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2020/10/20

都賀庭鐘 席上奇観 垣根草 巻之四 山村が子孫九世同居忍の字を守る事

 

     山村が子孫九世(くせ)同居(どうきよ)忍(にん)の字を守る事

 中昔(なかむかし)、江州守山に山村庄司といふものあり。代々、酒を釀(かも)して酒幟(しゆし/サカバヤシ)、近鄕に高く、家、富み、さかえけり。庄司、生質(せいしつ)、慈惠(じけい/ナサケ)ありて、すこしの才覺もあるなれど、一箇(ひとつ)の癖ありて、夫(それ)がために不測(ふしぎ)の禍(わざはひ)を引出せり。其病根は、短慮性急にして沈思寬容することあたはず、やゝもすれば、鬪諍打罵(とうじやうだめ/タヽカヒアラソヒウチノヽシル)におよぷ。まして少しの酒氣を帶ぶる時は、心上(しんじやう)の恚火(いくわ/イカリノヒ)に油をそゝぐごとく、人、これをおそれずといふことなし。

[やぶちゃん注:「中昔」それほど遠くない昔。

「江州守山」現在の滋賀県守山市(グーグル・マップ・データ)。

「山村庄司」不詳。「庄司」は一般に江戸時代には村落の長である庄屋・名主・肝煎(きもいり)を指し、それを名の一部とした者は多かった。

「酒幟」酒旗(さかばた)。酒屋の看板として掲げた旗や酒林(さかばやし:造り酒屋の軒下などに吊り下げられる、杉の葉を束ねて球状にした看板。杉玉・酒箒(さかぼうき)などとも呼ぶ。ここは以下で名酒の酒屋として近郷に名が知れていたことを指す。

「打罵(だめ)」「罵」には音「バ」の他に「メ」が存在する。]

 

 あるとき、近隣の饗(きやう/フルマヒ)に應(おう/ナネカレ)じて、酒氣、七、八分(ぶん)にして暮に及びて家にかへるに、門前、多く、人集りて、かまびすしきに、

「何事ぞ。」

とみるに、薯蕷(やまのいも)をうる老夫(らうふ/オヤヂ)、庄司が家奴(かぬ/ケライ)と價(あたひ)を論ずるより、遂に詞あらく、たがひに爭ふなり。庄司、たちよりて、利害をさとせども、老夫、却つて惡口(あつこう)に及ぶに、酒氣、漸くみちたる上、痼疾(こしつ/ヂビヤウ)の恚火、盛んに燃えて、有無を論ぜす、拳(こぶし)をあげて、つゞけ擧(う)てば、老夫、そのまゝ倒れて悶絕す。

 家奴、大いに驚きて、家内に扶入(たすけい)れて湯藥(たうやく)を用ゐるに、氣息、喘喘(ぜんぜん)として有無の間にあり。

 庄司も、これに驚きて、酒氣、忽ち消(せう)して、初めて追悔懊悩(ついげいくのう)すれども、かへらず。近隣の醫を招きて針藥(しんやく)、さまざま、手をつくすうち、漸々(やうやう)に、氣息たしかに、目を開きて、あたりを見て、急に起上りて云く[やぶちゃん注:「懊悩」の「いくのう」はママ。不審。「懊悩」は「わうのう」(おうのう)で「懊」に「イツ」の音はなく、中国語音でもない。]、

「老夫、平生(へいぜい)、痰火(たんくわ)にて、折にふれては、かゝる事、侍(はんべ)り。須臾(しばらく)ありて平復すること、常のごとし。はからざる煩(わづらひ)をかけまゐらせし。」

と、初に似ず、慇懃(いんぎん)に謝するに、庄司をはじめ、家内(かない)のもの、蘇りたるこゝちして、酒飯(しゆはん)をあたへて、なほも布一疋を出して、主人の短慮よりおこるを謝す。

 老夫、幾度(いくたび)も辭して後、これを、をさめて、其喜色(きしよく/ヨロコビ)、面(おもて)にあらはれて歸りぬ。

 此時、すでに二更(〔に〕かう/ヨツ)[やぶちゃん注:凡そ現在の午後九時又は午後十時からの二時間を指す。亥の刻。]の頃におよぶ。家内、打寄りて奇禍(きくわ/サイナン)を免れたるをよろこび、且、庄司が輕卒(けいそつ/ソコツ)を諫めて、やがて臥しぬ。

