北原白秋 邪宗門 正規表現版 ほのかなる蠟の火に
ほのかなる蠟の火に
いでや子ら、日は高し、風たちて
棕櫚(しゆろ)の葉のうち戰(そよ)ぎ冷(ひ)ゆるまで、
ほのかなる蠟(らふ)の火に羽(は)をそろへ
鴿(はと)のごと歌はまし、汝(な)が母も。
好(よ)き日なり、媼(おうな)たち、さらばまづ
禱(いの)らまし讃美歌(さんびか)の十五番(じふごばん)、
いざさらば風琴(オルガン)を子らは彈け、
あはれ、またわが爺(おぢ)よ、なにすとか、
老眼鏡(おいめがね)ここにこそ、座(ざ)はあきぬ、
いざともに禱(いの)らまし、ひとびとよ、
さんた・まりや。さんた・まりや。さんた・まりや。
拜(をろが)めば香爐(かうろ)の火身に燃えて
百合のごとわが靈(たま)のうちふるふ。
あなかしこ、鴿(はと)の子ら羽(は)をあげて
御龕(みづし)なる蠟(らふ)の火をあらためよ。
黑船(くろふね)の笛きこゆいざさらば
ほどもなくパアテルは見えまさむ、
さらにまた他(た)の燭(そく)をたてまつれ。
あなゆかし、ロレンゾか、鐘鳴らし、
まめやかに安息(あんそく)の日を祝(ほ)ぐは、
あな樂し、眞白(ましろ)なる羽をそろへ
鴿(はと)のごと歌はまし、わが子らよ。
あはれなほ日は高し、風たちて
棕櫚(しゆろ)の葉のうち戰(そよ)ぎ冷(ひ)ゆるまで、
ほのかなる蠟(らふ)の火に羽をそろへ
鴿(はと)のごと歌はまし、はらからよ。
[やぶちゃん注:YouTube のyu00000000氏の『讃美歌15番「われらのみ神は」(パイプオルガン)Hymn:The Lord is king! lift up thy voice(pipe organ)』をリンクさせておく。普通の信徒の合唱付きを探したが、いいものが見出せなかった。歌詞は画像に出る。
「パアテル」「角を吹け」の私の注を参照されたい。
「ロレンゾ」イタリア語圏の男性名ロレンツォ(Lorenzo)で知られるが、元はラウレンティウス(Laurentius)で、ラテン語の男性名「ローマを含むイタリア中央西部地方に位置していたラティウム地方出身の男」の意。ここは邦人に与えられたクリスチャン・ネーム。よく知られた聖人で総ての宗派から崇められる人物としては「ローマのラウレンティウス」(聖ラウレンチオ助祭殉教者:St. Laurentius Martyr/イタリア語:San Lorenzo martire 二二五年~二五八年)が挙げられる。彼は生きながら熱した鉄格子の上で火炙りにされて殉教(切支丹用語「まるちり」)した。因みに、私の偏愛する芥川龍之介の「奉教人の死」(大正七(一九一八)年九月発行『三田文学』初出)の「ろおれんぞ」が登場するには、まだ、十一年、待たねばならない(私は因みに、奉教人の死〔岩波旧全集版〕・作品集『傀儡師』版「奉教人の死」、及び芥川自身によって隠蔽された原拠である斯定筌( Michael Steichen 1857-1929 )著「聖人伝」より「聖マリナ」の他(以上はサイト版)、芥川龍之介「奉教人の死」(自筆原稿復元版)ブログ版と、同前やぶちゃん注 ブログ版を作成済みである)。]
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