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2020/09/27

畔田翠山「水族志」 (二五二) ウミビル (イトメ・マダラウロコムシ)

 

[やぶちゃん注:同名異物と思われる「ウミビル」(前者は立項の初めは「ウミヒル」であるが、本文では「ウミビル」と表記している)を二条を纏めて電子化注する。底本ではここ。]

 

(二五二)

ウミヒル【備前岡山】 禾蟲 備前ニ產スル「ウミビル」ハ潮ノ來ル河中ノ泥底ニ生シ九十月ニ至テ泥中ヨリ自然ト出テ流水中ニ混ジ流ル形狀蚯蚓ニ似テ一二寸微紫色左右軟ナル足アリ細クシテ蜈蚣ノ足ノ小ナルガ如ク軟也土人此ヲ採テ麥ノ肥トシ或ハ煑食フテ味甘美也ト云華夷續考曰海田當秋成時禾蟲多隨潮浮上如蚕微紫小民繒以絡布捕之盈艇而歸味甘可食市之獲利爭訟者、至有順德縣志曰禾蟲如蠶微紫長一二寸無種類夏秋間早稻晩稻將熟之時由田中出潮長漫田乘潮下海日浮夜沈浮則水面皆紫采者預爲布網巨口狭尾有竹有囊樹材於海之兩旁名爲埠各蟲有主出則繫網於材逆流迎之張口東嚢二重則瀉於舟多至百盤活者製之可以作醬炮之可以作醬味甚美或醃藏之爲鹹壓而爆之爲乾皆可按ニ「廣東新語」ニ色紅黃ト云フ地產ニヨリ其ノ色ヲ異ニスル者也

 

○やぶちゃんの書き下し文

(二五二)

ウミヒル【備前岡山。】 禾蟲〔カチユウ〕 備前に產する「ウミビル」は、潮の來〔きた〕る河中の泥底〔どろぞこ〕に生じ、九、十月に至〔いたり〕て、泥中より自然〔おのづ〕と出〔いで〕て、流水中に混〔こん〕じ、流〔なが〕る。形狀、蚯蚓に似て、一、二寸。微紫色。左右、軟〔やはらか〕なる足あり、細くして、蜈蚣の足の小なるがごとく、軟〔やはらか〕なり。土人、「此れを採〔とり〕て、麥〔むぎ〕の肥〔こやし〕とし、或〔あるい〕は煑〔に〕食ふて、味、甘美なり」と云〔いふ〕。

「華夷續考」に曰はく、『海田、當〔まさ〕に、秋、成るべき時、禾蟲、多く、潮に隨ひて浮上し、蚕〔かひこ〕のごとくして、微紫なり。小民、繒〔そう〕するに、絡布〔らくふ〕を以つてし、之れを捕る。艇に盈〔み〕つれば、歸る。味、甘く、食ふべし。之を市〔あきな〕ひ、利を獲る。爭ひ訟ふる者、有るに至る』と。

「順德縣志」に曰はく、『禾蟲、蠶〔かひこ〕のごとく、微紫。長さ、一、二寸。種類、無し。夏・秋の間、早稻〔わせ〕・晩稻〔おくて〕、將に熟せんとする時、田中に由〔よ〕り、潮の出づるに、長く、田に漫〔み〕ち、潮に乘り、海に下る。日〔ひる〕は浮き、夜は沈む。浮かめば、則ち、水面、皆、紫たり。采〔と〕る者、預〔あらかじ〕め、布の網を爲〔つく〕り、巨〔おほき〕なる口にて狭〔せば〕き尾となす。竹、有り、囊、有り、材を海の兩の旁〔かたは〕らに樹〔た〕て、名づけて「埠〔ふ〕」と爲〔な〕す。各〔おのおの〕、蟲に主〔あるじ〕有りて、出づれば、則ち、網をして材に繫ぎ、逆流するときは、之れを迎ふる。張り口は、嚢〔ふくろ〕を東〔ひんがし〕し、二重たり。則ち、舟に瀉〔しや〕せば、百盤に至る。活〔い〕ける者は、之れを製するに、以つて醬〔ししびしほ〕に作るべし。之れを炮〔あぶ〕りて、以つて醬に作るべし。味、甚だ美〔よ〕し。或いは醃〔しほづけ〕にして、之れを藏〔ざう〕し、鹹壓〔かんあつ〕爲〔し〕て、之れを爆〔さら〕し、乾〔ひもの〕と爲すも、皆、可なり』と。

