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2020/10/05

北原白秋 邪宗門 正規表現版 室内庭園

 

   室 内 庭 園

 

晚春(おそはる)の室(むろ)の内(うち)、

暮れなやみ、暮れなやみ、噴水(ふきあげ)の水はしたたる……

そのもとにあまりりす赤(あか)くほのめき、

やはらかにちらぼへるヘリオトロオブ。

わかき日のなまめきのそのほめき靜(しづ)こころなし。

 

盡(つ)きせざる噴水(ふきあげ)よ……………

黃(き)なる實(み)の熟(う)るる草、奇異(きゐ)の香木(かうぼく)

その空にはるかなる硝子(がらす)の靑み、

外光(ぐわいくわう)のそのなごり、鳴ける鶯(うぐひす)、

わかき日の薄暮(くれがた)のそのしらべ靜(しづ)こころなし。

 

いま、黑(くろ)き天鵝絨(びろうど)の

にほひ、ゆめ、その感觸(さはり)…………噴水(ふきあげ)に縺(もつ)れたゆたひ、

うち濕(しめ)る革(かは)の函(はこ)、饐(す)ゆる褐色(かちいろ)

その空に暮れもかかる空氣(くうき)の吐息(といき)……

わかき日のその夢の香(か)の腐蝕(ふしよく)靜(しづ)こころなし。

 

三層(さんかい)の隅(すみ)か、さは

腐(くさ)れたる黃金(わうごん)の緣(ふち)の中(うち)、自鳴鐘(とけい)の刻(きざ)み……

ものなべて惱(なや)ましさ、盲(し)ひし少女(をとめ)の

あたたかに匂(にほひ)ふかき感覺(かんかく)のゆめ、

わかき日のその靄に音(ね)は響(ひゞ)く、靜(しづ)こころなし。

晚春(おそはる)の室(むろ)の内(うち)、

 

暮れなやみ、暮れなやみ、噴水(ふきあげ)の水はしたたる……

そのもとにあまりりす赤くほのめき、

甘く、またちらぼひぬ、ヘリオトロオブ。

わかき日は暮(く)るれども夢はなほ靜(しづ)こころなし。

四十一年十二月

 

[やぶちゃん注:本篇は私の所持する後代の選集類(二冊所有)で表記に異同が見られ、しかもそれらにまたバラつきがある。例えば長いリーダのドット数が九或いは八であったり、第二連の二行目の最後に読点があったり(「香木、」)なかったりする。これらは読んだり、詠じたりするに大きな変化は起こらぬが、特異点は最後の二連分で、本詩集と異なり、その二冊では、第四連末の「晚春の室の内、」の一行がなく、それが最終連の第一行に配されているのである。確かに、本詩集では、連構成を持つ詩篇で、連の終行を読点で終わって、次連があるというのは少ない(ないわけではなく、「ほのかにひとつ」などに認められる)。また、この第四連が六行で、最終連が四行というのは、前の三連が総て五行であるのと、バランスが悪いことに容易に気づく。また、詩篇内の詩想と朗読の際の内在律のリズミカルな切れを考えるならば、これは第一連と最終連が対句的に完全呼応している。しかし、その外形上のリズムをわざと崩すことで変奏が行われている可能性を排除出来ない、というよりも、寧ろ、コーダに於いて、そうした意外なブレイクを持って来る方が、朗読の余韻はより高まるとも私は思うのである。なお、奇異(きゐ)のルビはママ。

あまりりす」単子葉植物綱キジカクシ目ヒガンバナ科ヒガンバナ亜科ヒッペアストルム連ヒッペアストルム亜連ヒッペアストルム属 Hippeastrum のアマリリス(英語:Amaryllis)類。原種は中南米・西インド諸島に約九十種あるが、古くから数百種類の園芸品種が作り出され、現在もその数は増え続けている。学名の「ヒッペアストラム」はギリシア語で「騎士」の意味の「hippeos」(ヒッペオス)と「星」の意の「astron」(アストロン)に由来する。「Amaryllis」 は旧属名で、古代ギリシャやローマの詩に登場する羊飼いの名「アマリリス」から取られている。 学名上の園芸品種の総称は「ヒッペアストルム・ヒブリドゥム」(Hippeastrum × hybridum)。日本には江戸末期に、キンサンジコ(金山慈姑)Hippeastrum puniceum、ジャガタラズイセン(咬吧水仙)Hippeastrum reginae、ベニスジサンジコ(紅筋山慈姑)Hippeastrum vittatumの三種が渡来している(以上はウィキの「アマリリスを参考としたが、最後の二種の学名などは独自に確認した)。

「ヘリオトロオブ」ヘリオトロープ(Heliotrope)は、ムラサキ科キダチルリソウ属 Heliotropium の植物の総称であるが、特にその代表種である被子植物門双子葉植物綱ムラサキ目ムラサキ科キダチルリソウ属キダチルリソウ Heliotropium arborescens を指すことが多い。学名はギリシャ語の「helios」(太陽)+「trope」(向く)で、「太陽に向かう」の意。ペルー原産で、フランスの園芸家が一七五七年にパリに種子を送り、ヨーロッパを中心に世界各国に広まった。本邦には明治時代に入った。ヘリオトロープには約二百五十種があるとされる。和名では他に「香水草」「匂ひ紫」の異名がある。バニラのような甘い香りがするが、その度合いは品種によって異なり、花の咲き始めの時期に香り、開花後は香りが薄くなってしまう特徴がある(以上はウィキの「ヘリオトロープ」に拠った)。

「天鵝絨」ポルトガル語の「veludo」やスペイン語「velludo」由来。近世、西洋から渡来した特殊な織り方によって光沢に富む滑らかな表面を出した織物。]

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