畔田翠山「水族志」 クロダヒ
(三)
クロダヒ【同名アリ此品棘鬣中ノ「クロダヒ」也】黑鯮
大和木草ニタヒニ雌雄アリ雄ハ色淡黑背ニカドアリト云者此也楊州畫舫錄ニ黑多紅少曰黑鯮形狀マタヒニ同乄背淡黑色ヲ帶頭亦黑色ヲ帶其尾色淡シ大者四五尺本朝食鑑ニ一種有鱗色不紅潤而帶微黑形扁長而頭不圓類黑鯛味佳江都漁市名曰小瀧鯛是總之小瀧所產也ト云者黑鯮の一種也
○やぶちゃんの書き下し文
(三)
クロダヒ【同名あり。此の品、棘鬣〔たひ〕の中の「クロダヒ」なり。】・「黑鯮〔くろだひ〕」
「大和木草」に、『タヒに雌雄あり。雄は、色、淡黑、背に、かど、あり』と云ふ者、此れなり。「楊州畫舫錄」に『黑、多く、紅、少く、黑鯮〔コクソウ〕と曰ふ』と。形狀、「マダヒ」に同じくして、背、淡黑色を帶び、頭も亦、黑色を帶ぶ、其の尾の色、淡し。大なる者、四、五尺。「本朝食鑑」に、『一種、鱗の色、紅潤ならずして微かに黑を帶ぶる有り。形、扁く長くして、頭、圓〔まど〕かならず。黑鯛に類す。味、佳〔よ〕からず。江都の漁市〔うをいち〕、名づけて小瀧鯛〔をたきだひ〕と曰ふ、是れ、總〔さう〕の小瀧に產する所なり』と云ふ者、黑鯮の一種なり。
[やぶちゃん注:底本はここ。ひとまず、
スズキ目タイ科ヘダイ亜科クロダイ属クロダイ Acanthopagrus schlegelii
を挙げるが、実は「大和本草卷之十三 魚之下 棘鬣魚(タヒ) (マダイを始めとする「~ダイ」と呼ぶ多様な種群)」を見て戴くと判るが、少なくとも、益軒の比定の方には、かなりの問題があって、彼は、
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○烏頰魚(すみやき/くろだひ[やぶちゃん注:前が右ルビ、後が左ルビ。]) 「閩書」に曰はく、『竒鬣に似て、形、稍〔(やや)〕、黒し。大寒〔(だいかん)〕の時に當り、之れを取る。性、好からず』〔と〕。或いは曰はく、其の膓、大毒有り、食ふべからず。頭、短く、口、小なり。形は鯛に似たり。此類、亦、多し。
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と記しており、この「烏頰魚(すみやき/くろだひ)」というのは、前項にも注で出した、スズキ目スズキ亜目イシナギ科イシナギ属オオクチイシナギ Stereolepis doederleini を指すとしか思えないのである。畔田は真正の現在のクロダイを想起して書いているとしても、そうした部分をバイアスとしてかけて読む必要がある。
「楊州畫舫錄」(ようしゅうがぼうろく)は清の旅行家李斗の撰になる、三十年余の間に見聴きしたしたものを集成した揚州の見聞録。一七九五年刊。早稲田大学図書館「古典総合データベース」にある原本を調べたところ、「卷一」のここに見つけた。しかし、これは文脈を見るに、魚の名前ではなく、(いとへん)である通り、繊維の染め色のことを言っているのではないかと思われる。
「本朝食鑑」「本朝食鑑」は医師で本草学者であった人見必大(ひとみひつだい 寛永一九(一六四二)年頃?~元禄一四(一七〇一)年:本姓は小野、名は正竹、字(あざな)は千里、通称を伝左衛門といい、平野必大・野必大とも称した。父は四代将軍徳川家綱の幼少期の侍医を務めた人見元徳(玄徳)、兄友元も著名な儒学者であった)が元禄一〇(一六九七)年に刊行した本邦最初の本格的食物本草書。「本草綱目」に依拠しながらも、独自の見解をも加え、魚貝類など、庶民の日常食品について和漢文で解説したものである。以上の引用部は、国立国会図書館デジタルコレクションの原本画像のここで、その訓点を参考にして訓読した。右頁末から始まる。因みにそこにある『尨魚』は「バウギヨ」で「くろだひ」と訓ずる。日文研の「近世期絵入百科事典」のこちらを参照されたい。
「江都」江戸。
