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2020/10/10

畔田翠山「水族志」 ヱビスダヒ (タイワンダイ) 《リロード》

 

(五)

ヱビスダヒ【紀州若山】一名ノボリサシ【紀州日高郡薗浦】チダヒ【淡州北村】ベニダヒ【紀州田邊】ヒメコダイ[やぶちゃん注:ママ。特異点。]【土佐浦戶】

大者二尺許形狀黃檣魚ニ似テ頭隆起シ身短背紅色ニ乄深紅色ノ條斑背ヨリ腹ニ至ル頭色紅色頭ヨリ背ニ至リ黃色ヲ帶腹白色淡紅ヲ帶鬣上ニテ末糸ヲナシ五條極メテ長ク身ニ倍乄紅色其鬣下尾ニ至迄鬣短乄淡紅色尾亦同色ニ乄淡黃ヲ帶腰下鬣同色脇翅本淡紅色ニ乄末黃色腹下翅同色也

 

○やぶちゃんの書き下し文

(五)

ヱビスダヒ【紀州若山。】・一名「ノボリサシ」【紀州日高郡薗浦〔そのうら〕。】・「チダヒ」【淡州北村。】「ベニダヒ」【紀州田邊。】・「ヒメコダイ」【土佐浦戶〔うらど〕。】

大なる者、二尺許り。形狀、黃檣魚〔はなをれだひ〕に似て、頭、隆起し、身、短く、背、紅色にして、深紅色の條斑、背より腹に至る。頭の色、紅色。頭より背に至り、黃色を帶ぶ。腹、白色に淡紅を帶ぶ。鬣上〔せびれじやう〕にて、末〔すゑ〕、糸をなし、五條は極めて長く、身に倍して、紅色。其の鬣の下、尾に至るまで、鬣、短くして、淡紅色。尾も亦、同色にして、淡黃を帶ぶ。腰の下の鬣、同色。脇の翅本〔ひれもと〕、淡紅色にして、末、黃色。腹の下の翅も同色なり。

 

[やぶちゃん注:当該ページは底本の国立国会図書館デジタルコレクションの画像が甚だ読みづらいので、中央水研の単独画像で示す。しかし、この比定には正直、全く困り果てた。まず、冒頭に挙げてある「エビスダヒ」は、和名としては棘鰭上目キンメダイ目イットウダイ科アカマツカサ亜科エビスダイ属エビスダイ Ostichthys japonicus がいるのであるが、「身、短く、背、紅色にして、深紅色の條斑、背より腹に至る。頭の色、紅色」の部分だけで、有意に現れる「黃」色は本種には見られず、エビスダイはまさに絵にかいた恵比寿が持つに相応しい丸っこい、全身が目出度い紅で覆われている。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のエビスダイのページの写真を見られたい。しかも、ハナオレダイの異名を持つ真正のタイの仲間であるスズキ目スズキ亜目タイ科マダイ亜科チダイ属チダイ Evynnis tumifrons (同前サイト)とは全く似ていない。一方、悩まされたのは、「鬣上〔せびれじやう〕にて、末〔すゑ〕、糸をなし、五條は極めて長く、身に倍して、紅色」という部分である。これは背ビレの第一棘条から第五棘条までの先端が体長の倍以上まで伸びているというのである。イトヒキアジじゃあるまいし、そんなタイ(或いはタイに酷似した)紅黄色い魚は知らない。「身に倍」してを、他の棘条の倍以上という意味だったら、先のチダイの第三と第四棘の先が糸状に伸長することで一致する(WEB魚図鑑」のこの個体が判りがいい)。しかし、畔田は前方五本総てがそうなっているというのでは、黄色が有意には見られないチダイは除去せざるを得ない。そもそもが、畔田はこれらの名の内、三つが彼のフィールド・ワークの縄張り圏内での採集名であるのに注意しなくていけない。則ち、彼は実物を見て、異名と以上の特徴を記していることは、百%間違いないと言ってよいからである。ここで袋小路がまず一つということになる(本項は体色の観察が非常に細かいことに注意されたい。これは生魚を現認しているものと考えてよいということである。五条の糸状棘条のタイ似の魚がいればお教え願いタイ)。次に、有意に登場する黄色である。実はこれにピッタリな種がいるにはいるのだ。タイ科キダイ亜科キダイ属キビレアカレンコ Dentex abei がそれなのだ。まずは、黙って、写真を「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」で魚体を見て貰おう。「頭より背に至り、黃色を帶ぶ。腹、白色に淡紅を帶ぶ」……「其の鬣の下、尾に至るまで、鬣、短くして、淡紅色。尾も亦、同色にして、淡黃を帶ぶ。腰の下の鬣、同色。脇の翅本〔ひれもと〕」(両胸鰭の基部)「淡紅色にして、末、黃色。腹の下の翅も同色なり」……「おおっ! これでっショウ!」と叫ぶ方は決して少なくないはずである。ところがどっこいなのだ。この魚、そこで下方の解説を読まれたい。本邦では、奄美大島・沖縄島で、『鹿児島以南で水揚げされる』とあるのだ。和歌山や淡路島や土佐では獲れないのである。かくして二番目の袋小路。鼻折れでタイらしいタイで、第一、第二棘条が赤く伸びているのなら、これはどうだ! タイ科キダイ亜科セナガキダイ属ホシレンコ Cheimerius matsubaraiだ!(「WEB魚図鑑」) 「おッツ! これいいじゃん!」……でもね、黄色味がないよ……それに……下方の並んだそれらの写真の下の釣れた場所をお見よし……鹿児島特産なんだな、これが……第三の行き止まり……私のやれるのは、もう、ここまでだ。「魚」パート始まって早々、仕方がない。悪しからず。【2020年10月15日追記:比定同定決着! これは、

