北原白秋 邪宗門 正規表現版 鵠
鵠
わかうどなゆめ近よりそ、
かのゆくは邪宗(じやしゆう)の鵠(くぐひ)、
日のうちに七度八度(ななたびやたび)
潮(うしほ)あび化粧(けはひ)すといふ
伴天連(ばてれん)の秘(ひそ)の少女(をとめ)ぞ。
地になびく髮には蘆薈(ろくわい)、
嘴(はし)にまたあかき實(み)を塗(ぬ)る
淫(みだ)らなる鳥にしあれば、
絕えず、その眞白羽(ましろは)ひろげ
乳香(にふかう)の水したたらす。
されば、子なゆめ近よりそ。
視よ、持つは炎(ほのほ)か、華(はな)か、
さならずば實(み)の無花果(いちじゆく)か、
兎(と)にもあれ、かれこそ邪法(じやはふ)。
わかうどなゆめ近よりそ。
[やぶちゃん注:「鵠」「鵠」(くぐひ:現代仮名遣「くぐい」)は広義の「白鳥」(鳥綱カモ目カモ科ハクチョウ属 Cygnus 或いはそれに類似した中・大型の白い鳥)上古より古名であるが、辞書によっては、ハクチョウ属コハクチョウ亜種コハクチョウ Cygnus columbianus bewickii に比定する。個人的には私も協議のそれを採るが、ここはただ広義の「白鳥」一般でよかろう。私の「和漢三才圖會第四十一 水禽類 鵠(くぐひ) (コハクチョウ)」をリンクさせておく。
「蘆薈(ろくわい)」先行する「さならずば」の私の注を参照されたい。
「乳香(にふかう)」歴史的仮名遣は「にゆうかう」が正しい。インド・イランなどに産する樹の脂(やに)の一種で、盛夏に砂上に流れ出でて固まり、石のようになったものを指し、香料・薬用とする「薫陸香」(くんりくこう:呉音で「くんろく(っ)こう」とも読み、「くろく」「なんばんまつやに」などとも呼ばれる。その中で乳頭状の形状を有するものを特に「乳香」と称し、狭義にはムクロジ目カンラン科ボスウェリア属 Boswelliaの常緑高木から採取されるそれを指すとされる。]