フォト

カテゴリー

サイト増設コンテンツ及びブログ掲載の特異点テクスト等一覧(2008年1月以降)

The Picture of Dorian Gray

  • Sans Souci
    畢竟惨めなる自身の肖像

Alice's Adventures in Wonderland

  • ふぅむ♡
    僕の三女アリスのアルバム

忘れ得ぬ人々:写真版

  • 縄文の母子像 後影
    ブログ・カテゴリの「忘れ得ぬ人々」の写真版

Exlibris Puer Eternus

  • 吾輩ハ僕ノ頗ル氣ニ入ツタ教ヘ子ノ猫デアル
    僕が立ち止まって振り向いた君のArt

SCULPTING IN TIME

  • 熊野波速玉大社牛王符
    写真帖とコレクションから

Pierre Bonnard Histoires Naturelles

  • 樹々の一家   Une famille d'arbres
    Jules Renard “Histoires Naturelles”の全挿絵 岸田国士訳本文は以下 http://yab.o.oo7.jp/haku.html

僕の視線の中のCaspar David Friedrich

  • 海辺の月の出(部分)
    1996年ドイツにて撮影

シリエトク日記写真版

  • 地の涯の岬
    2010年8月1日~5日の知床旅情(2010年8月8日~16日のブログ「シリエトク日記」他全18篇を参照されたい)

氷國絶佳瀧篇

  • Gullfoss
    2008年8月9日~18日のアイスランド瀧紀行(2008年8月19日~21日のブログ「氷國絶佳」全11篇を参照されたい)

Air de Tasmania

  • タスマニアの幸せなコバヤシチヨジ
    2007年12月23~30日 タスマニアにて (2008年1月1日及び2日のブログ「タスマニア紀行」全8篇を参照されたい)

僕の見た三丁目の夕日

  • blog-2007-7-29
    遠き日の僕の絵日記から
無料ブログはココログ

« 梅崎春生 美談にもの申す (エッセイ未電子化分) | トップページ | 北原白秋 邪宗門 正規表現版 朝 »

2020/11/04

梅崎春生 B島風物誌 ブログ分割版始動 (その一)

 

[やぶちゃん注:昭和二三(一九四八)年八月刊の季刊『作品』第一号初出で、同年十二月河出書房刊の作品集「B島風物誌」に所収された。

 底本は「梅崎春生全集」第一巻(昭和五九(一九八四)年五月刊)に拠った。傍点「ヽ」は太字に代えた。本文中にごく簡単な注を挾んだ。

 最初に種明かししておく。題名から安易な陽性の期待を持つと痛い目に遭うからだ。題名の「B島」とは架空の島ではない。パプアニューギニア・ブーゲンビル自治州のブーゲンビル島Bougainville Island)のことである(グーグル・マップ・データ)。しかも、本篇は太平洋戦争中の長期激戦の一つ「ブーゲンビル島の戦い」がロケーションである。これは日本軍が占領したブーゲンビル島で、アメリカ軍が上陸した一九四三年十一月一日から停戦の一九四五年八月二十一日まで戦われたが、日本軍(特に陸軍)にとっては長い過酷な飢えとマラリアとの戦いでもあった。最初にウィキの「ブーゲンビル島の戦い」に目を通されてから、徐ろに読まれたい。但し、言うまでもないが、梅崎春生は九州の内地勤務で敗戦を迎えたから、本篇は「ブーゲンビル島の戦い」を体験した帰還兵から話を聴いて書かれたものである。

 やや長めの作品で、一気にさらっと電子化する気には個人的にならない内容なので、分割して公開することとし、最後には縦書PDFにして一括版をサイトに公開することとする。分割部は行間のあるところを選んで分けることとする。【2020113日始動 藪野直史】]

 

   B島風物誌

 

