畔田翠山「水族志」 (二五七) ウヲジラミ (ウオノエ) / 「海蟲類」電子化注~了
(二五七)
ウヲノシラミ 魚蝨 白色形狀蟬脫ニ似タリ海味索隱曰靑脊魚過淸明時腦中生蟲名魚蝨其蝨漸大而魚亦漸瘦便不堪食不時不食矣棘鬣魚ニアルハ「タヒ」ノムシ「アヂ」ニアルハ「アヂ」ムシト云
水族志終
○やぶちゃんの書き下し文
(二五七)
ウヲノジラミ 魚蝨 白色。形狀、蟬の脫〔ぬけがら〕に似たり。「海味索隱」に曰はく、『靑き脊の魚、淸明〔せいめい〕時〔どき〕を過ぐるに、腦の中、蟲、生ず。「魚蝨〔うをのしらみ〕」と名づく。其の蝨、漸〔やうやう〕、大きなるに、魚は亦、漸、瘦せ、便〔すなは〕ち、食ふに堪へず、時ならずして、食はず』と。棘鬣魚(キヨクレフギヨ/たひ)にあるは『「タヒ」ノムシ』、「アヂ」にあるは、『「アヂ」ムシ』と云ふ。
水族志終
[やぶちゃん注:どん尻に控えしは、
節足動物門甲殻亜門軟甲綱真軟甲亜綱フクロエビ上目等脚目ウオノエ亜目ウオノエ上科ウオノエ科 Cymothoidae の魚類に寄生するウオノエ類
という奇抜さ! 漢字では「魚の餌」である。本ウオノエ類は多種の魚類の口腔内・鰓・体表面に七節の胸節にある左右七対の胸脚の先端部分の指節(鉤(かぎ)状に鋭く尖っている)を魚体に突き刺してへばりつき、体液を吸引する寄生虫である(一部の淡水魚に寄生する淡水性ウオノエ類の中には、タナゴなどの腹腔内に穴を穿ち、その中に袋状の隙間を形成して寄生する種もいる)。和名は恐らく、マダイなどの口腔内に寄生しているタイノエ(Cymothoa verrucosa)を見た昔の人が、タイが食った餌のエビみたような生き物がそのまま残っていたと思ったのが由来であろう。市場に魚が出回る際には概ね除去されるので、まず、一匹丸買いで捌かない限りは見ることは少ない(但し、実は、結構、見つかって、クレームがつくらしい。後述する)。されば、どんな奴か? さても、まず、タクソンの等脚目 Isopoda で朧げながら、形が見えてくる。等脚目の別名はワラジムシ目だ。日常空間で見かけるワラジムシ(ワラジムシ亜目ワラジムシ科 Porcellio 属ワラジムシ Porcellio scaber など)やダンゴムシ(ワラジムシ亜目オカダンゴムシ科 Armadillidiidae・ハマダンゴムシ科 Tylidae・コシビロダンゴムシ科 Armadillidae に属する種群。刺激によって体を丸めて団子状の体勢になって防禦姿勢がとれる。ワラジムシはそれは出来ない点で識別出来る)、海辺で見かけるフナムシ(勘違いしている方がいるから言っておくと、彼らは海中や海水面を泳ぐことは出来るが、そのまま海水にいると溺れて死んでしまう)の仲間だ。別な言い方をしよう。一頻り水族館の人気者になったので、すっかりメジャーになった巨大なオオグソクムシ Bathynomus doederleini (実際に日本最大のワラジムシ目の種。但し、世界最大種は近縁種でメキシコ湾や西大西洋周辺の深海に棲息するダイオウグソクムシ Bathynomus giganteusである)は分類学上、ウオノエ亜目 Cymothoidaスナホリムシ科 Cirolanidaeオオグソクムシ属オオグソクムシなのである(但し、オオグソクムシは寄生しない。それどころか、飼育しても殆んど何も摂餌せず、食性すら判っていない。鳥羽水族館飼育されたダイオウグソクムシ(体長二十九センチメートル)は五十グラムのアジを食べて以降、死亡するまでの五年一ヶ月間、何も摂餌しなかった。恐らくはスカベンジャー(scavenger)で、深海底に降ってきた魚類や鯨類などの死骸や広く弱った深海性生物等を摂っているものと考えられてはいる)。ウオノエはオオグソクムシを小さく小さくしたものと考えてみてもよい。英文ウィキの「Cymothoidae」(ウオノエ科)を見ると、実に四十七属が掲げられてある。Web magazine「BuNa」の「あなたの知らない○○ワールド」にある、川西亮太氏の「第7回 ウオノエの世界 ~カワイイ顔して、魚に寄生する甲殻類」が恐らく、一般人向けのウオノエの解説ページとしてはこれ以上のものは望めないと言ってよいほどに優れているので、是非、見られたい。但し、ダンゴムシ系がダメな人は見ない方がよく、魚類の口腔内寄生のウオノエの写真はかなりショッキングなので、自己責任でクリックされたい。
