大和本草卷之十三 魚之下 鮑魚(ほしうを) (魚の干物)
鮑魚 時珍云乾魚也又乾鮝ト云淡鮝ハ塩ニ漬サズ
シテ乾スヲ云漢書師古注鯫【質渉切シラホシ】不
[やぶちゃん注:【 】は枠入。所謂「反切」の割注で、「鯫」をそれで示して、以下に和訓を附したもの。ブログでは再現出来ないので、かくした。]
著塩而乾者
○やぶちゃんの書き下し文
鮑魚(ほしうを) 時珍云はく、『乾魚〔(ほしうを)〕なり』〔と〕。又、『乾鮝〔(けんしやう)〕」と云ふ』〔と〕。淡鮝(しらほし)は塩に漬(ひた)さずして乾すを云ふ。「漢書」師古注〔に〕『鯫【「質」「渉」〔の〕切。「しらほし」。】、塩に著〔(つ)〕けずして乾す者』〔と〕。
[やぶちゃん注:「鮑魚」は一度塩漬けにしたものを乾したものを指す。「鮑」は現行では「あわび」を専ら指すが、それ以外に「塩漬けにした魚」の意がある。
「乾鮝」(現代仮名遣「けんしょう」)の「鮝」は「鯗」=「鱶」の異体字で、この字には鮫の「ふか」の意以外に「干物」の意がある。「本草綱目」の「鮑魚」の「集解」の中に『鮝、亦、乾魚之總稱也』と記されてある。
『「漢書」師古注』初唐の学者顔 師古(がん しこ 五八一年~六四五年)が皇太子承乾の命により、「漢書」(後漢の章帝の時、班固・班昭らによって編纂された前漢のことを記した歴史書)全百巻の注釈を作成したもの。六四一年完成。
「鯫」この字には現在は一つに「雑魚」の意がある。この記事は、早稲田大学図書館の「古典総合データベース」の「漢書」師古注の清の一六五六年刊の版本で発見した。ここの左頁の主行三行目の「鮿鮑千鈞」の割注の冒頭の部分である。「鮿」(音「チョウ」(現代仮名遣))の字も「ひもの」を指す。
なお、国立国会図書館デジタルコレクションの底本と同じ版本のこちらには、後人(恐らくは幕末か明治以降)によるものと思われる補注的な貴重な書き込みがあるので、それを電子化しておく。まず、
・冒頭の「鮑魚」の左にルビで『クサヤノヒモノ』
とある。私は「クサヤ」の名を本草書で見ることは、そうそうなかった。
・「鮑魚」の右下に『師古曰今之䱒魚也』
とある。先に示した師古注に続いて出ているので、今一度、見られたい。なお、「䱒」は「𩸆」と同字で、音は「ヨウ」、やはり塩漬けの魚を示す漢語である。
・「漢書」の左下に『貨殖傳』
と記す。私が膨大な「漢書」から容易に探し得たのは、この記載のお蔭である。
・「鯫」の反切の頭の左上に『今漢書作音輙』
とある。先の「漢書」を見ると、「輒」であるが、この字は「輙」(音「テフ(チョウ)」)の異体字であるから問題ない。
・本文の最後に『張良傳鯫音才垢反索隱曰―小魚也因按今ノゴマメノ類カ又云煏室乾之者鯫据之乃鳥ノ下ヱニスルヤキバヤノ類』
とある。流石に読みにくいので、試みに無理矢理、訓読してみる。
「張良傳」に『鯫、音「才」・「垢」の反』〔と〕。「索隱」に曰はく、『小魚なり』と。因りて按ずるに、今の「ごまめ」の類〔(たぐひ)〕か。又、云はく、『室に煏(ふく(?))して之れを乾かす者は、鯫、之れに据〔(す)〕ふ』〔と〕。乃〔(すなは)ち〕、鳥の「下〔した〕ゑ」にする「やきばや」の類〔(たぐひ)〕〔か〕。
そうして、もしや、と思って、先に「漢書」の「張良傳」を調べたところ、頭の反切は、ここにあった(右頁九行目にある二行割注)。『服虔曰鯫音七垢反鯫小人也臣瓚口楚漢春秋鯫姓師古曰服說是也音才垢反』の最後の部分を引いたものであることが判る。次の「索隱」とは「史記索隱(しきさくいん)」で、唐の司馬貞による「史記」の注釈書である。その「劉侯世家」の注の中に『鯫生【吕静云鯫魚也謂小魚也音比垢反臣瓚按楚漢春秋鯫生姓解】』とあるのを中文サイトで発見した。「煏」は音が判らぬが、現代中国語では「火で乾かす」の意である。「ごまめ」は「田作り」のことで、あの原材料はニシン目ニシン亜目カタクチイワシ科カタクチイワシ亜科カタクチイワシ属カタクチイワシ Engraulis japonicus の幼魚の乾燥品である。「下餌」は鳥の餌の中で昆虫類や魚を粉末にしたものを指す(「上餌」は穀類(大豆や小麦など)の粉末を混ぜたものを指す)。但し、後の「ヤキバヤ」という呼称は不詳。ネット検索でも掛かってこない。]
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