 昨夜小泉が死んだ。これでおれたちは、十八名になった。

 小泉は、夜になって死んだらしい。おれがゆすぶったときは、すでに身体はかたく、毛布の中で冷たくなっていた。いつの間に死んだのか、誰も気がつかなかった。しかしこうして人知れず、だまって死んでゆくのも、今では別にめずらしいことではなくなった。病気で死ぬものは、皆こんな風に、こっそり死んでゆくのだ。

 小泉にしても、昨朝まではよろよろしながら、裏の川へ水くみに行ったり、炊事の手つだいをしていた。ここでは病気だからといって、ただ寝たきりで、食わせてもらうわけにはゆかぬのだ。体力の点からでは、みんなひどく弱っているのだ。誰がいつ死ぬか判らない。だからたいていのものが、死ぬ寸前まで無理に立ちはたらき、やがて力尽きてうごけなくなり、そして部屋のすみで毛布にくるまったまま、眠るように死んで行ってしまう。ほんとに、?燭が燃えつきるように、うめき声すらも立てないで!

 小泉が死んだことを、おれは直ぐひくい声でみんなに知らせた。眠っているのか、誰もだまっていた。やがて暗がりの底から、

「隊長に知らせてこい」

 笠伍長のおこったような声がした。[やぶちゃん注:「笠」は「りゅう」と読んでおく。]

 大儀な身体をおこすはずみに、おれの臂(ひじ)が小泉の顔にふれたらしい。砂囊(さのう)みたいなにぶい重量感がもどってきた。そこらはまっくらで、なにも見えない。そろそろ動いても、寝ている手や足にいくつもぶつかった。そのたびに膿(うみ)のにおいが動いた。

 外に出て上の小屋まで、五十米ほど手探りであるいた。誰か死ぬ毎に、その報告の役目は、ふしぎにおれにあたる。永井のときも、大西のときもそうだった。おれが隊長のところへ知らせに行ったのだ。

 小屋のそとから、声をかけた。

「小泉が死にました」

暗闇のなかをごそごそ動く気配がして、火を点(つ)けろ、という低い声がした。

 保革油をつめた空罐(あきかん)の、布片(ぬのぎれ)のしんに光がともった。その小さい光がまぶしかった。関根中尉と不破曹長の顔があおじろく浮び上った。

「誰だ」

「小泉上等兵が、死んでおります」

 おれの声は反響を失って、吸いこまれるように語尾が消えた。空罐がこちらに傾いて、おれに光をあてようとするらしい。物の影がゆらゆら動き、光がおれにまたたいた。おれはそのまま、じつと立っていた。やがて不破曹長の声がした。

「今夜は、そのままにしておけ。そして朝になったら、埋めろ」

 そのとたんに、焰がちいさくゆらいで、ふっと消えた。

 分厚な闇の底で、しばらくして、今度は関根中尉の声で、「十八名。これで、十八名、だな」

 独白のように、言葉のひとつひとつが沈痛にしたたってきた。誰も返事をしなかった。

 そしてしんしんと夜風のわたる密林のなかに、おれは再び闇を手探りながら、今来た道へもどって行った。

 

 この小屋で、五官の覚醒は、まず膿(うみ)の臭気から始まる。

 時間を定めない、どろどろした沼のような眠りから、おれの五官はぼんやり浮きあがってくる。嗅覚がその時もはや、膿の臭気をはっきりとらえている。身体はまだ眠っているのに、嗅覚だけが先行して醒めているのだ。その臭気のなかに、今日生きていることの苦痛をかぎ取ろうとするかのように。

 立つと頭がつかえる掘立小屋のなかに、枯葉をいっぱいしきつめてミノ虫のように毛布にくるまって、おれたちは並んでねているのだ。小屋のなかは湿気でむんむんする。天井はばさばさした芭蕉(ばしょう)の葉である。むねの悪くなるような臭気が、いっぱいただよっている。熱帯潰瘍(かいよう)のただれた膿のにおいである。ほとんどが、多かれ少かれ、これにかかっている。なにしろボロボロに破れた服をまとい、はだしで密林のなかを歩くから、灌木(かんぼく)の根や木の根に傷つけられて、そいつはかならず膿をもち、やがて潰(つぶ)れて頽(くず)れてくるのである。その膿やかさぶたが、毛布や服にこびりついて、腐敗したいやな臭気をはなつのだ。

