北原白秋 邪宗門 正規表現版 さならずば
さならずば
わが家(いへ)の
わが家(いへ)の可愛(かあ)ゆき鴿(はと)を
その雛(ひな)を
汝(なれ)せちに戀ふとしならば、
いでや子よ、
逃(のが)れよ、早も邪宗門(じやしゆうもん)外道(げだう)の敎(をしへ)
かくてまた遠き祖(おや)より傳(つた)ヘこし秘密(ひみつ)の聖磔(くるす)
とく柱より取りいでよ。もし、さならずば
もろもろの麝香(じやかう)のふくろ、
桂枝(けいし)、はた、沒藥(もつやく)、蘆薈(ろくわい)
および乳(ちち)、島の無花果(いちじゆく)、
如何に世のにほひを積むも、――
さならずば、
もしさならずば――
汝(なれ)いかに陳(ちん)じ泣くとも、あるは、また
護摩(ごま)炷(た)き修し、伴天連(ばてれん)の救(すくひ)よぶとも、
ああ遂に詮(せん)業(すべ)なけむ。いざさらば
接吻(くちつけ)の妙(たへ)なる蜜(みつ)に、
女子(をみなご)の葡萄の息(いき)に、
いで『ころべ』いざ歌へ、わかうどよ。
[やぶちゃん注:個人的には最終行は「いで、『ころべ』、いざ、歌へ、わかうどよ。」とあるべきと思う。
「沒藥(もつやく)」前の詩篇の私の注を参照されたい。
「蘆薈」現代仮名遣「ろかい」。単子葉植物綱キジカクシ目ススキノキ科ツルボラン亜科アロエ属 Aloe のアロエのこと。]