また、山内健生氏の「シンポジウム報告 日本産魚類に寄生するウオノエ科等脚類」(『CANCER』第二十五巻・二〇一六年・PDF)によれば、世界では三百三十種が報告されているとある。それによれば、本邦産ウノノエ類は、まず、体表寄生性のウオノエ類が(以下、種名学名まで示されているが、属内の掲げられた種数を数えて、その数だけを附す)、
ウオノギンカ属 Anilocra(三種)
ウオノコバン属 Nerocila(三種)
ウオノドウカ属 Renocila(三種)
カイテイギンカ属 Preopodias(一種)
で、口腔内或いは鰓腔内寄生性のウオノエ類が、
ヒゲブトウオノエ属 Ceratothoa(八種)
エビスエラヌシ属 Cterissa(一種)
ウオノエ属 Cymothoa(三種。ここに恐らくは一番知られているであろう、マダイ・チダイ・アカムツの口腔内に寄生するタイノエ Cymothoa verrucosa がここに入る)
エルウオノエ属 Elthusa(五種)
カタウオノエ属 Glossobius(二種)
エラヌシ属 Mothocya(六種)
マンマルウオノエ属 Ryukyua(一種)
が挙げられ、最後に体腔内寄生性のウオノエ類として、
ウオノハラモグリ属 Ichthyoxenus(三種。ここに先に示したタナゴ類やフナ等に体腔内に侵入する淡水性のタナゴヤドリムシ Ichthyoxenus japonensis が含まれている)
が示されてある。而して、山内氏は纏めて(種小名不明を除いて数えておられる)体表に寄生するもの四属八種、口腔内或いは鰓腔内に寄生するもの七属二十三種、体腔内に寄生するもの一属三種とされ、合計で本邦産ウオノエ類は全十二属三十四種が『記録されていることが明らかとなった』とある。因みに、日本周辺の海洋生物を主な対象としているデータシステム「BISMaL」(Biological Information System for Marine Life)のここを見ると、ウオノエ上科 Cymothooidea にウオノエ科 Cymothoidae と並んで、ニセウオノエ科 Corallanidae が存在し、そこに Alcirona 属・Argathona 属・キバウオノエ属 Excorallanaの三属が挙げられていることを言い添えておく。
「ウヲノシラミ 魚蝨」現在のウオノエ類には「シラミ」を有する和名がついた種はいない。
「白色」ウオノエ類は白色の種は多いが、色彩は多様である。
「蟬の脫〔ぬけがら〕」「の」は私が送った。熟語なら、「センダツ」であるが、これはセミの抜け殻を意味する「蟬蛻」(センゼイ)の「蛻」を「脱」に誤った語かとされる。
「海味索隱」本書で盛んに使用された「閩中海錯疏」の著者で、明後期の政治家・学者の屠本畯(とほんしゅん 一五四二年~一六二二年)の撰になる、海産生物の博物書。先行する海産生物書を補訂する内容のようである。「索隱」は索引で補訂対象原本のそれを指すものと思われる。早稲田大学図書館の「古典総合データベース」にある陶宗儀による漢籍叢書「説郛」(せっぷ)の第四十二巻(PDF)に載る。畔田の引用は89コマ目から始まる「靑鯽歌」(せいそくか)の一節である。「靑鯽」は本邦ではコノシロ(条鰭綱新鰭亜綱ニシン上目ニシン目ニシン亜目ニシン科ドロクイ亜科コノシロ属コノシロ Konosirus punctatus)を指すが、当時の明で同種を指したかどうかは不詳。90コマ目の「索隱曰」以下の文中に出現する。如何にも確かにウオノエの類を指しているようには見える。先の山内氏の報告に(ピリオド・コンマを句読点に代えた)、『ウオノエ類の宿主特異性の程度は種によって大きく異なり、多くの有用魚種も宿主として記録されている。ウオノエ類の寄生によって、宿主魚類には、貧血、栄養障害、および発育阻害などが生じ、ウオノエ類による漁業対象魚種への経済的な損害には無視できないものがある。