按〔あんずる〕に「廣東新語」に『色、紅黃』と云ふ。地產により、其の色を異にする者なり。

 

[やぶちゃん注:これは、ズバリ! 環形動物門多毛綱サシバゴカイ目ゴカイ超科ゴカイNereididae

Tylorrhynchus 属イトメ Tylorrhynchus heterochaetus

に同定して間違いない。「糸女」で、中文ではここに出る通り、「禾蟲」(カチュウ)が通称で、中文学名は「疣吻沙蚕」である。他に本邦では、このイトメに代表される多毛綱ゴカイ科の環形動物の中でも生殖のために遊泳する(「生殖群泳」と呼ぶ)生殖型個体のうち、日本にいるものを特に「バチ」と総称し、他に「ウキコ」「ヒル」「エバ」とも称する。特にイトメのバチを「日本パロロ」(英名 Japanese palolo)とも呼ぶ。最高の多色の図で示されてある栗本丹洲(「栗氏千蟲譜」巻六より)『文化十二年乙亥 冬十月 豊前國小倉中津口村と荻﨑村の際小流に生ぜる奇蟲「豐年蟲」』(リンク先は私のサイトHTML版)がまずはゼッタイにお薦め! また、本家の「パロロ」については、私の『博物学古記録翻刻訳注 10 鈴木経勲「南洋探検実記」に現われたるパロロ Palola siciliensis の記載』を参照されたい。特にここに記されている「生殖群泳」については、そこの私の注を読まれたい。これは説明し出すと、またまた注が長くなってしまうからである。なお、本邦で大正時代にイトメの生殖群泳を研究された「木場の赤ひげ」新田清三郎先生の『「いとめ」の生活と月齢との関係――附・「いとめ」精虫及び卵、并びに人類の精虫電気実験に就きて――』(カテゴリ「海岸動物」(カテゴリ「博物学」でも)全十回で私が電子化注したもの。先頭のリンクは、そのⅠ)も是非読まれたい。因みに新田先生は昭和二〇(一九四五)年三月十日の東京大空襲によって命を落とされた。

『備前に產する「ウミビル」は、潮の來〔きた〕る河中の泥底〔どろぞこ〕に生じ、九、十月に至〔いたり〕て、泥中より自然〔おのづ〕と出〔いで〕て、流水中に混〔こん〕じ、流〔なが〕る』イトメは河川の河口附近や、その近くの汽水域及びそこに繋がっている淡水域(河川下流域)や田圃等にまで広く分布し、大潮の夜になると、生殖体勢体に変形して淡水域に遡上し、そこで生殖群泳を繰り広げるのである。

「此れを採〔とり〕て、麥〔むぎ〕の肥〔こやし〕とし、或〔あるい〕は煑〔に〕食ふて、味、甘美なり」佐藤正典氏の非常に優れた論文「多毛類の多様性と干潟環境 : カワゴカイ同胞種群の研究」(『化石』第七十六巻・二〇〇四年・PDF)に(コンマを読点に代えた)、『日本の』『生殖群泳を行う「ゴカイ」は』(論文内では違った意味で使っておられるが、ここは広義でとってイトメも含めた意味でとって貰って問題ない)『東京近郊では地方名としてもゴカイと呼ばれ、ほぼ一年中、魚釣りの餌に用いられており、一方、岡山県の児島湾近郊ではウミビール(海ビール)と呼ばれ、成熟個体が井草栽培などのための肥料として広く用いられていた』とあり、私も他の地域でも実際に、古くは「ゴカイ」の類いを、田畑の自然肥料として用いていたという話を複数回、聴いている。以上の引用の最後は、まさに本文に出る岡山である点に注目されたい

「華夷續考」明の李時英の博物学的随筆で一八五一序の「華夷花木鳥獸珍玩續考」の略であろう踏んで、早稲図書館「古典総合データベース」のこちらで、天保保六(一八三五)年の写本で調べたところ、ここに原文「禾虫」を見つけた。