 夜半ならんとおもふ頃、頻りに表たゝく者あり。

「誰(た)そ。」

といへぱ、

「野須川(やすがは)の渡守にて侍(はんべ)るが、一大事の事あり。主人に密(ひそか)に見(まみ)えまゐらせん。」

といふ。

[やぶちゃん注:「現在の野洲川(グーグル・マップ・データ)。守山市と野洲市の間を流れる。] 


Kimuranosyouji

 [やぶちゃん注:挿絵はここに挿入する。左右二幅に分離しているものを、上下左右の枠を除去して合成・清拭したが、手落ちがあって、上手く合成出来ていない。悪しからず。]

 

 庄司、いぶかしながら、一間に出づれば、渡守、包みたる物を出(いだ)して、

「是なん、見知りたまふにや。」

といふに、よくみれば、宵に老夫(らうふ/オヤヂ)に與へたる布なり。

 庄司、あやしみてこれを問へば、渡守、左右の人をしりぞけて近く居(ゐ)より、

「今夜、二更の頃、例の薯蕷(やまのいも)を賣る老夫、川を渡らんことを求め、中流(ちゆうりう)にして悶絕するに、驚き、向うの岸につけて、さまざま、いたはるに、氣息、出來(いでき)て云ふやう、『今日しも、山村殿の爲に、つよく打たれ侍(はんべ)りしが、其折は、格別の痛(いたみ)をもおぼえ侍らざりしゆゑ、暇(いとま)申して、門を出でて後、漸々(ぜんぜん)に背の痛、堪へがたく、爰にいたりては一歩(いつぽ/ヒトアシ)もすゝむこと、あたはず、むなしく船の上に死すべし。惜しからぬ命なれども、老夫、生國(しやうごく)は美濃の國土岐(とき)山里の者にて、妻子も侍れぱ、此のよし傳へたまはりて、老夫が非命に死したる事をきこえたまはれかし。鏡(かゞみ)の宿(しゆく)までまかれぱ、しりたる人も侍る』など、いふうちに、痰喘(たんぜん)せまりて、遂に、をはりぬ。此事、やすからぬ一大事にて、君の禍、まのあたりにあり。故に、密(ひそか)につげ參らす。」

といふに、庄司、迅雷(じんらい/オホカミナリ)、頭(かしら)のうへに落ちかゝるごとく、面色、藍(あゐ)となり、聲、ふるひて、渡守が好意を謝し、猶、その方便(はうべん/ハカリゴト)をもとむ。渡守、暫く案じていはく、

「此事、かたきに似て、やすし。今宵、三更、人のしる、なし。死骸を、夜あけぬさきに、ひそかに葬りたらんに、誰(たれ)かは、その影迹(えいせき)をしるものあるベき。」

と、事もなげにいふに、庄司、大いに喜び、

「ひたすら、其方の芳情(はうじやう)による。我(われ)一人のみならず、公(おほやけ)の沙汰に及ぶときは、一門の辱(はづかしめ)、一鄕の禍となるべし。ひそかに葬りて得さするならば、我その勞(らう)を報ずべし。」

とて、金子二十兩を出(いだ)して謝儀(しやぎ)とす。

 渡守、猶、不滿(ふまん/タラヌ)の色あるを見て、別に白銀(はくぎん)拾枚を以て酒飯の料(れう)におくる。

[やぶちゃん注:「美濃の國土岐」岐阜県土岐市(グーグル・マップ・データ)。

「白銀拾枚」作品内時制と齟齬する(本篇末尾の注を参照)が、江戸中期に贈答用に用いられたもので、それ以前に確かにあったという資料はない。その江戸中期の換算になるが(読者は当然、その読んでいる時代の換算をするしかない)、七両相当になる。]

 

 渡守、よろこびてこれを納め、又、云く、

「一人の助力を貸し給へ。我(われ)一人にては、夜中に事を辨じがたし。夜あけなば、人口(じんこう)をふさぎがたし。」

といふに、密事の事なれば、家に久しきものの子に、周七(しうしち)といへる心しりたる者あり。これを呼んで始末をかたり、渡守に添へて遣はしぬ。

 庄司は、いねもやらで、一時の短慮より不測(ふしぎ)の禍に陷(おちい)らんとせしを思ひつゞけて、周七が音信(おとづれ)を待ち居たるに、天明(よあけ)にいたりて、歸りて、死骸を川上の山の邊(ほとり)に埋(うづ)み、薯蕷(やまのいも)のいりたる籠をも、同じくうづみ終りてかへりたるよしを告ぐるに、はじめて安心して、周七にも銀十兩をあたへて其勞を償ふ。