 みんなは傷がくずれて行っても、手を束(つか)ねてぼんやりしている。自然とかさぶたになって、なおってゆくのを待つ外はないのだ。ここには薬というものは一切ないのだから。しかし中には、古川兵長のように、密林の中から変な臭いの木の葉をさがしてきて、揉んで患部に押しあてたりするのもいるが、そんなものが利くものか。しかし古川は丹念につぎつぎ違った葉をさがしてきては、熱心な顔付でそれを試みる。そして五味伍長に嘲笑される。

「馬鹿だな。おまえは。そんなおまじないが何になるんだ。そんなことでなおる位なら、誰も苦労しやしねえ。ほんとに底抜けの阿呆だよ。お前という男は」

「だってあんた、やってみなきゃ判りませんさ」

 古川は困ったような声で、そう答える。そう答えながらも、葉を押しあてる手をやすめない。青黒い葉のしたから、膝頭の黄色く弾(はじ)けた潰瘍の部分が見えかくれする。百姓出の兵隊だが、この男の癖で、ものを言うときは妙に思い詰めた顔になる。日本が近いうちに反撃に転じて、此の惨(みじ)めな状態から自分たちが救われると、本気で確信しているのは、ここでは実のところ彼だけだ。潰瘍の手当にひどく熱心なのも、そのせいかも知れない。

 しかし古川の潰瘍は、そうひどい方ではない。この小屋で、今のところ一番ひどいのは、五味伍長だ。全身に何箇所もあるらしい。彼は今、おれの近くに寝ている。鼠色によごれた毛布から、頭だけ出している。頭の毛はすっかり抜けて、うぶ毛のような柔かい髪がばらばら残っているだけだ。顔は黄色くしなびていて、瞼(まぶた)だけが死んだ鶏の瞼のようにうすぐろい。しかしこの相貌は、ここにいる兵隊全部に共通している。おれの顔も――長いこと鏡を見ないが――やはり同じ顔貌なのだろう。

 五味は潰瘍の手当をぜんぜんやらぬ。服が患部にこびりついたままだ。服の表まで、膿(うみ)のいろが滲(にじ)んでいる。寝覚めのおれの嗅覚を撲ってくるのは、まずこの男の膿の臭気なのだ。

 五味のむこうには、上西と鬼頭が死んだように眠っている。昨夜中まっくらな密林をあるきまわって、ジャングル野菜をあつめてきたのだ。

 そのむこうの――小屋のすみには、毛布にくるまれた小泉の屍体が横たわっている。古材木のように無感動にころがっている。それでも顔には、黄色くよごれた布をかぶせてある。晩方、小泉をそこにはこんだとき、笠伍長がかけてやったのだ。そしてそのむこうには――青ぐらく光の散乱する密林の風景が、沈欝にひろがっているのだ。

 