「絡布〔らくふ〕」繋ぎ合わせた布。

「繒〔そう〕」には「矢に糸をつけて鳥を射る道具」の意があるので、それを禾虫(イトメ)を漁(すなど)る「漁具として絡布を投げ打つ」の意でとってみた。

「爭ひ訟ふる者、有るに至る」好んで求める者が多くて、買い手間に喧嘩が起こるということであろう。

「味、甘く、食ふべし」既に『文化十二年乙亥 冬十月 豊前國小倉中津口村と荻﨑村の際小流に生ぜる奇蟲「豐年蟲」』で私は述べているが、イトメは食用になるのである。生牡蠣っぽい味がして、結構、美味いのである。ウィキの「イトメ」にも、『中国語の標準名は「疣吻沙蚕」』『というが、中国広東省の順徳料理や広州料理では「禾虫」(広東語 ウォーチョン)の名で、生殖体を陳皮風味の卵蒸し』や、『炒め物などの料理にして食用にする。シャリシャリした食感があり、タンパク質と脂肪が多く、アミノ酸バランスもよい』『とされる。珠江デルタにある水田には多く生息しており』、五月から六月と、八月から九月の彼らの『繁殖期に水田に水を入れると』、『流れに乗って集める事ができるため、採り集めて出荷する』とある。これはまさに次の「順德縣志」に書かれている通りのことである。さらにイトメのウィキを中文に切り替えて見給え! 流石は中国じゃないか! 記載の三分の二が――イトメの料理だぞ!――そこには、「禾蟲全席」というイトメ・フル・コース料理まであるぜよ! 「之を市〔あきな〕ひ、利を獲る。爭ひ訟ふる者、有るに至る」も尤もじゃあないか! 何? 「お前はどこで食ったのか」って? 釣りの餌だよ、あれを生で食べてみたんだっつーの!

「順德縣志」華南地方の地誌であるが、どうも同名で筆者の異なる複数の違うものがあるか? 「中國哲學書電子化計劃」で検索しところ、かく示されたが、この引用のそれとは全然違う。これが一番知られるものと思われる清の郭汝誠・馮(ふう)奉初らの纂になるものなんだが。ただ、この版本は一八五六年刊のものしか見えず、これは本書「水族志」の書かれたのが文政一〇(一八二七)年というのと合わない(但し、本書はその後も書き加えられたと考えてよく、畔田は安政六(一八五九)年に没しているからぎりぎり読もうと思えば読めたかも知れない)。

「種類、無し」個体の色彩変異が著しく、分裂するにも拘わらず、正しいことを言っているのが凄い!

「夏・秋の間、早稻〔わせ〕・晩稻〔おくて〕、將に熟せんとする時、田中に由〔よ〕り、潮の出づるに、長く、田に漫〔み〕ち、潮に乘り、海に下る。日〔ひる〕は浮き、夜は沈む。浮かめば、則ち、水面、皆、紫たり」スゴ過ぎる! 

「巨〔おほき〕なる口にて狭〔せば〕き尾となす」プランクトン・ネット!

「埠〔ふ〕」埠頭で波止場・船着き場の意があるから腑に落ちる。

「蟲に主〔あるじ〕有りて」漁業権者と場所が厳格に決められていたのである。

「逆流するとき」イトメの生殖群詠は満潮に乗じて河川を遡上する際に行われる。実に正しい漁の観察である。

「東〔ひんがし〕し」東に向けてセットする。河川の下流方向に当たる。

「舟に瀉〔しや〕せば、百盤に至る」かかった獲物を舟にぶちまけると、何重にもなるほど、山ほど獲れるの意か。

「醬〔ししびしほ〕」塩辛。

「之れを製するに、以つて醬〔ししびしほ〕に作るべし。之れを炮〔あぶ〕りて、以つて醬に作るべし」この部分、同一の衍文の可能性があるか。或いは「之れを製するに、以つて醬〔ししびしほ〕に作りて可にして、之れを炮りて、以つて醬に作るも可なり」で、「生を塩辛にしてよく、また、炙っあ上で塩辛にするのもよい」の意かも知れぬ。原文が確認出来ないのが、激しくイタい。

「廣東新語」清初の屈大均(一六三五年~一六九五年)撰になる、広東に於ける天文・地理・経済・物産・人物・風俗などを記す。「広東通志」の不足を補ったもの。全二十八巻。早稲田大学図書館の「古典総合データベース」の原本のここ

「鹹壓〔かんあつ〕爲〔し〕て」重い石で圧して水分を充分に取り除いた上で、であろう。

「地產により、其の色を異にする者なり」その通りです、畔田先生。]

 

 

(二五三)

ウミビル 海底ノ巖ニ附着ス長サ二寸許形狀蠶ニ似タリ大サ母指ノ如シ褐色ニシテ淺深ノ橫斑條ヲナス頭ヨリ尾ニ至リ背上ニ淡茶色ノ硬キ甲アリ甲ハ末尖リ間を隔テリ腹下岩ニ着處淡黃色ニ乄微紅ヲ帶フ

 

○やぶちゃんの書き下し文

(二五三)