ウオノエ類による被害が世界各地で報告されており』、『日本でも、タイノエ Ceratothoa verrucosa (Schioedte & Meinert, 1883),シマアジノエ Ceratothoa trigonocephala (Leach, 1818)、コウオノエ Ceratothoa oxyrrhynchaena (Koelbel, 1879)、サヨリヤドリムシ Mothocya sajori Bruce, 1986、イワシノコバン Nerocila phaiopleura Bleeker, 1857、ウオノコバン Nerocila japonica Schioedte & Meinert, 1881による漁業被害が報告されている』。『被寄生魚類は、ウオノエ類によって直接的・物理的な被害を受けるだけでなく、病原微生物による感染の危険にもさらされる』。『また、食の安全や食品衛生への関心が高まる今日では、一般消費者が食用魚類中にウオノエ類を見出して不安を感じることも多く、ウオノエ類を食品混入異物あるいは有害寄生虫と見なしたクレームが小売店・加工会社・保健所などでは後を絶たない』。『実際に、かつて著者が地方衛生研究所に勤務していた際にも、一般の方や企業からのこうした問い合わせは少なくなかった』とある。されば、そのうち、あなたも見つけて吃驚するかも知れぬ。
「淸明〔せいめい〕時〔どき〕」二十四節気の第五。三月節で、旧暦では二月の後半から三月前半に当たる。太陽黄経が十五度の時で、新暦では四月五日頃に相当する。
「腦の中、蟲、生ず」口腔内の誤りであろう。或いは外部寄生する場合は、頭部の眼の上辺りに附着することがあり、しっかりしがみついているので、それを脳の中から出現したものと見誤ったものかも知れない。
「棘鬣魚(キヨクレフギヨ/たひ)にあるは『「タヒ」ノムシ』「棘鬣魚」(「鬣」は言わずもがな「たてがみ」のこと。魚類の鰭の中でも特に背鰭を指す)現代仮名遣では「キョクリョウギョ」である。先に示したタイノエ。
『「アヂ」にあるは、『「アヂ」ムシ』』タイノエ類で、アジ類に寄生する種は、先の山内氏のリストを見ると、
ヒゲブトウオノエ属ナミオウオノエ Ceratothoa carinata
が、マルアジ(Decapterus maruadsi)・ムロアジ(Decapterus muroadsi)・シマアジ Pseudocaranx dentex)に、
同属シマアジノエ Ceratothoa trigonocephala
がムロアジ(Decapterus muroadsi)・シマアジ(Pseudocaranx dentex)に寄生することが確認されてある。ウィキの「ウオノエ科」によれば、『種類や宿主などについては、いまだ不明な点が多い』とし、『欧米の水産分野では、ウオノエ類を魚類系群識別のための生物標識としても用いている』『が、日本近海におけるウオノエ類の研究は諸外国と比較すると』、『あまり進んでいないと指摘されている』(これらの出典はまさに上記の山内氏の報告が元である)。『ウオノエ類は寄生生活に適応した特殊な形態と生活サイクル(性転換など)を備えているため、進化生物学などの分野では研究対象として注目されて』おり、『愛媛大学や総合地球環境学研究所などのチームが』二〇一七年四月十九日に『明らかにしたところによると、ウオノエは、深海に生息していた共通の祖先から進化した可能性が高い』(典拠は『日本経済新聞』のこの記事。因みにそこではウオノエの世界の全種数約四百とする。種は、ますます増えそうだ)とある。
これを以って畔田翠山「水族志」の「第十編 海蟲類」は終わっており、「水族志」本文は終わっている。
さても。これより、本書の冒頭に戻って電子化注を開始する。昨日やってみたが、国立国会図書館デジタルコレクションのものも、「水産研究・教育機構」のものも、孰れも私の所持するOCRによる電子的な読取りが上手く機能しないことが判明した。されば、この「海蟲類」同様、また、「大和本草」水族の部の時のように、総て視認して打ち込むしかない。「大和本草」の方は終わるのに六年弱かかった。恐らく、同じかそれ以上の時間がかかるように思われる。お付き合い戴ける方は、私同様、忍耐と健康が必要となる。御覚悟あれ。]
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