 是より、庄司、つゝしみて、短慮の癖を改め、忍(にん/コラヘル)の一字を守るに、家内の者も氣質の變じたるを、あやしみぬ。

 周七、もとより、家の子といひ、密事にあづかりたる者なれば、夫(それ)が母をも、ひとしほ心つけて、恩顧、他にこえたるまゝ、漸(やゝ)不敬のふるまひもあれども、庄司、よく待(だい/アシラフ)して見ゆるしぬ。

 翌年の春に至りて、庄司が最愛の妾(てかけ)、前栽(せんざい)に出でて、あそびたりしに、周七も出來りてならぴ居たりしを、庄司、物影より、これを見て、

『不良の事あり。』

と、おもひて、周七を散々に打擲(ちやうちやく)し、前來(ぜんらい)の痼疾(こしつ/ヂビヤウ)一時(いちじ)に發して、猶も怒りやまず、卽時に家を追出(〔をひ〕いだ)す。

 周七、其實なき事を詫ぶれども、愛妾の事よりおこりたれば、日頃の恚火(いくわ/イカリノヒ)十倍して、罪を糺(たゞ)さずして、遂に家を出(いだ)しぬ。

 周七、憤(いきどほり)にたへず、直(すぐ)に公(おほやけ)に出でて、庄司が老夫を殺したる始終を訴ふ。

 時の郡代、そのまゝ庄司が家に捕吏(とりて)をつかはす。

 庄司は家にありて、帳簿を鮎檢(てんけん/ギンミ)し居たりしに、おもひもよらず、捕吏、數人(すにん)入來りて、

「公の命あり。とく來(きた)るべし。」

といふに、驚きて、其罪狀をとへども、

「事の有無は公廨(こうがい/ヤクシヨ)にてこそ決すべし。」

とて、一條(いちでう/ヒトスヂ)の繩索(じようさく/ナハ)に縛(ばく/シバル)して追立(おひた)てさる。

 家内の者、其來歷をしらず、

「禍、天よりふりたり。」

と號哭(がうこく)すれども、いかんともすべきやう、なし。

 庄司を召捕り來るよしを申すに、郡代、其前年、老夫を打殺(ださつ)せし事を糺す。

 庄司、

『密事(みつじ)露(あらは)れたり。』

とおもへども、

「その實(じつ)なし。」

と陳(ちん)ず。

 郡代、すなはち、周七を呼んで、

「汝、此者をしりたるや。」

とあるに、庄司、其周七が訴へたるをさとりて陳ずべきやうなく、拷問をまたずして、罪に伏す。

 郡代、吏に命じて、庄司を獄に繫(つな)がしめ、周七をも、禁獄せらる。

 渡守を尋ぬるに、去年、德づきたる後は、何地(いづち)へか行方(ゆきがた)をしらずすといふに、

「彼の者、老夫が生國をもしりたる上、罪も又、のがれえず。急ぎ召捕るべし。」

とて、四方遠近(しはうゑんきん)に追捕(つゐほ)せしむ。

 庄司、獄にありて、日夜、號泣して再生(さいしやう/フタヽビイキル)のみちを案ずれども、人を殺すの律(りつ/ハツト)、嚴科(げんくわ)のがるべからざるをしりて、念佛誦經(じゆきやう)して哀(あい)を求むるより外なし。

 家にある妻子は、猶更、夢のこゝちして、雨〔あめ〕、山〔やま〕と、なきかなしむ。

 一族・家の子より集りて、脫路(だつろ/ノガルヽスヂ)を商議(しやうぎ)すれども、萬死(ばんじ)の中(うち)、一生のたよりも、なし[やぶちゃん注:「商議」相談。]。

 其上。當時の郡代、方正にして理非明白なれば、賄賂(わいろ/マヒナヒ)をいるゝみちも、なし。

「此上は。」

とて、神に祈り、佛にかこち、冥祐(めいいう)をねがふ[やぶちゃん注:「冥祐」神仏の助け]。

 すべて、人情として、無事の日は、餘所(よそ)に見なして、災患(さいげん/ワザハヒ)おこる時にいたりて、除災のため、佛神にかこつ事、古今同じき所にて、妻子をはじめ、家の子まで、心々に神を祈り、佛を念じて、脫路(だつろ/ノガルヽスヂ)をもとむ。

