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2020/11/08

堀内元鎧 信濃奇談 卷の上 浮巖

 

 浮巖

 赤須村〔あかすむら〕の東の、天龍川中〔かわなか〕に大〔おほい〕なる石あり。その頂〔いただき〕、すこしく水面にあらはれたるに、何ほどの洪水にても、常のごとく、同じやうにのみ見ゆるを、土人、「浮巖〔うきいは〕」と名付〔なづけ〕て、「水に隨〔したがひ〕て浮沉〔うきしづみ〕す」と、いへり。いと、あやしきことなりける。

 「五雜俎」及び「琅琊代醉篇〔らうやだいすいへん〕」に、「地肺〔ちはい〕・浮玉〔ふぎよく〕」といふもの、水にしたがひ、高下〔かうげ〕するよし、見ゆ。かかる事もあるものにや。「海内奇觀〔かいだいきかん〕」に、『浮山在安慶府城縣東九十里』と見えたるも、かゝるものなるべし。

 

[やぶちゃん注:現存するかどうかを調べようと、検索を掛けたところ、国立国会図書館デジタルコレクションの「日本傳說叢書 信濃の卷」(藤沢衛彦編・日本伝説叢書刊行会発行・大正六(一九一七)年)が掛かってきた。「水神・森林傳說」のパートのここの「浮巖」であるが、これ、殆んど総てが本「信濃奇談」を訳しただけのもので、最後に「海内奇觀」を引いた後を、『と見えているゐるのは、何の類(たぐひ)か知らないが、土地の人は、此浮巖(うきいは)の下に主(ぬし)が住んでゐると信じてゐる。(口碑)』(最後の丸括弧は二行割注)とあるだけがオリジナルで、その前の部分は丸々、本篇を使った訳なのである。それで「口碑」はおかしいだろ?! 大体、口碑なのに「五雜爼」や「琅琊代醉篇」「海内奇觀」なんて引用書が出るのはあり得ないよ! 実は、前のページには次に出る「鸚鵡石(あうむいし)」の項があるのだが、そこでは、ちゃんとオリジナルな内容を記しつつ、『「信濃奇談」に記されてゐる』と書いてあるのだ。これでは元恒・元鎧が如何にも可哀そうだ! ちゃんと「信濃奇談」にある、と書け! 藤沢衛彦! なお、因みにこの「浮巖」なるものは現存しないようである。

「赤須村」底本向山氏の補註に、『現、駒ケ根市赤須』とある。現在は赤須町とその東北に接して赤須東があるが、そこから最短で二・五キロメートル弱の位置に天竜川が南北に流れる(グーグル・マップ・データ)。

「五雜俎」「鹽井」の私の注を参照されたい。

「琅琊代醉篇〔らうやだいすいへん〕」同前。

「地肺〔ちはい〕・浮玉〔ふぎよく〕」前者は「五雜爼」の巻四の「地部二」に、

   *

荊州濟江西岸有地肺、洪潦常浮不沒、其狀若肺焉。故名。駱賓王吸金丹於地肺、卽此也。或云終南山、亦曰地肺。一云、太一山。

   *

とあった。また、南唐(九三七年~九七五年)の官僚であった劉崇遠の撰になる「金華子雜編」に、「地肺浮玉」の文字列を発見した。原本画像を参考にして写した。下線太字や句読点その他は私が勝手に附したものである。

   *

自登州岸一洲渡海卽至島。島有五所、卽禹貢之羽山、西漢梅福、自九江尉去隱爲吳門卒。今山陰有梅鄕。秋水汎溢時、南北二城、皆、有濡足之患。惟中潬屹然如故。相傳此潬隨水高下者所謂地肺浮玉者。「楞嚴經」云、「乾爲洲潬溼爲巨海」。

   *

よく判らぬ部分が多いのだが、「登州」は唐代から明初にかけて、現在の山東省煙台市と威海市にまたがる地域に置かれた州である。山東半島の大部分と言ってよい。「潬」は砂州を指す語で、「溼」は「濕(湿)」の同字であるから、どうもここに書かれたものが岩ではなく、砂の塊りである。「楞嚴經」は「りょうごんぎょう」と読み、「大佛頂如來密因修證了義諸菩薩万行首楞嚴經」の略称で現行では「首(しゅ)楞厳経」とも呼ばれる。全十巻。般刺密帝(ばんらみたい)訳で禅法の要義を説いたものである。私は寧ろ、「濡足之患」というのに目が惹かれる。これは或いは風土病のようなものではなかろうか?

「海内奇觀」明楊爾曾編になる図入りの地理書か。

「浮山在安慶府城縣東九十里」「浮山は安慶府城縣の東、九十里に在り」。よく判らぬが、現在の安徽省銅陵市樅陽県浮山鎮に浮山(現在は安徽浮山国家地質公園か。グーグル・マップ・データ)という名勝地がある。ももたろう氏のブログ「ももたろうの中国ぶらり旅日記」のこちらに、「浮山」の解説(写真一枚あり)があり、『安慶市樅陽県の北の』三十六キロメートル『の所にあります』。『観光地区の総面積は』二百平方キロメートル『あり、安徽省五大名山の』一『つで、全国名山洞』三十六『のうちの一つに数えられています』。『蛙や白鳥に似た怪石(変わった石)や』七十二『の洞穴などがあります』。『浮山は約』一『千年前の南朝の頃、仏教の景勝地として、天台宗の創立者の智者大師が「浮山寺」を建設しました』。『その後、曹洞宗7代祖の遠禄禅師が浮山に入り、領地を広げ』、『宋仁宗の敕建華俨寺』(ちょくけんかげんじ)『を造りました』。『その後も増設を繰り返し、一時は僧・尼あわせて』千『人を超えるほど』、『繁栄していたそうです』とある。これは元恒先生、これは怪異でも何でもありませんよ。ネットで現地の画像を何枚か見ましたら、「なるほど!」と判りました。下方部分に多数の洞窟が掘られたために、岩塊群の下方部分が奥に抉れるようになっていて、岩山全体が浮いたように見えるからだと思いますぜ。]

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