「漁市〔うをいち〕」魚河岸。魚市場。
「小瀧鯛〔をたきだひ〕と曰ふ、是れ、總〔さう〕の小瀧に產する所なり」「總」は総州で、下総(しもうさ)・上総(かずさ)の両国の総称或いは片方を指す。但し、現在のどこを指すか私には判らない。識者の御教授を乞うものである。実は寺島良安の「和漢三才圖會 卷第四十九 魚類 江海有鱗魚」の「ちぬだひ くろだひ 海鯽」に、小立項して、
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小瀧鯛 鱗色、紅潤ならずして、微かに黑を帶ぶ。形、扁たく長くして、頭、圓からず。眼の色、鮮明なり。略ぼ、海鯽〔ちぬ〕[やぶちゃん注:クロダイの異名。]に類す。肉、柔かく、味、佳ならず。此れ、多くは総州小瀧に出づ。故に名づく。又、泉州・淡州[やぶちゃん注:淡路。]、之れを出だす。知鯛〔ちだひ〕と名づく【名義、未だ詳らかならず。】。
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と出るのだが、そこで私は、以下のように注した。
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「小瀧鯛」コダキダイ=「知鯛」チダイ チダイという呼称からは現在のスズキ亜目タイ科チダイ属チダイ Evynnis japonica が浮かぶが、これは実は大きさが小さいだけで、極めてマダイ Pagrus major に似ているのである(チダイは鰓蓋に縁が赤いところから「血鯛」とう呼称となったとするが、実際にはここは必ずしも有意に赤くなく、マダイとの区別にはなりにくい。決定打はオビレの後ろの辺縁部分が黒くならないことで、マダイには、必ず、この黒い縁取りある)。だとすると、疑念が生じる。何故、良安は極めてそっくりな先の「鯛」の項でこれを示さなかったのか? そもそも良安は「紅潤ならずして、微かに黑を帶ぶ」(マダイのように全体に鮮やかな紅色ではなく、体色全体がかすかに黒味を帯びている)とさえ言っているではないか。だからこそ、彼[やぶちゃん注:寺島良安。]はほぼクロダイの近縁種だとも断言するのであろう。されば、これは現在のチダイではないと考えるべきである。しかし、クロダイの同属で総州(この小瀧なる地名が不明。この「コ(/オ)ダ(/タ)キダ(/タ)イ」の名称では何れも一切ネット検索にかからないので、現在は使われていない可能性が大きい。現在の千葉の上総一ノ宮市にあるが、少なくとも現在は沿岸部の地名ではない[やぶちゃん補注:ここ。グーグル・マップ・データ。但し、現行の読みは「こだき」。])で獲れるとなると、キチヌ Acanthopagrus latus ぐらいしか、いないのだ(そもそもクロダイ Acanthopagrus schlegelii 自体が、南方系の Acanthopagrus 属の中でも例外的に北方まで分布している種なのであるからして)。キチヌはクロダイに比して白っぽいが、それはある意味で「紅潤ならずして、微かに黑を帶ぶ」には当てはまると言えば言えるし、クロダイとの見分けは例の背鰭棘条中央部下にある側線上方鱗の枚数の違いというのだから、「略ぼ海鯽に類す」とも言えるであろう。勿論、同属である必然性はないわけだから、他属の種も候補として挙がってくるであろうとは思うが、私はとりあえず、ここで打ち止めとしたい。――さても最後に。「小滝鯛」検索で唯一釣れた、江戸の蕉門の俳人松倉嵐竹の一句を掲げて、この注を閉じると致そう。
ひとつでも皿の揃はぬ小滝鯛
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と記している。十二年も前の杜撰な注だが、それでも私はこれに大きな変更を加えようとは思わないのである。]