 小泉を埋める穴は、伴とおれとが掘った。エンピを柔かい腐蝕土につきたて、ほり起した土をこぼさないように、すくいあげて投げすてる。その動作を二三十回もつづけると、もう動悸(どうき)が烈しく、呼吸がはずんでくる。濃厚な汗が、べたべたと滲んでくる。昔ならこんな穴に、ひとりで二十分とかかりはしなかった。代る代る掘った。なかなか仕事は、はかどらなかった。おれが疲れると伴が代ってエンピを使った。[やぶちゃん注:「エンピ」は「円匙」で、塹壕内で使用するための土を掘る道具の一つで小型の軍用シャベルのこと。「円匙」は本来は「えんし」と読むが、その誤読が慣用化された、旧軍隊用語で、自衛隊でもこの呼称が受け継がれている。ウィキの「シャベル」の「塹壕用シャベル」によれば、『刃の形状は剣先スコップ、もしくはスペード型に似ている。塹壕用シャベルの第一義的な任務は』、『塹壕を掘ったり』、『整備したりすることであるが、塹壕戦においては敵兵との不意の遭遇も多かった』。その頃には『刀槍による白兵戦は廃れていたが、手持ちのシャベルは近接格闘・護身には有用な武器になることから、殺傷力を高めるため』、『縁を研いで刃付けする場合があった。現在』、『主流の折りたたみ可能な製品は、掘削器具として使いやすいよう設計されている反面、武器としての利用には適さない形状であることが多い』とる。形状や実物・レプリカはグーグル画像検索「エンピ シャベル 軍隊 円匙」を見られたい。]

 落葉の上にうずくまり、おれは膝に頭をふせてやすんだ。膝の汗を、舌で舐(な)めた。膝頭の間から、ちらちらと伴の姿が見えた。伴は掘りおこした土塊を、エンピで一応くだいてみて、それから外へ投げすてた。伴の顔もおそろしくやせこけて、血の気がなかった。片唇が頰まで切れて、顔半分はみにくくひきつれている。タロキナ作戦で受けた傷なのだ。片方からみると、それは人間の顔ではない。形の歪(ゆが)んだ眼だけが忙がしく動いている。そしてくだいた土塊からミミズをみつけると、すばやく指でつまんで、動いているやつをそのまま口に入れた。そしてまた、次の土塊をくだいた。しばらくして、またおれが代った。

 小泉の屍体はかたくなって、破れたズボンから食(は)みだした脚の潰瘍に、大きな蠅(はえ)がいっぱいたかっていた。頭と足とを両方からもちあげると、真黒の蠅の群は、浮きあがるように傷口から飛び離れた。おれたちは小泉を、しずかに穴に入れた。穴がすこし短くて、屍体が曲った。小泉の死顔は土色で、薄い肉が骨に貼(は)りついているだけであった。[やぶちゃん注:「タロキナ作戦」タロキナ(Torokina)はブーゲンビル島の南西海岸中央エンプレス・オーガスタ湾(Empress Augusta Bay)北端に位置する岬でアメリカ軍は一九四三(昭和一八)年十一月一日に飛行場建設を目的としてここへの上陸作戦を開始した。ウィキの「ブーゲンビル島の戦い」のアメリカ軍の「タロキナ上陸」(日本軍のそれへの対抗戦である第一次タロキナ作戦)及びアメリカ軍の建設した飛行場制圧のための「第二次タロキナ作戦」(一九四四年三月)を参照されたい(英文であるが、地図もある)。なお、本篇内の時制は一九四四年十一月末から連合軍オーストラリア軍が島の占領と日本軍排除を目指して攻撃を開始して以降、翌一九五五年四月以降(次の「プリアカ作戦」の注を参照)の設定である。]

「どう思うね。おまえ」

 エンピをもって立っている伴に、おれはそんな風に訊(たず)ねた。伴はぼんやり穴の中を見おろしていたが、暫(しばら)くしてぽつりと答えた。

「何がよ」

「いつかおれたちも、こうなるということさ」

 伴はだまっていた。やがて伴はかすかに身ぶるいをしたらしかった。

 掘り上げた土を穴におとすと、小泉のからだはポコッ、ポコッとへんな音をたてて、土を弾(はじ)いた。そして顔や手足がだんだん埋もれて行った。

 盛りあがった土を、おれたちは足でふみならした。おれたちの足首は黄黒く枯れて、一握りもないくせに、軟土に印する足跡は、平たく大きかった。掘り起された軟土をくまなく、おれたちは丹念に足でふみならした。それによって小泉の存在を、おれたちの記憶からも抹殺してしまうかのように。伴の足跡におれのが重なり、おれのに伴の足跡がかさなった。

