大和本草卷之十三 魚之下 和尚魚(をしやううを) (アシカ・オットセイの誤認)
【外】
和尚魚 三才圖繪曰東洋大海有和尚魚狀如鱉
其身紅赤色從潮水而至日本ニ坊主魚ト云海上ニ
頭ヲサシ出セハ僧ノコトシ性味未詳大魚ナリ
○やぶちゃんの書き下し文
【外】
和尚魚〔(をしやううを)〕 「三才圖繪」に曰はく、『東洋の大海に和尚魚有り。狀〔(かたち)〕、鱉〔(べつ)〕のごとく、其の身、紅・赤色。潮水〔(しほみづ)〕に從ひて至る』〔と〕。日本に「坊主魚」と云ふ。海上に頭をさし出せば、僧のごとし。性・味、未だ詳かならず。大魚なり。
[やぶちゃん注寺島良安:「和漢三才圖會 卷第四十六 介甲部 龜類 鼈類 蟹類」の「和尚魚(おしやういを) 海坊主」に於いて、私は「アシカ(鰭脚)亜目の水棲哺乳類」と同定した。そこで私は以下ののように理由を述べた(必ず、まず良安の本文を読まれ、挿絵を見られたい)。
*
多くの資料がウミガメの誤認とするが、私は全く賛同できない。寧ろ、顔面が人の顔に似ている点、坊主のように頭部がつるんとしている点、一・五から二メートル弱という体長、魚網に被害を齎す点、両手を胸の前で重ね合わせて涙を流しながら命を救ってくれることを乞うかのような動作や空を仰ぐような姿勢をする点(こんな仕草をする動物、水族館のショーで見たことがあるでしょう?)等を綜合すると、私にはこれは哺乳綱ネコ(食肉)目アシカ(鰭脚)亜目アザラシ科Phocidaeのアザラシ類か同じネコ(食肉)目アシカ(鰭脚)亜目アシカ科Otariidaeのアシカ類及びアシカ科オットセイ亜科Arctocephalinaeに属するオットセイ類等の誤認以外の何物でもないという気がする。スッポンに似ているという点で付図のような甲羅を背負ってしまう訳(それがウミガメ誤認説を導くのであろう)だが、これは断じてスッポンの甲羅では、ない。実際のスッポンの形状をよく思い出して頂きたい。甲羅は厚い皮膚に覆われており鱗板(りんばん。角質板とも言い、爬虫類の鱗が癒合して板状になったもの)がなく、つるんとして平たい。また多くの種は背甲と腹甲が固着することなく、側縁の部分は一種の結合組織で柔軟に結びついている。四肢を見ると、前肢は長く扁平なオール状を呈しており、後肢は短い。さて「この私のスッポンの叙述」は恰も上に上げた水生哺乳類のイメージとかけ離れているであろうか? 私にはよく似ているように思われるのである。ちなみに「山海経動物記・三足亀」には私と全く同じような見解からアザラシやオットセイ、ヨウスコウカワイルカを巨大なスッポンと誤認したのではないかという解釈が示されている(この「アザラシやオットセイ」の部分の同サイトのリンク先「鯥魚」(ろくぎょ)も必読である)。是非、お読みになることをお薦めする。
*
十二年前の私の見解だが、特に変更したり、新たに付け加えるべきものはない。さても、まず、明の王圻(おうき)の「三才圖會」(一六〇九年序)の「鳥獸六卷 鱗介類」の原本の図説を国立国会図書館デジタルコレクションの画像をこちらからダウン・ロードしてトリミングしたものをここに示す。
本文を電子化する。
*
和尚魚
東洋大海有和尚魚状如鱉其身紅赤色從潮水而至
*
良安も総て引いているが、やや違うので、私が訓読し、漢字を正字化したものを示す。一部に私が歴史的仮名遣で読みを振った。
*
和尙魚(をしやううを)
東洋の大海、和尚魚、有り。狀(かたち)、鱉(べつ)のごとく、其の身、紅赤色。潮汐(ちやうせき)に從ひて至る。
*
「鱉」は音「ベツ」で、漢字としては「鼈」と同じで所謂、スッポン(爬虫綱カメ目潜頸亜目スッポン上科スッポン亜科キョクトウスッポン属ニホンスッポン Pelodiscus sinensis:現在の同種の中文名は「中華鱉」である)のことである。良安も本文では(字のスレでよく判らぬのだが)「ス本」(すぽん)とルビを振っているように見える。
「紅赤色」に異論を唱える方がいるかも知れぬが、アシカは全身が黄褐色から焦茶色と多様で、特に♀は黄赤への偏差が強く、オットセイの成老個体では灰赤褐色を呈する。特に海中から上がって乾燥すると、彼らの体毛はより赤みがかって見える。]
« 金玉ねぢぶくさ卷之四 若狹祖母 / 金玉ねぢぶくさ卷之四~了 | トップページ | 甲子夜話卷之六 18 文化の御製幷近世京都紳の秀逸 »