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2020/10/21

北原白秋 邪宗門 正規表現版 樅のふたもと

 

  樅 の ふ た も と

 

うちけぶる樅(もみ)のふたもと。

薄暮(くれがた)の山の半腹(なから)のすすき原(はら)、

若草色(わかくさいろ)の夕(ゆふ)あかり濡れにぞ濡るる

雨の日のもののしらべの微妙(いみじ)さに、

なやみ幽(かす)けき Chopin(シオパン) の樂(がく)のしたたり

やはらかに絕えず霧するにほやかさ。

ああ、さはあかれ、嗟嘆(なげかひ)の樅(もみ)のふたもと。

 

はやにほふ樅(もみ)のふたもと。

いつしかに色にほひゆく靄のすそ、

しみらに燃(も)ゆる日の薄黃(うすぎ)、映(うつ)らふみどり、

ひそやかに暗(くら)き夢彈(ひ)く列並(つらなみ)の

遠(とほ)の山々(やまやま)おしなべてものやはらかに、

近(ちか)ほとりほのめきそむる歌(うた)の曲(ふし)。

ああ、はやにほへ、嗟嘆(なげかひ)の樅(もみ)のふたもと。

 

燃えいづる樅(もみ)のふたもと。

濡れ滴(した)る柑子(かうじ)の色のひとつらね、

深き靑みの重(かさな)りにまじらひけぶる

山の端(は)の縺(もつ)れのなやみ、あるはまた

かすかに覗(のぞ)く空のゆめ、雲のあからみ、

晚夏(おそなつ)の入日(いりひ)に噎(むせ)ぶ夕(ゆふ)ながめ。

ああ、また燃(も)ゆれ、嗟嘆(なげかひ)の樅(もみ)のふたもと。

 

色うつる樅(もみ)のふたもと。

しめやげる葬(はふり)の曲(ふし)のかなしみの

幽(かす)かにもののなまめきに搖曳(ゆらひ)くなべに、

沈(しづ)みゆく雲の靑みの階調(シムフオニヤ)、

はた、さまざまのあこがれの吐息(といき)の薰(くゆり)、

薄れつつうつらふきはの日のおびえ。

ああ、はた、響け、嵯嘆(なげかひ)の樅(もみ)のふたもと。

 

饐(す)え暗(くら)む樅のふたもと。

燃えのこる想(おもひ)のうるみひえびえと、

はや夜(よ)の沈默(しじま)しのびねに彈きも絕え入る

列並(つらなみ)の山のくるしみ、ひと叢(むら)の

柑子(かうじ)の靄のおぼめきも音(ね)にこそ呻(うめ)け、

おしなべて御龕(みづし)の空(そら)ぞ饐(す)えよどむ。

ああ、見よ、惱(なや)む、嗟嘆(なげかひ)の樅(もみ)のふたもと。

 

暮れて立つ樅(もみ)のふたもと。

聲もなき悲願(ひぐわん)の通夜(つや)のすすりなき

薄らの闇に深みゆく、あはれ、法悅(はふえつ)、

いつしかに篳篥(ひちりき)あかる谷のそら、

ほのめき顫(ふる)ふ月魄(つきしろ)のうれひ沁みつつ

夢靑む忘我(われか)の原の靄の色。

ああ、さは顫(ふる)へ嗟嘆(なげかひ)の樅(もみ)のふたもと。

四十一年二月

 

[やぶちゃん注:第一連「Chopin(シオパン)」後半生、主にフランスで活躍した、ポーランド生まれの前期ロマン派音楽を代表するピアニストにして名作曲家であったフレデリック・フランソワ・ショパン(ポーランド語:Fryderyk Franciszek Chopin/フランス語:Frédéric François Chopin 一八一〇年(一八〇九年とも)~一八四九年)。想起されているのは二十一番まである「夜想曲」(ノクチュルヌ:Nocturne)群の内の孰れかであろうが、ここの「なやみ幽(かす)けき」とすれば、短調のもの(十曲ある)であろう。というより、この詩篇全体がノクチュルヌ群以下ショパンの諸楽曲をイメージしながら進行し、後半の第四連以降から最終連までは、特に主調を、かの「葬送」「葬送行進曲付き」の呼称で知られる「ピアノソナタ第二番変ロ短調作品三十五」(Sonate pour piano no 2)に基づいているものと思われる。最終連三行目以下では、寧ろ、ノクチュルヌの長調の楽曲が響いているように感じられる。

第一連「あかれ」は「別(あか)れ」。別れ別れになっている、それ。この樅(裸子植物門マツ亜門マツ綱マツ亜綱マツ目マツ科モミ属モミ Abies firma)の木は双樹である。

第二連「濡れ滴(した)る柑子(かうじ)の色のひとつらね」モミの樹皮はかなり茶色がかっており、伸びた枝葉の主幹部は朝露に濡れて陽光に光ったりすると、明るい柑子色に見える。

最終連「篳篥(ひちりき)あかる谷のそら」谷から覗かれる夜空の星の視覚的な輝きのさんざめくさまを篳篥の音(ね)に換喩したメタファー。

最終連「月魄(つきしろ)」は月(の姿)。]

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