北原白秋 邪宗門 正規表現版 一瞥
一 瞥
大月(たいげつ)は赤くのぼれり。
あら、靑む最愛(さいあい)びとよ。
へだてなき戀の怨言(かごと)は
見るが間(ま)に朽ちてくだけぬ。
こは人か、
何らの色(いろ)ぞ、
凋落(てうらく)の鵠(くぐひ)か、鷭(ばん)か。
後(しりへ)より、
冷笑(れいせう)す、あはれ、一瞥(いちべつ)。
我(われ)、こころ君を殺(ころ)しき。
三十九年七月
[やぶちゃん注:最終行は私は「こころ」の後に読点を打つか、字空けを施したいくはなる。
「鵠(くぐひ)」白鳥の古名。カモ目カモ科Anserinae 亜科に属する広義のハクチョウ類を指す。同亜科はハクチョウ属Cygnus・カモハクチョウ属 Coscoroba の二属に分かれ、ハクチョウ属にコブハクチョウCygnus olor・コクチョウCygnus atratus(和名の通り、ハクチョウ属であるが、成長するにつれて黒くなる)・クロエリハクチョウCygnus melancoryphus・オオハクチョウCygnus cygnus・ナキハクチョウCygnus buccinator・コハクチョウCygnus columbianus が、カモハクチョウ属にカモハクチョウ Coscoroba coscoroba がいるが、本来、古来から本邦に自然に飛来して来る種はオオハクチョウ Cygnus Cygnus とコハクチョウ Cygnus columbianus の二種のみであった。博物誌は私の「和漢三才圖會第四十一 水禽類 天鳶(はくちやう)〔ハクチョウ〕」を見られたい。
「鷭(ばん)」ツル目クイナ科 Gallinula属バン Gallinula chloropus。成鳥は黒い羽毛に蔽われるが、背中の羽毛は多少、緑色を帯びる。上記最後のそれからは、成鳥の場合はバンと二種を見間違えることはあり得ないが、オオハクチョウもコハクチョウも幼鳥は灰色を帯びるから、実際のそれらを遠目で見たならば(ここは実際の鳥ではないのだが)、バンと識別出来ない可能性はないとは言えない。博物誌は私の『和漢三才圖會第四十一 水禽類 鷭 (バン) 附 志賀直哉「鷭」梗概』を見られたい。]