北原白秋 邪宗門 正規表現版 「朱の伴奏」パート 謀叛
朱の伴奏
[やぶちゃん注:パート標題(赤字で右から左)と挿絵(石井柏亭)。「魔睡」の最終篇「わかき日」と見開きなので、一緒にトリミングした。「朱」は「こほろぎ」に出る音「しゆ」(しゅ)で読んでおく。
以下の散文詩はこのパート標題ページの裏に記されてある。底本は中央に極くポイント落ちで六行で書かれてある。句点の後の有意な字空けはママ。]
凡て情緖也。 靜かなる精舍の庭にほのめきいでて紅の戰慄に盲ひたる井゙オロンの響はわが内心の旋律にして、赤き絕叫のなかにほのかに啼けるこほろぎの音はこれ亦わが情緖の一絃によりて密かに奏でらるる愁也。 なげかひ也。 その他おほむね之に倣ふ。
謀 叛
ひと日、わが精舍(しやうじや)の庭(には)に、
晚秋(おそあき)の靜かなる落日(いりひ)のなかに、
あはれ、また、薄黃(うすぎ)なる噴水(ふきあげ)の吐息(といき)のなかに、
いとほのに井゙オロンの、その絃(いと)の、
その夢の、哀愁(かなしみ)の、いとほのにうれひ泣(な)く。
蠟(らふ)の火と懺悔(ざんげ)のくゆり
ほのぼのと、廊(らう)いづる白き衣(ころも)は
夕暮(ゆふぐれ)に言(もの)もなき修道女(しうだうめ)の長き一列(ひとつら)。
さあれ、いま、井゙オロンの、くるしみの、
刺(さ)すがごと火の酒の、その絃(いと)のいたみ泣く。
またあれば落日(いりひ)の色(いろ)に、
夢燃(も)ゆる、噴水(ふきあげ)の吐息(といき)のなかに、
さらになほ歌もなき白鳥(しらとり)の愁(うれひ)のもとに、
いと强き硝藥(せうやく)の、黑き火の、
地の底の導火(みちび)燬(や)き、井゙オロンぞ狂ひ泣く。
跳(をど)り來(く)る車輌(しやりやう)の響(ひびき)、
毒(どく)の彈丸(たま)、血(ち)の烟(けむり)、閃(ひら)めく刄(やいば)、
あはれ、驚破(すは)、火とならむ、噴水(ふきあげ)も、精舍(しやうじや)も、空も。
紅(くれなゐ)の、戰慄(わななき)の、その極(はて)の
瞬間(たまゆら)の叫喚(さけび)燬(や)き、井゙オロンぞ盲(めし)ひたる。
四十年十二月
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