 五三日[やぶちゃん注:捕縛から十五日。]をへて、暮のころ、前年の老夫、薯蕷(やまのいも)を荷ひ、門に入來(いりきた)る。

 家内のもの、

「白日に幽靈こそ。」

とて、あわて騷ぎ、にげまどふに、老夫、あやしみながら、内に入りて、踈濶(そくかつ)をのべ、前年の厚情を謝し、薯蕷一つとを、出(いだ)して、しるしとす[やぶちゃん注:「踈濶」「疎濶」が一般的であるが、この字でもよい。久しく会わず、間柄が親しくないこと。疎遠。]。

 家内のもの、はじめて、その鬼(おに/イウレイ)ならざる事を知りて、其詳(つまびらか)なる事をとヘば、

「去年の冬より、勞(いたは)りごとありて、里を出でず、漸々(やうやう)、氣力、復して、前年、煩(わづらひ/セワ)をかけたるを謝せんため、來(きた)る。」

といふに、驚きて、庄司が罪に陷りたる始末をかたるに、老夫、手を拍(う)つて、大いに驚き、

「我、その妄誣(まうぶ/ムジツ)の源(みなもと)を、しれり。急ぎ、公(おほやけ)に伴ひたまへ。主人のために、無實の罪をすゝがん。」

といふに、妻子をはじめ、みなみな、五月雨(さみだれ)の晴間に日を見たるこゝちして、手の舞ひ、足のふむことをしらず。

[やぶちゃん注:「手の舞ひ、足のふむことをしらず」「礼記」の「楽記」に由る故事成句。非常に喜んで、思わず、小躍りし、有頂天になるさま。意識せずに手が万歳をし、足を踏み鳴らして喜ぶこと。]

 

 やがて、老夫を伴ひて、下司(したづかさ)に此よしを訴ふるに、郡代、これをめして其委しきことを問ふ。

 老夫、云く、

「去年、酒家(しゆか)[やぶちゃん注:山村庄司の家。]を出でて、野須(やす)の渡しに近づくに、夜、已に二更にして、往來(ゆきき)の旅人(りよじん)もなし。渡守、

『例にことなりて歸ることの遲き』をいぶかるに、『庄司殿の家にありて酒飯をたまはりたる』はじめ終りを具(つぶさ)にかたるに、渡守、その布を買はんことを求む。老父[やぶちゃん注:自称の一人称。]、『終身(しうしん/イツシヤウ)、荒布(あらぬの)にて事たれば、彼にあたヘて價(あたひ)をえばや』と、鳥目一貫文に代へて讓りぬ。渡守、又、云く、『薯蕷(やまのいも)をいれたる籠、我、用ゆる所あり。これをも買はん』といふに、むなしき籠を持ちかへらんよりはと、望むごとく、あたへてかへりしが、此(この)二物(にもつ)を以て質(ち/シルシ)として、僞りたる姦計(かんけい/ワルダクミ)なるベし。」

といふに、郡代、云く、

「我も、とくより其間(そのあひだ)、姦計のあるべきをさとりて、追捕を嚴(げん)にして、頃日(このごろ)、渡守を捕へえたり。」

とて、渡守をめさるゝに、渡守、老夫、庭上(ていじやう)にあるをみて、陳ずべきみちなく、姦計を以て庄司を誣(し)ひたるよし、罪に伏(ふく)す。

 郡代、かさねて云く、

「汝、そのとき、葬りたる死骸は、いかゞして辨じえたるや。」

渡守、云く、

「其夜、川上より、溺死(できし/オボレジニ)のもの、流れ來(きた)る。岸にあげて、人の尋ね來るをまつ頃しも、老夫がものがたりに心うごきて、かくは、はからひたり。」

