北原白秋 邪宗門 正規表現版 月の出 / パート「朱の伴奏」~了
月 の 出
ほのかにほのかに音色(ねいろ)ぞ搖(ゆ)る。
かすかにひそかににほひぞ鳴る。
しみらに列立(なみた)つわかき白楊(ぽぴゆら)、
その葉のくらみにこころ顫(ふる)ふ。
ほのかにほのかに吐息(といき)ぞ搖る。
かすかにひそかに雫(しづく)ぞ鳴る。
あふげばほのめくゆめの白楊(ぽぴゆら)、
愁(うれひ)の水(み)の面(も)を櫂(かい)はすべる。
吐息(といき)のをののき、君が眼(め)ざし
やはらに縺(もつ)れてたゆたふとき、
光のひとすぢ――顫(ふる)ふ白楊(ぽぴゆら)
文月(ふづき)の香爐(かうろ)に濡れてけぶる。
さてしもゆるけくにほふ夢路(ゆめぢ)、
したたりしたたる櫂(かい)のしづく、
薄らに沁(し)みゆく月のでしほ
ほのかにわれらが小舟(をふね)ぞゆく。
ほのめく接吻(くちつけ)、からむ頸(うなじ)、
いづれか戀慕(れんぼ)の吐息(といき)ならぬ。
夢見てよりそふわれら、白楊(ぽぴゆら)、
水上(みなかみ)透(す)かしてこころ顫(ふる)ふ。
四十一年二月
[やぶちゃん注:「白楊(ぽぴゆら)」「下枝のゆらぎ」の私の「白楊(はくやう)」の注を参照されたい。
本篇を以って「朱の伴奏」は終わっている。]
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