北原白秋 邪宗門 正規表現版 玻璃罎
玻 璃 罎
うすぐらき窖(あなぐら)のなか、
瓢狀(ひさごなり)、なにか湛(たた)へて、
十(とを)あまり圓(まろ)うならべる
夢(ゆめ)いろの薄(うす)ら玻璃罎(はりびん)。
靜(しづ)けさや、靄(もや)の古(ふる)びを
黃蠟(わうらふ)は燻(くゆ)りまどかに
照りあかる。吐息(といき)そこ、ここ、
哀樂(あいらく)のつめたきにほひ。
今(いま)しこそ、ゆめの歡樂(くわんらく)
降(ふ)りそそげ。生命(いのち)の脈(なみ)は
ゆらぎ、かつ、壁にちらほら
玻璃(はり)透(す)きぬ、赤(あか)き火の色。
三十九年八月