北原白秋 邪宗門 正規表現版 嗅煙艸
嗅 煙 艸
『あはれ、あはれ、深江(ふかえ)の媼(おば)よ。
髮も頰(ほ)も煙艸色(たばこいろ)なる、
棕櫚(しゆろ)の根に蹲(うづく)む媼(おば)よ。
汝(な)が持てる象牙(ざうげ)の壺(つぼ)は
また薰(くゆ)る褐(くり)なる粉(こな)は
何ぞ。また、せちに鼻つけ
淚垂れ、あかき眼(め)擦(す)るは。』
このときに渡(わたり)の媼(おうな)
呻(によ)ぶらく。『わが葡萄牙(ほるとがる)、
こを嗅(か)ぎてわかきは思ふ。』
『さらば、汝(な)は。』『責(せ)めそ、さな、さな、
養生(やしなひ)を骸(から)はただ欲(ほ)れ。
さればこそ、この嗅煙艸(かぎたばこ)。』