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2020/11/04

梅崎春生 かん違い (エッセイ未電子化分)

 

[やぶちゃん注:これは梅崎春生が昭和三三(一九五八)年に六月六日から八月二十九日にかけて『毎日新聞』に十三回で連載した「憂楽帳」というコラムの第五回。底本は「梅崎春生全集」第七巻(昭和六〇(一九八五)年四月刊)に拠った。昨日、知人より未電子化であるとの指摘を受けたので、急遽、電子化した。梅崎春生のエッセイ類は、二〇一六年の七月から十月にかけてランダムに電子化したため(今はよく思い出せぬが、恐らくは、選択的にオリジナルに構成された沖積舎全集版のそれを順に電子化することは編集権に触れるとでも思ったのだろう。但し、編集権という怪しげな疑似著作権は、発生するとすれば、丸々同じものを無許可で全く同じ配列で書籍にして販売或いは頒布した場合に於いて発生するものと私は認識しており、それが法的には正しいはずである)、うっかり見落としていたものである(次に電子化したエッセイ「美談にもの申す」も同じ)。]

 

 かん違い

 

 時折、寒い季節に、羽根布団にくるまって寝る機会にめぐまれると、あたたかいにはあたたかいが、何か物足りない感じがして来る。重さがないのが、物足りないのである。

 私は平生、あたたかさが、掛布団の重さによってもたらされるものと、実感している。重けりゃ重いほど、あたたかいのだ。つまりあたたかさと重さは、全然別のものであって、それを一緒のものだと錯覚していることが、羽根布団を物足りなく感じさせるのだろう。

 子供のころ、私は夏が大好きであった。いや、子供のころだけでなく、つい四五年前まで、私は夏が大好きであった。

 夏が好きであるからには、私は暑さが大好きであった。

 寒さと聞くと身ぶるいするが、暑さと来れば仕事はずんずんはかどり、私の書いた作品のうち、傑作、名作と称せられるものは、たいてい夏の季節に書かれたものであるほどだ。

 それほどに夏が好きだったのに、四五年前からどうも暑さが身にこたえ、仕事が進まなくなって来た。暑さがきらいになって来たのである。

 いまつらつらと考えると、子供の私が夏を好きだったのは、夏が暑かったからでなく、夏には夏休みがあったせいらしい。夏が暑くなかったら、私はもっともっと夏が好きだっただろう。

 何と長い間、私はかん違いをしていたことか!

 

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