大和本草卷之十三 魚之下 魚鮓
魚鮓 脾胃ニ益ナシ消化シカタシ病人不可食未熟
ト熟シ過テ肉モ飯モ餒タルハ不可食久ヲ歴タル不可
食皆害人早鮓ノ㳒制アリ常ノ鮓ヨリカロシ無病人
少食乄不損脾胃味亦佳シ久ヲ不歷シテ新鮮ナル
故ナリ鰻鱺鰕烏賊等鮓不可食陳藏噐曰鮓内有
髮害人時珍曰凡諸無鱗魚鮓食之尤不益人
○やぶちゃんの書き下し文
魚鮓〔(うをのすし)〕 脾胃に益なし。消化しがたし。病人、食ふべからず。未だ熟さざると、熟し過ぎて、肉も飯も餒(くさ)れたるは、食ふべからず。久〔(ひさしき)〕を歴〔(へ)〕たる〔は〕、食ふべからず。皆、人を害す。早鮓〔(はやずし)〕、㳒制〔(はふせい)〕あり。常の鮓より、かろし。無病の人、少〔し〕食〔(しよく)〕して、脾胃を損せず、味も亦、佳〔(よ)〕し。久〔(ひさしき)〕歷〔へ〕〕ずして、新鮮なる故なり。鰻鱺〔(うなぎ)〕・鰕・〔(えび)〕・烏賊〔(いか)〕等〔の〕鮓、食ふべからず。陳藏噐が曰はく、『鮓の内に髮有れば、人を害す』、時珍が曰はく、『凡そ諸〔(もろもろ)〕の無鱗魚の鮓、之れを食へば、尤も、人に益あらず』〔と〕。
[やぶちゃん注:ここでは所謂、「熟(な)れずし」及び「押し寿司」の二種が記載されている。現行一般の「握り鮨」(江戸時代はシャリが大きかった)は「未だ熟さざる」「は、食ふべからず」に相当するので、益軒は禁忌としていることが判る。但し、「熟し過ぎて肉も飯も餒(くさ)れたる」「は、食ふべからず。久を歴たる、食ふべからず」と言っているからには、益軒は所謂、鮒鮓(ふなずし)のような発酵を促進させた「熟(な)れ鮓」系統(こちらの歴史は遙かに古い。「今昔物語集」巻第三十一の「人見醉酒販婦所行語第三十二」(「人、酒に醉(ゑ)ひたる販婦(ひさぎめ)の所行(しよぎやう)を見たる語(こと)第三十二」)に既に「鮎の熟れ鮓」が出る。「やたがらすナビ」のこちらで原文が読めるが、かなり穢(きたな)い話なので自己責任で読まれたい)は、皆、腐ったものとして禁忌としているもののように読める。益軒のほどよい「熟」というのは、恐らくは、数時間から一夜ほどを醬油・醋・煎り酒(前項参照)などにヅケ(漬け)にしたものを指しているように読める。但し、書き振りから、「早鮓」が先生の大のお好みらしい。因みに、私は鮒鮓が大好物である。先日も七千円弱の二十センチメートル強の一匹を食したばかりだ。まっこと、美味い。私の秘訣を教えておくと、残った頭の部分は、周りの発酵した米飯と一緒に、形がなくなるぐらいまでテッテ的に叩き込むのである。普通の白いそれと、墨色のそれを盛って、鮓と一緒に供する。この発酵した米飯が、これまた、強力な酒のアテとなる絶品なのである。「鮒鮓」は文字通り、捨てるところがないのである。このやり方は、嘗て訪ねた京都の割烹「ゆ」の若い主人から教えて貰ったもので、奥さんは美しい元舞妓さんであった。懐かしい。
「脾胃」前項参照。
「餒」は音「ダイ」。魚肉が腐る、饐(す)えるの意。
「早鮓」は所謂、関西系の押し寿司であろう。塩或いは酢で締めた魚と、酢を加えて調味した飯とを重ねて、強く押しをして一夜又は数時間で味を熟(なら)して食べる鮨。「一夜鮨」とも言い、夏の季語である。
「㳒制〔(はふせい)〕」「㳒」は「法」の異体字。製法。
「鰻鱺〔(うなぎ)〕・鰕・〔(えび)〕・烏賊〔(いか)〕等〔の〕鮓、食ふべからず」益軒先生、けったいなこと言いはりますなぁ。江戸前では鰻を鮨にするところは殆んどないが、私は一九六九年、富山県高岡市伏木に転居したが、その夜、入った寿司屋で、初めて鰻(無論、蒲焼である)の鮨を食った。
「陳藏噐が曰はく、『鮓の内に髮有れば、人を害す』、時珍が曰はく、『凡そ諸〔(もろもろ)〕の無鱗魚の鮓、之れを食へば、尤も、人に益あらず』〔と〕」「本草綱目」「鱗之四」に「魚鮓」があり、その「氣味」に、
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甘、鹹、平。無毒。藏器曰、『凡鮓皆發瘡疥。鮓内有髮害人』。瑞曰、『鮓不熟者、損人脾胃反致疾也』。時珍曰、『諸鮓、皆、不可合生胡荽・葵菜・豆藿・麥醬・蜂蜜。食令人消渴及霍亂。凡諸無鱗魚、鮓食之尤不益人』。
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とある。時珍の謂いは、これまた、食い合わせの類いと思われるので、語注しない。]
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