梅崎春生 美談にもの申す (エッセイ未電子化分)
[やぶちゃん注:これは梅崎春生が昭和三五(一九六〇)年四月十七日号から翌年八月六日号までの『週刊現代』に六十七回に亙って連載したコラム「うんとか すんとか」の連載第二十八回目の昭和三五(一九六〇)年十月二十三日号掲載分である。底本は「梅崎春生全集」第七巻(昭和六〇(一九八五)年四月刊)に拠った(底本には「うんとか すんとか」の内の二十九篇のみが載る)。昨日、知人より未電子化であるとの指摘を受けたので、急遽、電子化した(うっかりと未電子化のまま忘れていた経緯については前の「かん違い」の冒頭の私の注を参照されたい)。]
美談にもの申す
私は割に新聞を丹念に読むたちだが、ことに好んで読む記事のひとつに、あの「もの申す欄」とか「苦情欄」とかいうのがある。たいへん面白い。
読者が不満を投書する。苦情係の記者が相手のところにインタビューに行く。すると相手は恐縮して(恐縮しない場合もあるが)弁解したり、善処を約束したりする。その成行きがなかなか面白い。
不満がさらさらと片付けられた、そのカタルシスの快感のようなものがある。
私は一度でもいいから、あの苦情係の記者になって、相手方のところに秉り込んで見たいと思う。あれはきっと諸国漫遊の水戸黄門のような気分がするのではないだろうか。
「余は水戸黄門光圀なるぞ」
「ははっ」
と相手の悪代官が平伏する。いい気分がしないわけがない。
ある週刊誌に苦情係記者の書いた手記によると、相手にもいろいろあって、恐縮型、慇懃(いんぎん)無礼型、泣き落し型、居直り型など、バラエティに富んでいるそうである。
まあ内輪に入れば、さまざまと面白い話もあるのだろう。
ウイークデイはそんな具合にして毎日楽しめるが、これが日曜日になるとがらりと趣きがかわる。苦情が美談になるのである。
どの新聞も一斉に美談とかわるのだから、日曜と美談とは何か関係があるのだろう。そう思っていろいろ考えてみたが、よく判らない。
おそらく日曜は休みであるからして、朝起きてものんびりしている。のんびりした気分のところに、殺伐な苦情を押しつけるのは適当でない。うるわしい心あたたまる話を当てがってやろうという新聞社の親心なのだろうか。
その折角の親心にもかかわらず、美談というやつはさっぱり面白くない。
ことに投書の美談は、どこそこでうちの婆さんがころんだら、女子学生が親切にたすけ起して呉れたとか、どこそこの店で気分が悪くなったら店員が薬を呉れたとか、実に他愛のないものばかりで、読んでもいっこう感心しない。
これも相手が出ることがあるが、たいていの場合その相手は、
「あたりまえのことをしただけですのに」
と、はにかむのが常のようであるし、その上役の談では、
「あの人は勤務成績がよく、性質も明朗で……」
と、ほめるのが、しきたりになっている。
こんな紋切型を読んで、感動する読者がいるだろうか。美談というからには、人を感動させなくちゃいけない筈なのに、ただしらじらしい気分になるのは、どういうものだろう。
つまり「苦情」の方は血の気が通っているが、「ありがとう」の方には血の気が通っていないのだ。
何だかつくられたような感じがするところに、美談の面白くなさがある。
戦争中、戦場のことを書いた三面記事があまり面白くなかったのは、日本の兵隊がこんなに強かったとか、勇敢だったとか、そんな美談にみちあふれていたからである。
あんまりばかばかしくて、今でも印象に残っている美談(?)の一つに、次のようなのがあった。
敵弾が飛んで来て、ある日本の勇士の左腕をふっ飛ばした。勇猛なるその勇士は、なにくそとばかりその左腕をつかんで、敵陣めがけて投げつけた。次の瞬間、勇士はあっと叫んだ。
「あっ、しまった。あの腕には、腕時計がついていた。もったいないことをしたなあ」
そういう事実が実際戦場であったのかどうか、私は知らない。おそらくうそだろうと思う。
いくらなんでも、腕と時計は引換えにならないだろうし、第一腕をふっ飛ばされたら、痛みと出血で、投げつける気力が出よう筈もない。
では、どうしてこんなばかな話が記事になったかというと、察するに、大君のために命を鴻毛(こうもう)の軽きに置く、という考え方がある。
そこから人間の生命に対する軽視が生れる。つづいて人間の肉体に対する蔑視が生じて、忠義の為には自分の腕なんかどうでもいい、無価値である、という考えが導かれる。
腕時計の方は忠義と関係なく、もともとの価値を保有しているが、腕の方の価値が大下落したもんだから、前述の如き勇士の奇妙な嘆息となってあらわれたのだろう。
しかし、はたの者がその嘆息をするのなら、まだ話が判るが、ふっ飛ばされた当人がそんな嘆息を洩らすなんて、きわめて不自然であり、陰惨である。
それを美談として報道したジャーナリズムも陰惨であり、それを受け入れた読者のあり方も、非人間的という点で陰惨である。
どうも美談というやつは、悪談(美談の反対の談という意味だ)にくらべて、人間性を歪めるという点で、腑(ふ)におちないことが多い。
この間も投書の日曜美談に次のようなのがあった。
自分は耳の不自由なものだが、同じ耳の悪い友達二人とある食堂で食事をし、出ようとしたところ、代金が支払いずみになっているのでびっくりした。聞いてみると隣の座席にいた人が、手真似で話し合っている私たちに同情し、お金を払って黙って行ってしまったらしい。
「ぜひお礼を申し上げたいのですが、お名前もわかりません。ありがとうございました」
と結んである。
この投書はM新聞に出ていたが、同じ投書が同じ日のA新聞にも出ていた。二重投稿というやつだろう。
同じ投書と書いたけれども、内容はちょっと食い違いがあり、A新聞の方は、そばにいた中年の紳士が眼の前で支払って呉れたようになっている。どうもそこらが怪しい。
しかしその怪しさをつくのが私の目的ではない。もっぱらその内容について書く。
私はこの投書を一読した時、何かいらだたしい違和感を感じた。何かが歪んでいるという感じが、まっさきに来た。
結論的に言うと、これは「ありがとう欄」ではなく「苦情欄」に出すべき内容であると思う。
先の「ぜひお礼を……」云々の件は次のように訂正する。
「どうしてそんなおせっかいをするのですか。お名前を知らせて下さい。代金はお返ししますから」
それなら私は納得するだろう。
隣席で食事をしている連中の代金を、そっと支払って去る野郎(投書では紳士になっているが)の、感傷的な行動がまず気にくわない。
それは本質的には、人を傷つける行為なのである。人を傷つけながら、自分ではいいことをしたつもりになっている。その独善的な思い上りに、私は腹を立てる。
あのうるさい「愛の鐘」を打ち鳴らす婆さん連中の思い上りもそれと同じである。
そういう仕打ちをされながら「ぜひお礼を申し上げたいのですが」などと投書する人間の気持も、また奇怪なものではないか。
どうもにせものじゃないかという気がする。
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