北原白秋 邪宗門 正規表現版 紐
紐
海の霧にほやかなるに
灯(ひ)も見ゆる夕暮のほど、
ほのかなる旅籠(はたご)の窓に
在(あ)るとなく暮(く)れもなやめば、
やはらかき私語(ささやき)まじり
咽(むせ)びきぬ、そこはかとなく、
火に燒くる薔薇(さうび)のにほひ。
ああ、薔薇(さうび)、暮れゆく今日(けふ)を
そぞろなり、わかき喘(あへぎ)に
圖(はか)らずも思ひぞいづる。
そは熱(あつ)き夏の渚邊(なぎさべ)、
濡髮(ぬれがみ)のなまめかしさに、
女(をみな)つと寢(ね)がへりながら、
みだらなる手して結びし
色紅(あか)き韈(くつした)の紐(ひも)。
[やぶちゃん注:以下に添えたものは、添えたものは、本篇のみを抽出して縦書ルビ化したものを文字色を変更してPDFに変換後、それをJPGにさらに変換し、ソフトでさらにトリミング加工したものである。]