「これでたった、十八人になった訳か」伴が足を踏みながら、低い声で言った。「プリアカ作戦に出発したころは、まだ余計にいたなあ」[やぶちゃん注:「プリアカ作戦」一九五五年三月二十八日にブーゲンビル島を南下してくるオーストラリア軍に対して、反撃作戦を取るべく、歩兵第十三連隊及び歩兵第二十三連隊がプリアカ川(オーストラリア名:Puriata River:タロキナとブイン(Buin:ブーゲンビル島南端地区)の中間付近にある川。英文マップ「Mapcarta」のここを参照。拡大されたい)で一斉攻撃を行ったが、作戦は失敗し、戦死傷者約千六百名を数えた。]

「五十六人だよ」とおれは答えた。「あれから三十八人がいなくなったのだ」

 密林の暗いひかりが、伴の姿におちていた。おれたちはしばらく思い思いのことを考えていた。

「ときどき俺は、米田のことを思い出すなあ。タロキナから逃げてくる道で、あいつは死にやがった」

 伴は曲った唇から洩れでるはっきりしない声で、そんなことを話しだした。

「――あいつはとうとう歩けなくなって、道端に伸びていやがった。やせこけて、まるで死人の顔よ。俺が通りかかると、足にしがみついてきて、乾パンを分けてくれとせびりやがった。狂犬みたいな眼をしてやがった」

「――で、やったのかい」

「――乾パンをやったって、歩けなきゃ見捨てられて、どうせ程なく死んじまうんだ。死んじまって、そのまま腐ってしまうんだ。くにではおふくろや女房や子供たちが、蔭膳そなえて、武運長久をいのってるというのになあ。――あいつは俺と、同村なんだ」

「そいで、おまえは」おれはエンピを地べたから拾いあげながら言った。「足にしがみついてきた米田を、足でけとばしたというんだろう」

 伴はだまっていた。そして横をむいて、するどく唾をはいた。

 埋葬が終ってエンピをかつぎ、歩きだしたとき、伴がまた独語のように言った。

「――御手洗(みたらい)も、あそこで死んだ」

「死んだやつのことばかり、思い出すんだな」

「御手洗は、軍司令官の山駕籠(やまかご)に、突きとばされたんだ。あいつは倒れて、頭を打ってそれきり起き上らなかったんだ」

 四人かつぎの山駕籠の上から、眼をいからせて(それでも貴様らは、帝国軍人かっ!)と怒鳴りつけていった軍司令官のあから顔を、おれはまざまざと思いうかべていた。あのタロキナ作戦は大敗におわり、敵の猛烈な反撃に部隊は四分五裂した。飢餓と過労と恐怖に魂をぬきとられ、銃を捨て、背囊を失い、ふらふらと敗走するおれたちの中を、邪魔ものを突きとばしたり怒鳴りつけたりして、その山駕籠は走りぬけて行ったのである。密林の湿地帯や嶮(けわ)しい岩山で、力尽きた戦友らはつぎつぎに、青ざめてたおれる。それらを見捨て、死物ぐるいで、杖にすがりながら、おれたちも逃げたのだが……

「死んだやつは、仕方がないじゃないか」

 垂れさがる枝や葉をわけて進みながら、おれはそう言った。おれのうしろからついてくる伴が、しばらくして、ひとり言のように低く呟(つぶや)いた。

「俺は、死なん。死なんぞ。絶対に!」

 おれがかつぐエンピの先が、葉や梢にぶつかって、ばさばさと音を立てていた。あとは黙りこくつて、おれたちは落葉を踏んだ。

 

 昏方(くれがた)、部隊本部の連絡から、不破曹長と有馬兵長が戻ってきた。本部は、ここから二粁[やぶちゃん注:キロ。]の行程である。密林の二粁は、しかし、平地の十粁に匹敵した。小屋に入ってきた有馬は、暗く疲れた表情であった。有馬が入ってくるのと入違いに、今夜の食糧収集のため、三人の兵隊が身仕度をして、小屋の入口に出た。それにむかって、有馬が沈欝な調子で言った。

