北原白秋 邪宗門 正規表現版 君
君
かかる野に
何時(いつ)かありけむ。
佛手柑(ぶしゆかん)の靑む南國(なんごく)
薰(かを)る日の光なよらに
身をめぐりほめく物の香(か)、
鳥うたひ、
天(そら)もゆめみぬ。
何時(いつ)の世か
君と識(し)りけむ。
黃金(こがね)なす髮もたわたわ、
みかへるか、あはれ、つかのま
ちらと見ぬ、わかき瞳(ひとみ)に
にほひぬる
かの靑き花。
[やぶちゃん注:「佛手柑(ぶしゆかん)」ムクロジ目ミカン科ミカン属シトロン変種ブッシュカン Citrus medica var. sarcodactylis。但し、北原白秋は後の「抒情小曲集 おもひで」の冒頭の「わが生ひたち」の「6」の冒頭で、「靜かな晝のお葬式に、あの取澄ました納所坊主の折々ぐわららんと鳴らす鐃鈸(ねうばち)の音を聽いたばかりでも笑ひ轉(ころ)げ、單に佛手柑の實が酸(す)ゆかったといつては世の中をつくづく果敢(はか)なむだ頃の Tonka John の心は今思ふても罪のない鷹揚なものであつた。さうしてその恐ろしく我儘な氣分のなかにも既にしをらしい初戀の芽は萠えてゐた」と幼少期の柳川の記憶の中に記しているから、果肉の少ないブッシュカンではなく、変種でない、もとの被子植物門双子葉植物綱ムクロジ目ミカン科ミカン属シトロン Citrus medica で、和名を「丸仏手柑(マルブシュカン)」のことを指しているのではないかと思う。ウィキの「シトロン」によれば、『漢名は枸櫞(くえん)。レモン』(ミカン属レモン Citrus limon)『と類縁関係にある』。『原産はインド東部、ガンジス川上流の高地。しかし紀元前にはすでにローマや中国に伝来していた。またアメリカ大陸にはコロンブスによる到達以降に伝わった。日本では「本草図譜」(』文政一一(一八二八)年成立『)に記載されているので、江戸時代以前に伝わっていたと思われる』。『枝にはとげが多い。葉は淡黄緑色、細長い楕円形で縁に細かいぎざぎざ(鋸歯)がある。新芽や花は淡紫色を帯びている品種が多く、花弁は細長い』。『熟した果実の表面は黄色く、形状は品種により様々だが、一般に紡錘形で重さは』百五十~二百グラムで、『頂部に乳頭が発達している。果皮はやわらかいが分厚く、果肉が少なく、果汁も少ない。また』、『果肉がかなりすっぱい品種とそうでない品種がある』。『ユダヤ教では一部の品種の果実をエトログ』『と呼び、「仮庵の祭り」で新年初めての降雨を祈願する儀式に用いる四種の植物の』一『つとする』。現代『フランス語でシトロン(Citron)と言った場合は』、『本種ではなく』、『レモンを指す。現在のフランス語でシトロンを示す場合はセドラ(Cédrat)と呼ぶ』とある。]