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2020/11/23

北原白秋 邪宗門 正規表現版 灰色の壁

 

   灰色の壁

 

灰色(はひいろ)の暗(くら)き壁、見るはただ

恐ろしき一面(いちめん)の壁の色(いろ)。

臘月(らふげつ)の十九日(じふくにち)、

丑滿(うしみつ)の夜(よ)の館(やかた)。

龕(みづし)めく唐銅(からかね)の櫃(ひつ)の上(うへ)、

燭(しよく)靑うまじろがずひとつ照(て)る。

時にわれ、朦朧(もうろう)と黑衣(こくえ)して

天鵝絨(びろうど)のもの鈍(にぶ)き床(ゆか)に立ち、

ひたと身は鐵(てつ)の屑(くず)

磁石(じしやく)にか吸はれよる。

足はいま釘(くぎ)つけに痺(しび)れ、かの

黃泉(よみ)の扉(と)はまのあたり額(ぬか)を壓(お)す。

 

灰色(はひいろ)の暗(くら)き壁、見るはただ

恐ろしき一面(いちめん)の壁の色(いろ)。

暗澹(あんたん)と燐(りん)の火し

奈落(ならく)へか虛(うつろ)する。

表面(うはべ)ただ古地圖(ふるちづ)に似て煤(すす)け、

縱橫(たてよこ)にかず知れず走る罅(ひび)

靑やかに火光(あかり)吸ひ、じめじめと

陰濕(いんしつ)の汗(あせ)うるみ冷(ひ)ゆる時、

鐵(てつ)の氣(き)はうしろより

さかしまに髮を梳(す)く。

はと竦(すく)む節々(ふしふし)の凍(こほ)る音(おと)。

生きたるは黑漆(こくしつ)の瞳のみ。

 

灰色(はひいろ)の暗(くら)き壁、見るはただ

恐ろしき一面(いちめん)の壁の色(いろ)。

熟視(みつ)む、いま、あるかなき

一點(いつてん)の血の雫(しづく)。

朱(しゆ)の鈍(にば)み星のごと潤味(うるみ)帶(お)び

光る。聞く、この暗き壁ぶかに

くれなゐの皷(つづみ)うつ心(しん)の臟(ざう)

刻々(こくこく)にあきらかに熱(ほて)り來(く)れ。

血けぶり。刹那(せつな)ほと

かすかなる人の息(いき)。

みるがまに罅(ひび)はみなつやつやと

金髮(きんぱつ)の千筋(ちすぢ)なし、さと亂(みだ)る。

 

灰色の暗き壁、見るはただ

恐ろしき一面(いちめん)の壁の色。

なほ熟視(みつ)む。……髣髴(はうふつ)と

浮びいづ、女の頰(ほ)

大理石(なめいし)のごと腐(くさ)れ、仰向(あふの)くや

鼻(はな)冷(ひ)えてほの笑(わら)ふちひさき齒

しらしらと薄玻璃(うすはり)の音(ね)を立つる。

眼(め)をひらく。絕望(ぜつまう)のくるしみに

手はかたく十字(じふじ)拱(く)み、

みだらなる媚(こび)の色

きとばかり。燭(しよく)の火の靑み射(さ)し、

銀色(ぎんいろ)の夜(よ)の絹衣(すずし)ひるがへる。

 

灰色(はひいろ)の暗(くら)き壁、見るはただ

恐(おそ)ろしき一面(いちめん)の壁(かべ)の色(いろ)。

『彼。』とわが憎惡心(ぞうをしん)

むらむらとうちふるふ。

一齊(いつせい)に冷血(れいけつ)のわななきは

釘(くぎ)つけの身を逆(さか)にゑぐり刺(さ)す。

ぎくと手は音(おと)刻(きざ)み、節(ふし)ごとに

機械(からくり)のごと動(うご)く。いま怪(あや)し、

おぼえあるくらがりに

落ちちれる埴(はに)と鏝(こて)。

と取るや、ひとつ當(あ)て、左(ひだり)より

額(ぬか)をまづひしひしと塗(ぬ)りつぶす。

 

灰色(はひいろ)の暗き壁、見るはただ

恐ろしき一面(いちめん)の壁の色。

朱(しゆ)のごとき怨念(をんねん)は

燃(も)え、われを凍(こほ)らしむ。

刹那(せつな)、かの驕(おご)りたる眼鼻(めはな)ども

胸かけて、生(なま)ぬるき埴(はに)の色

ひと息に鏝(こて)の手に葬(はうむ)られ

生(い)きながら苦(くる)しむか、ひくひくと

うち皺む壁の罅(ひび)、

今、暗き他界(たかい)より

凄きまで面(おも)變(かは)り、人と世を

呪(のろ)ふにか、すすりなき、うめきごゑ。

 

灰色(はひいろ)の暗(くら)き壁、見るはただ

恐ろしき一面(いちめん)の壁の色。

惡業(あくごふ)の終(をは)りたる

時に、ふとわれの手は

物握(にぎ)るかたちして見出(みいだ)さる。

ながむれば埴(はに)あらず、鏝(こて)もなし。

ただ暗き壁の面(おも)冷々(ひえびえ)と、

うは濕(しめ)り、一點(いつてん)の血ぞ光る。

前(さき)の世の戀か、なほ

骨髓(こつずゐ)に沁みわたる

この怨恨(うらみ)、この呪咀(のろひ)、まざまざと

人ひとり幻影(まぼろし)に殺したる。

 

灰色(はひいろ)の暗(くら)き壁、見るはただ

恐ろしき一面(いちめん)の壁の色(いろ)。

臘月(らふげつ)の十九日(じふくにち)、

丑滿(うしみつ)の夜(よ)の館(やかた)。

龕(みづし)めく唐銅(からかね)の櫃(ひつ)の上(うへ)

燭(しよく)靑(あを)うまじろがずひとつ照る。

時になほ、朦朧(もうろう)と黑衣(こくえ)して

天鵝絨(びろうど)のものにぶき床(ゆか)に立ち、

わなわなと壁熟視(みつ)め、

ひとり、また戰慄(せんりつ)す。

掌(て)ひらけば汗(あせ)はあな生(なま)なまと

さながらに人間(にんげん)の血のにほひ。

三十九年十二月

 

[やぶちゃん注:「屑(くず)」のルビはママ。

「臘月(らふげつ)」陰暦十二月の異称。中国で、冬至(陰暦十一月中)の後の第三の戌(いぬ)の日に、猟の獲物の獣肉を供えて先祖百神を祀る祭りを行ったことによる。現行ではその旧年と新年を「繋ぎ合わせる月」の原義と説明されることが多い。]

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