北原白秋 邪宗門 正規表現版 渚の薔薇
渚の薔薇
紀(き)の南(みなみ)、白良(しらら)の渚(なぎさ)、
荒き灘(なだ)高く碎(くだ)けて
天(そら)暗(くら)う轟(とどろ)くほとり、
ひとならび夕陽(ゆふひ)をうけて
面(おも)ほてり、むらがり咲ける
色紅(あか)き薔薇(さうび)の族(ぞう)よ。
瞬(またた)く間(ま)、間近(まぢか)に寄せて
崩(なだ)れうつ浪の穗を見よ。
今しさと滴(したた)るばかり
激瀾(おほなみ)の飛沫(しぶき)に濡れて、
彌(いや)さらに匂ひ閃(ひら)めく
火のごとき少女(をとめ)のむれよ。
寄せ返し、遠く消えゆく
鹽漚(しほなわ)暗き音(ね)を聽け。
ああ薔薇(さうび)、汝(なれ)にむかへば
わかき日のほこりぞ躍る。
薔薇(さうび)、薔微(さうび)、あてなる薔薇(さうび)。
[やぶちゃん注:「白良(しらら)」和歌山県西牟婁郡白浜町にある砂浜海岸である白良浜(しららはま:グーグル・マップ・データ)。私も行ったことがある。
「族(ぞう)」「ぞく」の音変化で「一族・子孫」の意。
「鹽漚(しほなわ)」打ち寄せる泡立つ波のこと。]