北原白秋 邪宗門 正規表現版 舖石
舖 石
夏の夜(よ)あけのすずしさ、
氷載せゆく車の
いづちともなき軋(きしり)に、
潤(うる)みて消ゆる瓦斯(がす)の火。
海へか、路次(ろじ)ゆみだれて
大族(おほうから)なす鵞(が)の鳥
鳴きつれ、霧のまがひに
わたりぬ――しらむ舖石(しきいし)。
人みえそめぬ。煙草(たばこ)の
ただよひ濕(しめ)るたまゆら、
辻なる窻の繪硝子(ゑがらす)
あがりぬ――ひびく舖石(しきいし)。
見よ、女(め)が髮のたわめき
濡れこそかかれ、このとき
つと寄(よ)り、男、みだらの
接吻(くちつけ)――にほふ舖石(しきいし)。
ほど經て窻を閉(さ)す音(おと)。
枝垂柳(しだれやなぎ)のしげみを、
赤き港の自働車(じどうしや)
けたたましくも過(す)ぎぬる。
ややあり、ほのに緋(ひ)の帶、
水色うつり過(す)ぐれば、
縺(もつ)れぬ、はやも、からころ、
かろき木履(きぐつ)のすががき。
四十年九月