北原白秋 邪宗門 正規表現版 噴水の印象
噴 水 の 印 象
噴水(ふきあげ)のゆるきしたたり。――
霧しぶく苑(その)の奧、夕日(ゆふひ)の光、
水盤(すゐばん)の黃(き)なるさざめき、
なべて、いま
ものあまき嗟嘆(なげかひ)の色。
噴水(ふきあげ)の病(や)めるしたたり。――
いづこにか病兒(びやうじ)啼(な)き、ゆめはしたたる。
そこここに接吻(くちつけ)の音(おと)。
空は、はた、
暮れかかる夏のわななき。
噴水(ふきあげ)の甘きしたたり。――
そがもとに痍(きず)つける女神(ぢよじん)の瞳。
はた、赤き眩暈(くるめき)の中(うち)、
冷(ひや)み入る
銀(ぎん)の節(ふし)、雲のとどろき。
噴水(ふきあげ)の暮るるしたたり。――
くわとぞ蒸(む)す日のおびえ、晚夏(ばんか)のさけび、
濡れ黃ばむ憂欝症(ヒステリイ)のゆめ
靑む、あな
しとしとと夢はしたたる。
四十一年七月
[やぶちゃん注:「憂欝症(ヒステリイ)」このルビは意味上のそれと漢字の単語との乖離があっていただけない。「憂欝症」の示す「メランコリー」と、ルビの「ヒステリー」の孰れを意味で採るかで迷ってしまうからである。私は前者のメランコリーの意味で採るべきとは思う。なお、「ヒステリー」はドイツ語の Hysterie であるが、元は「子宮」を意味するギリシャ語から生まれた語で、古代ローマに於いては女性の様々な病気の原因としての子宮に、因果関係に求めたことに由来するものの、現在の身体的障害を示すヒステリーとは一致しない。]