畔田翠山「水族志」 (二四九) イソメ (イワムシ)
(二四九)
イソメ【紀州加太】 海濱巖間ニ生ス外綿絮ノ如キ者ニテ包ミテ人指ヲ並フル如ク岩ニ附生ス綿絮ノ如キ者ヲ去ハ内ニ肉色蚯蚓ニ似テ太ク橫理アル蟲アリ漁人魚釣ノ餌トス
○やぶちゃんの書き下し文
(二四九)
イソメ【紀州加太。】 海濱の巖の間に生〔しやう〕ず。外は、綿-絮〔わた〕のごとき者にて包みて、人の指を並ぶるごとく、岩に附き、生ず。綿絮のごとき者を去れば、内に、肉色の蚯蚓〔みみづ〕に似て、太く、橫の理〔きめ〕ある蟲あり。漁人、魚釣りの餌とす。
[やぶちゃん注:底本はここ。名称と大きさ(優位に太い)からみて、
環形動物門多毛綱イソメ目イソメ上科イソメ科Marphysa 属イワムシ Marphysa iwamushi
ではないかと推測する。「外は、綿-絮〔わた〕のごとき者にて包みて」の部分がやや不審なのであるが、同種は、成体体長で三十~五十センチメートルにもなり、赤褐色を呈し、体節数は実に三百五十内外ある。前部は丸いが、後部に向かうほど、背腹が扁平になり、特に体節の第三十節付近から下の疣足(いぼあし)には、体の両側に腮(えら)が生じ、初めは一本であるが、それに四~五本の糸状の鰓糸(さいし)が増えて、櫛の歯のようになることから、以上の不審部分はその体の後半部分を指して、腮や腮糸のもやもやをあたかも鞘のように誤認して言っているものと私には読める。本種は日本各地に分布し、潮間帯の岩の隙間でよく見かけるところから「岩虫」の名がつけられたものであるが、干潟のような砂泥中に穿孔している個体もいる。本種には「アカムシ」「エムシ」「イソメ」「イソベ」「ドロムシ」「セムシ」「ホンムシ」「イワイソメ」「ヒラムシ」など二十ほどの別名があるが、この特異的な異名の数が、釣り餌として古くから各地で活用されていたことの証しと言え、今も、磯釣りでの本道とも言えるマダイ・クロダイ・スズキ・キス・イサキ・マコガレイ釣りなどに於ける最も効果的な(されば、現在は値の張る)餌とされている。顎も強く、嘗て釣り餌として使用した際に咬まれたが、かなり痛い。近縁種で本州中部以南に棲息する別属のイソメ科Eunice 属オニイソメ Eunice aphroditois に至っては、最大長が一メートルを超える個体も少なくなく、その顎は危険レベルである。
「紀州加太」現在の和歌山県和歌山市加太の加太湾及び加太沿岸(グーグル・マップ・データ)。]