萬世百物語卷之五 二十、寢屋の化物 / 萬世百物語 全巻 電子化注~了
二十、寢屋の化物
あだし夢、伊勢の神部高岡(かんべたかをか)に法藏院といふありけり。
夜な夜な、何とはしらず、法藏のねやちかくきたり、歌、うたひ、拍子、とり、おもしろふ、おどりける。
〽法藏院があたまは すてゝぎてぎよ すてゝぎてぎよ
と、夜すがらうたふに、戶あけてみれば、ものもみへず。
一夜(ひとよ)、二夜も、かくて過ぎけり。
また、る夜、來(きた)るに、法藏、たくみて、おともせず、しこりてうたふとき、
〽法藏院があたまが すててぎてぎよ すてゝぎてぎよ なら
〽をのれがあたまも すててぎ すててぎ すててぎ
と、しこりて、せりかくれば、のちは、おとも、せず。
「ばたり」
と、ものゝたおるゝを
「いかに。」
と、いでゝみれば、大きなるたぬきなり。
かれは、ものいふ事ならぬものの、あたまと尾にて、口まねするせはしさに、まけじとて、あたまを、おぼえず、うちわりけん、おかし。
寬延四年未正月吉日 江戶芝神明前
和泉屋吉兵衞開板
萬 世 百 物 語 終
[やぶちゃん注:歌の部分に庵点を使用して、歌詞には字空けを施した。
「伊勢の神部高岡」思うにこれは、伊勢の神戸(かんべ)城(グーグル・マップ・データ。以下同じ)の北の支城高岡城のあった、現在の三重県鈴鹿市高岡町附近ではないかと考えた。
「法藏院」不詳。上記近辺にはない。近場では、三重県津市河芸町(かわげちょう)赤部(あかべ)に浄土真宗法蔵寺ならある。
「おもしろふ」ママ。
「おどり」ママ。
「すてゝぎてぎよ」意味不明。私は例えば、ホトトギスの鳴き声のオノマトペイアかと思った。「捨てて切(ぎ)って! ギョッ?」ぐらいしか私には浮かばない。何となく、悟りが開けてない僧への揶揄のようにも思えなくはない。
「法藏」法蔵院の住職。
「たくみて」企略を以って。
「おともせず」音を立てぬようにして。不明の歌の相手に不在かと、油断させるためであろう。
「しこりて」「凝(しこ)りて・痼(しこ)りて」で、「ある行為や考えに熱中する」或いは「興奮する」の意があるから、それであろう。自分の「すててぎてぎよ」節に入れ込んで興奮して歌い始めた時に。
「しこりて、せりかくれば」住職が負けじと怒涛の如くにその返歌を歌い続け、しかもそれは「せりかく」「迫り掛く」(問い詰めて迫る)ものとして、波状的に相手を追い詰めるような調子になったところが。
「ものいふ事ならぬものの、あたまと尾にて、口まねするせはしさに」正しく人語を操って人間に判るようなことを言い出すことは出来ないものの、その不足する部分を、自分の頭を叩いたり、尾を以って地面を叩いたりすることで、補っていた。というのである。さればこそ、実はやはり「すてゝぎてぎよ」には意味はないとしてよかろう。
「おかし」ママ。
「寬延四年未」同年は辛未(かのとひつじ/しんび)でグレゴリオ暦一七五一年。
「江戶芝神明前」芝大神宮の門前町。増上寺の東直近。]