北原白秋 邪宗門 正規表現版 幽閉
幽 閉
色濁(にご)るぐらすの戶(と)もて
封(ふう)じたる、白日(まひるび)の日のさすひと間(ま)、
そのなかに蠟(らふ)のあかりのすすりなき。
いましがた、蓋(ふた)閉(とざ)したる風琴(オルガン)の忍(しの)びのうめき。
そがうへに瞳(ひとみ)盲(し)ひたる嬰兒(みどりご)ぞ戱れあそぶ。
あはれ、さは赤裸(あかはだか)なる、盲(めし)ひなる、ひとり笑(ゑ)みつつ、
聲たてて小さく愛(めぐ)しき生(うまれ)の臍(ほぞ)をまさぐりぬ。
物病(や)ましさのかぎりなる室(むろ)のといきに、
をりをりは忍び入るらむ戱(おど)けたる街衢(ちまた)の囃子(はやし)、
あはれ、また、嬰兒(みどりご)笑ふ。
ことことと、ひそかなる母のおとなひ
幾度(いくたび)となく戶を押せど、はては敲(たた)けど、
色濁る扉(とびら)はあかず。
室(むろ)の内(うち)暑く悒欝(いぶせ)く、またさらに嬰兒(みどりご)笑ふ。
かくて、はた、硝子(がらす)のなかのすすりなき
蠟(らふ)のあかりの夜(よ)を待たず盡きなむ時よ。
あはれ、また母の愁(うれひ)の恐怖(おそれ)とならむそのみぎり。
あはれ、子はひたに聽き入る、
珍(めづ)らなるいとも可笑(をか)しきちやるめらの外(そと)の一節(ひとふし)。
四十一年六月