、高麗に奉使(ほうし)す。海沙の中、一婦人を見る。肘の後ろに紅き鬛(たてがみ)有り。之れに問ふに曰はく、「人魚なり」と。』と。此の二つに者、乃ち、名、同じく、物、異なり。䱱・鯢に非ざるなり』。

氣味甘、毒、有り。

主治之れを食ひて瘕疾を療ず【弘景。】。蠱疾、無し【時珍。】。

 

鯢魚(げいぎよ)【音「倪(げい)」。「拾遺」。】

釋名人魚【「山海經(せんがいきやう)」。】。魶魚【音「納」。】。鰨魚(たうぎよ)【音「塔」】。大なる者を鰕(か)と名づく【音「霞」。】。時珍曰はく、『鯢、聲、小兒のごとし。故に名づく。卽ち、䱱魚の能く樹に上る者なり。俗に云はく、「鮎魚、竿(さを)に上る」は、乃ち此れなり。海中の鯨と同名異物なり。蜀人(しよくひと)、「魶」と名づく。秦人(しんひと)、「鰨」と名づく。「爾雅」に云はく、『大なる者、「鰕」と曰(い)ふ』と。「異物志」に云はく、『有魚の形有りて足を以つて行くこと鰕(えび)のごとし。故に鰕と名ずく。』と。陳藏器、此れを以つて鱯魚と爲すは、攷(かんが)ふることを欠(か)く。又、云はく、一名、「王鮪(わうい)」と。誤れり。王鮪は乃ち鱘魚(てふざめ)[やぶちゃん注:チョウザメ。]なり。

集解藏器曰はく、『鯢、山溪の中に生ず。鮎に似て、四足有り、長き尾、能く樹に上る。大旱するときは、則ち、水を含み、山に上り、草葉を以つて身を覆ひ、口を張る。鳥、來つて水を飮むときは、因りて之れを吸ひ食ふ。聲、小兒の啼くがふごとし。』と。時珍、按ずるに、郭璞(かくはく)が云はく、『鯢魚、鮎に似て、四足、前脚(まへあし)、猴(さる)に似たり。後脚、狗に似たり。聲、兒の啼(なきごゑ)のごとし。大なる者の長さ、八、九尺。』と。「山海經」に云はく、『決水、人魚有り、狀、䱱のごとし。之れを食ひて、疫疾を已(や)む。』。「蜀志」に云はく、『雅州西山[やぶちゃん注:現在の四川省内。完全な内陸。]、峽谷に魶魚を出だす。鮎に似て、足有り、能く木に緣(よ)る。聲、嬰兒のごとし。食ふべし。』と。「酉陽雜爼(いうやうざつそ)」に云はく、『峽中の人、鯢魚を食ふ。樹上に縳(ばく)し、鞭(むちう)ちて、白汁、出でて、構汁(かうじふ)[やぶちゃん注:溝(どぶ)の泥汁、]のごとくなるに至りて、方(まさ)に治(めて)食ふべし。爾(しか)らざれば、毒有るなり。

氣味甘、毒、無し。

主治之れを食ひて疫疾を已む【「山海經」。】。

   *

益軒は「大和本草卷之十三 魚之上 魚/鯢魚(オオサンショウウオを含む広範なサンショウウオ類)」を先行して書いており、それがここでは非常に幸いしている。以上は、かなり判り易い。そうして、残念乍ら、「䱱魚」も「鯢魚」も日本人には絶対に「人魚」モデル生物ではあり得ないことも、もう、お判りであろう。完全な海から離れた内陸の渓谷に棲息する、純淡水産の生物で、体が魚のようでありながら四足があり、体から白濁した体液を出す――そう、これは中国と日本にしか棲息しない、

両生綱有尾目サンショウウオ上科オオサンショウウオ科オオサンショウウオ属の中華人民共和国東部固有種である、

チュウゴクオオサンショウウオ Andrias davidianus(近年、遺伝子解析により、一種と考えられていたものが五種いることが判ったと報道があった)

で間違いない。本邦産種は岐阜県以西の本州・四国・九州の一部に棲息する固有種

オオサンショウウオ Andrias japonicus

で別種である。但し、近畿地方の一部では人為的に移入されたチュウゴクオオサンショウウオとの競合と遺伝子汚染が生じており、懸念されている。

 なお、ここでは木に上るとあるが、彼らは湿潤であれば、時に陸を匍匐することがあるし(実写映像を見たことがある)、水に浸った木の枝ぐらいは登るから、全く問題ない。さても問題は「彼らは鳴くか?」であるが、少なくとも、本邦のオオサンショウウオは飼育している専門家も「鳴かない」と断言されており、少なくとも人間の可聴域で鳴くことはないようだ。しかし、チュウゴクオオサンショウウオ(中文名「中國大鯢」)の方は、別名を俗名を「娃娃魚」(wá wá yú:ゥーアゥーアユィー)と称し、これは捕まえた際に赤ん坊(娃娃)のような鳴き声を出すという俗説に基づくものである。但し、確かなものとして同種の鳴き声を録音したりしたデータや動画は見当たらなかった(代わりに食べるために油で揚げている無惨な中国人の動画を見てしまった)。しかしながら、一件だけ、サンショウウオ科サンショウウオ属ベッコウサンショウウオ Hynobius ikioi(阿蘇山系以南・霧島山系以北の鹿児島県北部・熊本県・宮崎県に棲息)が鳴くという記事があった(先のリンク先に示したが、現在は残念ながら、消失している。保存はしていないが、幸い、一部を引用しておいたので見られたい)。序でに言っておこうか、私は無論、オオサンショウウオを食べたことはない。しかし、食べたことがある人の話を聴いたことがある。石見出身の先輩の尊敬していた英語教師である。彼は小さな頃の捕獲と調理法を細かく、臨場感たっぷりに語って呉れた。茹でる時の強烈な臭いは山椒の域ではないこと、そうして、「ほんと! 美味かった!」という一言を。

『徐鉉が「諬神録」』五代十国から北宋代の政治家で学者の徐鉉(じょげん 九一六年~九九一年)の伝奇小説集。「中國哲學書電子化計劃」で調べると、「第八卷補遺」に、

   *

謝仲宣泛舟西江、見一婦人沒波中、腰以下乃魚也。竟不知人化魚、魚化人。【曾慥「類說」。】。

   *

う~ん、人名が「王」、「玉」、「宣」、困りましたな。西江(せいこう)は中国南部(華南地区)を流れる。位置はウィキの「西江」で確認されたい。

「徂異記」宋の聶田(しょうでん)の書いた志怪小説的(題名から類推)随筆を明初の陶宗儀が編し、叢書検「説郛(せっぷ)」に収載、明末から清初にかけて公刊された。因みに、ウィキの「海人魚(かいにんぎょ)にはこれと他に三篇の中国版「人魚」の原文と訳が載る。

「査道」不詳。

『「日本記」二十二巻「推古帝二十七年」、『攝津國に漁父有り。罟(あみ)を掘江に沈む。物、有り。罟に入る。其の形、兒〔(こ)〕のごとく、魚に非ず、人に非ず。名づくる所を知らず』「日本書紀」推古天皇二七(六一九)年七月の条。

   *

秋七月。攝津國有漁父。沈罟於堀江。有物入罟。其形如兒。非魚非人。不知所名。

   *

とある。「罟」は音「コ」で漁獲や狩猟用の網の意。「堀江」は大坂城下の南西端。現在の大阪府大阪市西区の北堀江と南堀江付近(グーグル・マップ・データ)。陸地になったのが最も遅い低湿地で、戦国初期にはこの一帯は未だ海であったとされる。]

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