といふに、埋みたる骸(かばね)を發(あば)いて、あらためさせらるゝに、としをへたるといへども、正しく溺死の者なり。郡代、一々、罪狀を考へて、判じて云く、

「渡守、首惡(しゆあく)なること、論、なし。されども、人を殺すの律(りつ)を犯さず。もとより利を貪るより、おこりたれば、死刑一等を減じて、市(いち)にさらすこと、三日にして、鬼界(きかい)が嶋(しま)に遠流(をんる)すべし。周七、主人の惡を發(あば)くのみならず、誤りて妄誣(もうぶ/ムジツ)の罪に陷(をとしい[やぶちゃん注:原本のママ。])れんとす。況や、庄司、密事を助成したるに報いて、厚く待(だい)するをや。汝が罪、甚だ、大いなり。庄司が門前にさらすこと、三日にして梟首(けうしゆ/ゴクモン)すべし。庄司、罪なきに似たれども、源(みなもと)、汝が性急より起り、まして一意に『打殺したり』と知りて、密(ひそか)に埋みおく事、上(うえ)を誣(し)ひる罪、あり。過料として鳥目拾貫文を出(いだ)すぺし。又、周七が罪にくむベしといへども、彼を追ふ事は汝が性急にして、罪の虛實を辨ぜざるより出づ。これがため、彼が母、終身の扶助(ふじよ/ヤシナヒ)、汝、さたし、えさすべし。母たるもの、罪なく、まして汝が家に久しきものなる。よくよく哀れむべし。老夫、その姦計をしらずして、轉賣したりといへども、厚意を以て送りたる布を、半途にして賣りたるより起る。況や、はじめ、汝が過言より庄司が怒(いかり)を引出(ひきいだ)したれば、今、發(あば)きたる溺死(できし/オボレジニ)の死骸を改葬する勞(らう)は、汝、これをつとむべし。一人の辨じがたきことなれば、庄司、また、最初、かれと爭ひたる奴(やつこ)を出(いだ)して助けしむべし。」

と、輕重、明白に決斷あるに、おのおの、其罪に伏(ふく)しぬ。

 庄司、

「不測(ふしぎ)の禍を、幸(さいはひ)にしてまぬかれたれども、老夫、もし、來らざる時は一線(いつせん)の生路(せいろ)をしらず。よしなき短慮より無窮の禍端(くわたん)、おこりたり。」

と、心を改め、「忍(にん/コラヘル)」の字をつねに守り、壁上(へきじやう/カベ)に一つの「忍」の字をかけて、短慮の疾(やまひ)を療(れう)じ、子孫にをしへて、これを守らしむ。

 其子孫、連綿として、九世をヘて、同居して家、富み榮えたり。

 國の守(かみ)、其よしをきこし召して、

「いかなる敎(をしへ)ありてか、家を、をさめ、業を守る。」

と、たづねたまふに、

「世々(よゝ)、『忍』の字をまもりて、おこたらず。」

と申すに、國守、感じたまひて、綿百把(は)をたまはりしとぞ。

「今の世までも、其子孫のこりて侍る。」

と、守山の里人、つたへ侍(はんべ)りし。

 誠に、過(あやまち)をあらためて、かしこきにうつる、聖(ひじり)のをしへ、むなしからぬをや。

[やぶちゃん注:「鬼界が嶋」が流刑の島とされていたのは、中世までであるから、この話柄の時制は戦国時代よりも前の設定のように思われる。なお、喜界島はここであるが、流刑地とされたそれは、現在の鹿児島県のずっと本土よりの硫黄島であるとする説もある(孰れもグーグル・マップ・データ)。

「一人の辨じがたきことなれば」「私一人の審議にては総てを公正に弁ずることが難しいことではある。されば、今一つ、」の謂いであろう。

 最後に、しかし、言いたいことがある。この郡代の裁きの内、周七は遺体を山芋売りの老人と思って遺体を処理したと考えるべきであろう。渡守が遺体が別人であることを覚知させてしまっては、自身の目論見全体を総て話さなくてはならず、周七も分け前を与えるべき共同正犯にさせなくてはなんらなくなるからで、そうした可能性は零だからである。則ち、周七は主人山村庄司が老人の遺体遺棄を指示した主犯と考えており、それを正直に訴え出たに過ぎないからである。にも拘わらず、彼が木村庄司の門前に三日晒された上に梟首というのは、どう考えても公平な裁きとは言えない。主家を危うくした不義というのが、重刑の主旨と思われるが、そうした共犯者をも嘘で騙してコテコテに固めた謀略を考えた渡守こそが、匹敵する重罪に相当すると私は思う。さらに、この周七の三日の晒しの間に、周七の老母は自身の扶助は固辞し、俄然、息子の助命を嘆願するに決まっているからである。それでも平然と冷酷に獄門を執行する郡代は、寧ろ、名判官ではなく、長く冷酷無情の代官として土民に記憶されるであろう。私は周七も渡守と同じく、晒しの上、遠島が適切であると考えるものである。

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