条鰭綱スズキ目スズキ亜目タイ科タイワンダイ属タイワンダイ Argyrops bleekeri

である! いつも御教授戴くT氏の御指摘を頂戴した! それもこれは実に! トンデモなく畔田翠山「水族志」の同定に有益な――国立国会図書館デジタルコレクションの一冊の御紹介――でもあった! 宇井縫藏(ぬいぞう)著「紀州魚譜」(昭和七(一九三二)年淀屋書店出版部・近代文芸社刊)! これは有難い強者(つわもの)である! スゴ過ぎる!! 宇井縫藏(明治一一(一八七八)年~昭和二一(一九四六)年)は田辺の東、西牟婁郡岩田村(現在の同郡上富田町(かみとんだちょう)。グーグル・マップ・データ)生まれで、教師・博物学者・郷土史家。旧姓は滝浪で、牟婁郡上三栖(かみみす)村生まれの宇井可道(よしみち 天保八(一八三七)年~大正一一(一九二二)年:官吏・銀行家・篤志家にして国学者・歌人・民俗学者。紀伊国牟婁郡上三栖村庄屋・村長、紀伊田辺藩貧院頭取、和歌山県西牟婁郡職員、田辺銀行支配人を歴任した)聟養子となる。和歌山師範卒。田辺小、岩田小、田辺高女等で教職にある傍ら、植物、魚類の蒐集研究にも専念した。後に上阪して関西工学校に勤務。晩年は郷土史研究に没頭した。本書の他に「紀州植物誌」等の著作があり、南方熊楠の質問を牧野富太郎に斡旋するなど、熊楠の植物・魚類の方面での協力者でもあった。同書のこちら(下線は原本では傍点「ヽ」。学名が斜体でないのはママ)、

   *

インドダイ 印度鯛 Argyrops spinifera(Forskål.)

方言〕 水族志エビスダヒ(和歌山、ノボリサシ(御坊)、ベニダイ(田邊)とある。

頗るチダイに近いが、體は著しく高く、體側には不明瞭なる五個の濃赤色の橫帶を有し、背鰭第一棘は頗る短く、第二棘より四個乃至七個の棘は大に延長して絲狀を呈する。體長七八寸。熱帶性の魚で鹿兒島以南印度へかけて多産するが、紀州にては頗る少なく、往々チダイやキダイに混じて捕獲せられるに過ぎない。

   *

なお、この宇井氏の学名の命名者の綴りには間違いがある。正しくは、

Argyrops spinifer (Forsskål, 1775)

