北原白秋 邪宗門 正規表現版 秋のをはり
秋 の を は り
腐(くさ)れたる林檎(りんご)のいろに
なほ靑(あを)きにほひちらぼひ、
水藥(すゐやく)の汚(し)みし卓(つくゑ)に
瓦斯焜爐(がすこんろ)ほのかに燃(も)ゆる。
病人(やまうど)は肌(はだ)ををさめて
愁(うれ)はしくさしぐむごとし。
何(な)ぞ濕(しめ)る、醫局(いきよく)のゆふべ、
見(み)よ、ほめく劇藥(げきやく)もあり。
色(いろ)冴(さ)えぬ室(むろ)にはあれど、
聲(こゑ)たててほのかに燃(も)ゆる
瓦斯焜爐(がすこんろ)………空(そら)と、こころと、
硝子戶(がらすど)に鈍(に)ばむさびしさ。
しかはあれど、寒(さむ)きほのほに
黃(き)の入日(いりひ)さしそふみぎり、
朽(く)ちはてし秋(あき)の井゙オロン
ほそぼそとうめきたてぬる。
四十一年十二月
[やぶちゃん注:最終行三行目の「井゛」は御覧の通り、「井」に濁点で、「ヸ」ではない。一字ではユニコードでも表記出来ないが、漢字の「井」をポイント落ちにし、濁点「゛」を上付き半角にして示した。]
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