「用心して行けよ。ここら近くに、もう敵が入っているぞ。おれも、一発、ねらわれた」

 どうも土民兵らしい、と有馬はつけ足すように呟いた。三人はちょっと眼を光らせて有馬をふりかえつたが、黙って空のけいてん携帯天幕のこと)を肩にゆすり上げて、やがて落葉を踏むその跫音(あしおと)は、小屋から遠ざかって行った。[やぶちゃん注:「けいてん携帯天幕のこと)」(丸括弧は割注ではなく、本文内同ポイントの注)とは防水帆布で出来た一・五メートル四方の布で、一人用の携帯テント(別に木製のポールとペグが附属)。ここはそれを、複数、組み合わせて相応の大きさにし、小屋(と呼んでいる場所)の天幕にしたのであろう。グーグル画像検索「携帯天幕 日本軍」をリンクさせておく。]

 小屋のすみで武装を解く有馬に、笠伍長がおこったように問いかけた。

「おい。敵状はどうだった」

「――二三日前から、本道に、敵の戦車が出てきたそうです」

 有馬はへたへたと腰をおろしながら、顔をそむけるようにしてそう答えた。

「戦車を先頭にたてて、両側の密林をたんねんに掃討しながら、やってくるんだそうです」

「こちとらはほとんど素手だというのに、戦車などもってきやがる!」

 笠は舌打ちして、唾をはげしく小屋のそとにとばした。

 毛布にくるまって寝ていた五味伍長が、軀(からだ)をうごかして突然わらいだした。

「馬鹿だな。怒ったって仕様があるか。それが戦争というもんだ」

「それは判っているさ」笠は血走った眼でその方を眺めた。「しかしこんな戦争が一体あるか。毎日毎日、食うことだけに追われて、それも青臭いジャングル野菜と来やがる。見ろ。小泉だって死んじまったじゃないか」

「へへえ。おまえ、プリアカ河を越えるとき、ビフテキでも食えるつもりでいたのかい」

 寝そべったりうずくまったり、思い思いの姿勢で聞いていたおれたちは、何となく声なき声をたてて笑い出した。[やぶちゃん注:この表現で、この時点で彼らはブーゲンビル島の南の端であるブイン東北のタクアン山(Mount Takuan)の恐らくは南西側の裾野附近(プリアカ川左岸近く)にいるものと思われる。この中央付近(グーグル・マップ・データ航空写真)]

 やがて暗くなって、物の動きもはっきりしなくなった。毛布にくるまって、おれたちは並んで横たわっていた。まっくらな小屋のなかで、誰も話をするものもなかった。夜でも敵機が飛んでいるので、火を点けることは、特別の場合のほか、法度(はっと)になっている。みんな黙っていても、眠っているという訳ではなかった。ものを言うのが、大儀なだけであった。時々身体がうごいて、しきつめた枯葉が鳴り、あたらしく膿のにおいがした。