である。ただ、少し問題があって、このインドダイは本邦近海には分布しないことである。小学館「日本大百科全書」のインドダイには(読みの一部を省略した。下線太字は私が附した)、『骨魚綱スズキ目タイ科マダイ亜科に属する海水魚。南アフリカからインド半島、マレー半島、オーストラリア北岸の海域に分布する。体は著しく側扁し、体高は高い。頭の前縁は急勾配)。眼下の幅は広い。上下両顎の臼歯は2列。背びれ棘(きょく)は12本で、第1~2棘はきわめて短く、第3~5棘(ときどき第7棘)は平たく、糸状に伸長する。幼魚では尾びれ近くまで達するが、老成魚では短い。全長は最大で約70センチメートルになるが、普通は30センチメートル。体は淡紅色で、頭部はやや暗色。鰓孔(さいこう)の上部の縁辺は暗赤色である。若魚には体側に4~5条の濃赤色の幅の広い横帯がある。水深5~100メートルの底層に生息し、おもに軟体動物などの底生の無脊椎動物を食べる。主として底引網、延縄(はえなわ)、一本釣りなどで漁獲される。若魚は内湾の非常に浅いところにいるが、成長するにつれて深所へ移動する。従来、しばしばタイワンダイと混同されたが、タイワンダイは背びれ棘が11本あり、第1棘がごく短いことでインドダイと区別される』とあった。

 何だか力を得た感じ!

 「タイワンダイ」を調べてみる。すると、

「タイワンダイ」は本邦国内で収集された海洋生物分布記録データの集成であるビスマル(BISMaLBiological Information System for Marine Life)に載る!

条鰭綱スズキ目スズキ亜目タイ科タイワンダイ属タイワンダイ Argyrops bleekeriOshima, 1927

だ! そこで同じ辞書で「タイワンダイ」を引いてみた(前と同じ仕儀を施した)。『骨魚綱スズキ目タイ科マダイ亜科の海水魚。高知県、南西諸島、台湾、東シナ海、南シナ海、トンキン湾、インドネシアなどの海域に分布する。体は卵形で体高が高く(体長は体高の1.9倍以下)、強く側扁する。上下両顎前部に各2対の犬歯があり、側部には2列の臼歯がある。臼歯はやや強い。背びれ棘は11本で、第1棘はごく短く、第2棘より後方の数棘は柔らかくて、延長して糸状を呈する。全長約50センチメートル。体は淡紅色で、体側に4~5条の幅広い濃赤色横帯があり、幼魚ほど鮮明である。体側にコバルト色の小斑点はない。尾びれの後縁は黒くなく、下縁は白くない。成魚は沖合いに生息するが、幼魚は内湾でもみられる。おもに底引網、釣りで漁獲される。白身の肉で、刺身、焼き物、煮つけなどにすると美味である。臀(しり)びれ軟条は8本あることでマダイに近縁である。また、背びれが伸長することでインドダイに近いが、インドダイは背びれ第3棘より後方が長いことで本種と区別できる』とあった。

 高知県で獲れるのであれば、和歌山薗浦でも、或いは、そこの漁民が紀伊水道南沖に出張って漁をすれば、漁獲できたとしてもおかしくはあるまい。この子は「WEB魚図鑑」をご覧あれ! 見事な旗指物が伸びとるがね! もう、これに同定比定せずんばならず! である! T氏に大感謝!!

「紀州若山」何度も出た。和歌山。もう注さない。

「ノボリサシ」この異名はまさに背鰭の棘条の先が赤い糸のように伸びたさまを「幟(のぼり)刺し」としたものであろう。

「紀州日高郡薗浦」現在の御坊市(グーグル・マップ・データ)内であるが、地名は残っていないようである【2020年10月15日追記】いつも御教授戴くT氏の御指摘を頂戴した。私がろくに探さずいただけであったちゃんと地名に残っていた。和歌山県御坊市薗(その)(グーグル・マップ・データ)である。T氏が添付して下さった「天保國繪圖紀伊國日高郡御坊付近」の以下の画像の中央に「薗浦」とあった。何時もながら、T氏に感謝申し上げる。

Photo_20201015145001

「淡州北村」海浜で旧村名で「北村」を有するのは「草加北村」で、現在の兵庫県淡路市草香北(グーグル・マップ・データ)であるが、ここか。北を除く東村・西村・南村は「徳島大学附属図書館」の「貴重資料高精細デジタルアーカイブ」のこちらの古地図(寛永一八(一六四一)年頃)内に見つけたが、単独の「北村」は遂に見出せなかった。

「土佐〔うらど〕」高知県高知市浦戸(グーグル・マップ・データ)。坂本龍馬像があることで知られる。

「䰇」は馬の鬣の他に魚の背鰭も指す語である。]

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