ウミビル 海底の巖〔いはほ〕に附着す。長さ二寸許り。形狀、蠶〔かひこ〕に似たり。大〔おほい〕さ、母指〔おやゆび〕のごとし。褐色にして、淺深の橫斑〔わうはん〕、條をなす。頭より尾に至り、背の上に淡茶色の硬き甲あり。甲は、末〔すゑ〕、尖り、間〔あひだ〕を隔てり。腹の下、岩に着〔つく〕處、淡黃色にして微紅を帶ぶ。

 

[やぶちゃん注:サイズが六センチメートルと小さいこと、全体に地が褐色であること、背部が甲羅のようなものがあること、濃淡のくっきりした体側方向への縞模様があるように見えること、体側部が淡い黄色でやや赤みを帯びること、尾部か頭が二本に別れているように見えることという以上を総合しつつ、西村三郎編著「原色検索日本海岸動物図鑑[Ⅰ]」(保育社平成四(一九九二)年刊)の解説と写真を見てゆくと、私は、

環形動物門多毛綱ウロコムシ亜目コガネウロコムシ科マダラウロコムシ亜科マダラウロコムシ Harmothoe imbricata

が最も適合するように思われてならない。本種の体長は一・五~四センチメートルで、背部はウロコムシ類の特徴である鱗が十五対あって覆い尽くしている。背鱗の色は変異に富む。英語版「Wikimedia Commonsの「Harmothoe imbricataの画像をリンクさせておく(非常に大きい画像なので、吃驚しないように)。大き過ぎて却って判らぬが、本種にはこの背鱗に濃淡が見られ、体側方向に横縞模様が見えるように感じられる。また画面の左手が触手を持った頭部であるが、尾部も背鱗に生えている長い棘条突起が下がると、これがまた、二叉に別れているように見えるのである。体側部分は淡い黄色である。背鱗などが強い赤みを帯びた個体もあるようである。なお、本邦で和名で「海蛭」=「ウミビル」と呼ばれる真正の蛭、ヒル綱 Hirudinoidea に属する種群は実際に存在する。環形動物門ヒル綱ヒル亜綱吻蛭(ふんてつ)目ウオビル(魚蛭)科Piscicolidae に含まれる種群の通称総称で、陸生・淡水生のヒル類と同様に、魚介類・甲殻類・ウミガメやイルカなどに吸着して体液を吸う(同科の大半の種が海産)。例えば、ニホンウミビル属ニホンウミビル Orientobdella japonica がそれである。「ブリタニカ国際大百科事典」などによれば、近海性硬骨魚類や『サメ類などの魚類に外部寄生する』。体長は七~十四センチメートル、体節数は一定で三十四あり、『体は黄褐色の細長い紡錘形で』、『全面にいぼ状の突起があり』、『後半部が太くなる。体の前部に小吸盤』、『後部に大吸盤があり』、『小吸盤は半球形で腹面に口が開き』、『大吸盤は後方に向いている』。『雌雄同体で』、『雄生殖口は第』十一『体節に』、『雌生殖口は第』十二『体節に開く』とある(同事典のこれより以下の種記載は残念ながら、相当、古い)。詳しくは恐らく最新の総合的知見である、長澤和也・山内健生・海野徹也共同になる論文『日本産ウオビル科およびエラビル科ヒル類の目録(1895-2008年)』(PDF)を見られたい。因みにそこには日本産ウオビル科三亜科十四属十七種・未同定種四・同科未確定六他が記載されてある。他にも、エラビル(鰓蛭)科 Ozobranchidae にも多くの海産種がおり、ウオビル科カニビル属カニビル Notostomum cyclostomum(よく見かける、ズワイガニなどの甲羅に附いているブツブツした黒い丸い物はこのカニビルの卵である。但し、彼らは成長してもズワイガニではなく魚類に吸着するので勘違いされぬように)といった「海」の「蛭」は見かけることが少ないだけで、多くいるのである。しかし、私自身、これらの種を海岸で実際に見掛けたことはなく、そもそもが現在でも多くの人は海産のヒルがいるとは思ってもいないだろう。私は実は寄生虫フリークでもあり、ヒトを含むあらゆる動植物への寄生性生物に関心があるから、知ってはいた(私の魚類の寄生虫についての話を聴いたある数学の同僚は「刺身が食えなくなる」とぼやいた)。しかし、畔田の謂う「ウミビル」に、これらの寄生性の強い種が含まれているとするのは、記載からもちょっと無理があるように思う。]

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