 闇の底から、ひくい声で

「食糧をもって、援軍が来ないかなあ」

 古川兵長の独り言らしかった。寝がえりを打つ気配がして、横に寝ている五味のあざけるような声がつづいた。

「援軍? 何を言ってるんだよ。援軍が、来る訳があるか。とんちき」

「だってあんた、六月末までプリアカの線から下るな、というからには――」

「援軍がくるとでも思ってるのかよ」

「だって――」と古川は苦しそうな声を出した。「自分は、作戦のことは判らんけども。援軍が来んとすれば、部隊がここにいる意味がないような気がする。援軍はきますよ」

 語尾がばつんと切れて、沈黙がふたたび来た。十分位たって、五味の声で、

「意味は、あるさ。俺たちがここで、雑草食って次々死んでゆく間だけでも、ブインで、軍司令官閣下や参謀どのの命が、それだけ伸びているわけだあ」

 声は陰欝に暗闇にしずんで、またふかぶかと、密林の静寂がもどってきた。誰も声をたてなかった。

 おれは毛布に顔を押しつけながら、一週間ほど前に聞いたブイン地区の情報を、ぼんやり思い浮べていた。本部へ連絡に行った兵がここに伝えたものである。それによると、ブインでは兵隊でも、一日一度は米の飯をくっているし、自家製のたばこも不自由なく吸っているというのであった。それは想像できないことではなかった。おれたちが仮にブインに居るとすれば、自分たちが生産したものを、前線におくる気特になれないにきまっていた。しかし――一日に一度は食うというその白い飯のことが、いきなり実感として胸にきた。そしてことに、軍司令部や師団司令部では、直属の建設隊をつかって、豚や鶏を飼い、魚をとって、潤沢(じゅんたく)に腹を充たしているということであった。この情報は、それを想像するだけでも、皆の食慾をつきあげた。これら後方ブインの状況は、すでにあまねく前線に知れているらしかった。

 草の葉を食べて戦うプリアカ戦線へ、ブインから参謀長通謀が発せられたのは、半月ほど以前である。それには、次のような文言(ぶんげん)が入っている。

「不公平は戦闘の常なるを思い、一意復仇報恩の誠をいたすべし。云々」

 

「不公平は戦闘の常なるを思い、か」有馬兵長は針金で木を摩擦しながら、暗い声でつぶやいた。「――本部にはな、まだ少しは塩はあるんだ。それを、ないと言いやがる。これ以上、どうやって戦えというんだ」

「本部のやつらは、何を食ってんだ?」とおれが訊ねる。

「やっぱりジャングル野菜よ。隊長だけが三度三度アツコウ(圧搾口糧)を食っているというんで、兵隊がおこってやがった。皆、黄色くしなびてら」[やぶちゃん注:「アツコウ(圧搾口糧)」大日本帝国陸軍が開発・採用した、ポン菓子を使用した携帯糧食。これには副食品として、調味した削り節をブロック状に押し固めた「圧搾田麩」と梅干・砂糖が添えられていた。グーグル画像検索「圧搾口糧 日本陸軍」の柿色をした説明書きが張り付けられた四角いものがそれ。]

 空はまだ暗い。朝の炊煙はとくに危険だから、夜があけぬうちに、炊事を終らねばならぬ。

「で、まだ陣地を退っちゃいけない、というのか」[やぶちゃん注:「退っちゃいけない」は「すざ(さ)っちゃいけない」か。]

「六月末まで、現陣地に頑張れ。師団命令だとよ」

 摩擦熱に粉状の火薬をふりかけて、火花がパチッパチッと散る。おれがすばやく紙にうつした。せまい防空壕のなかが、急にあかるく浮びあがった。しめった土壁が照らしだされ、おれたちの影が大きくゆらめいた。かかえてきたけいてんを、おれはいそがしく解いた。包みがとけると、しめった青い草がもり上って、ふわっと足もとにあふれた。これはジャングルであつめてきた草の葉である。それをすこしずつ握り、ひとひねりしてねじ切り、次々に飯盒(はんごう)につめる。八つの飯盒を棒に通して、もうおこり出した火の上にかけた。

 おれたちはだまって火の色を眺めている。火に照らされた有馬の顔は、こわいほど蒼白く、おちくぼんだ眼孔のなかで、眼球だけがぎらぎら光りている。火にさしだしたおれたちの掌は、牛蒡(ごぼう)のようにくろく、細い手首から平たくつき出ている。有馬の眼は、じつと飯盒をみつめている。草が煮える青くさいにおいが、すこしずつ立ってくる。

「――敵はちかくまで来ているぞ」と有馬がかすれた声で言う。「おれを射ったのは、敵の斥候だ。きっとそうだ」

 おれは口腔のなかで、もはや煮えた葉を噛みしめる感触を予想し始めている。腹がぎゅっと収縮する。おれは床に視線をそらしている。床には乾した唐辛子(とうがらし)がひとにぎりおいてある。塩が切れて、十日経つ。ジャングルに生えたこの唐辛子だけが、このごろ唯一の調味料だ。食べるものが、こんなごわごわしたジャングル野菜はかりで、そして塩が切れたとなれば、おれたちの身体はどういうことになるだろう?

「もう二三日も経ては、ここも砲撃をうけるかも知れないぜ。いやだ。いやだ」

 有馬はそんなことを口のなかで呟(つぶや)く。口調は力がないのに、眼だけはぎらぎらと大きく見開かれてくる。

(死ぬ前に、腹いっぱい食べたいなあ。芋でも何でもいいから!)

 おれはぼんやり考えている。敵にぶつかって、たたきのめされて、この密林に逃げこんでから、もう二箇月になる。ブインを出発するときに背負った芋は、ブリアカ河を越える頃には食い果たしてしまった。それから、二日に一食ばかりの圧搾口糧(あっさくこうりょう)か乾パンを支給されて(何のたしになるものか!)小銃と手榴弾だけで、故にぶっつかったのだ。あの多数の飛行機と、戦車と、大小さまざまな砲をもった、精鋭な濠洲軍に。そしていきなり部隊の半数を失い、密林ににげこみ、敵の砲火を避けた。部隊本部との連絡もとだえがちになりながら、陣地をすこしずつ後退し、やっと今まで生きのびてきた。ここにきて、もう永井と大西と小泉の三人が、飢えに死んだ。おれもこの二三日、寝ていると、手足のさきに感覚がなくなり、胸板に重いものを乗せたような、不気味な虚脱感がある。おれも――このおれも、間もなく倒れるだろう。

 飯盒(はんごう)が勢のいい火にあぶられて、やがてたまらなくなったように、クッタクッタと身もだえしている。葉が煮える匂いが、壕のなかにみなぎる。

「おい!」

 有馬兵長が背をまげて、じつとおれを見詰めている。獣のような眼のいろだ。そして立ちあがる。影も大きく立ちあがる。

「俺は、逃げるんだ。ここはいやだ。こんなところで死ぬのは、いやだ!」

 おれは膝をだいて黙っている。黙って飯盒が動くのをながめている。もう飯盒も煮えたつ頃だろう。――

 立ちあがったまま、有馬の影はおれを見おろしている。急に力がなくなったように、へたへたと腰をおろす。頭をじっとかかえている。やがてもとの暗い沈んだ口調に戻って、しんみりおれに話しかける。

「なあ。お前も逃げんか。おれといっしょに」

「逃げるつて、どこへ逃げるんだ?」

 おれはおこったような声をだす。

「――おれには、計画があるんだ」

 暫(しばら)くして有馬が、頭をかかえたまま、しずかに言う。飯盒のひとつが青い汁をふき出す。滴(したた)りをうけて頰がはげしくゆらぐ。おれたちの影が、壁にみだれうごく。

「――おれは食糧を、すこしためてあるんだ。二人で五日はもつ。かくしてあるんだ」

「どこにかくしてあるんだ?」

 おれも静かな声になって訊ねる。

 有馬は顔をゆがませて、材木のように黙りこんでしまう。おれは自分の口腔の内側が、しだいに乾いてゆくのが判る。飯盒がつぎつぎ音をたてて吹きこぼれる。火が消える。空から、うっすら光が降りてくる。見上げると、密林のすきまに、空がぼんやり明けかかっている。

 立ち上って小屋にむかって、おれが食事合図の口笛を吹いた。やがて小屋の方から、人影がいくつもあらわれ、幽鬼のようにふらふらと、こちらの方に近づいてくる。……

 

« 梅崎春生 美談にもの申す (エッセイ未電子化分) | トップページ | 北原白秋 邪宗門 正規表現版 朝 »