北原白秋 邪宗門 正規表現版 砂道
砂 道
日の眞晝(まひる)、ひとり、懶(ものう)く
眞白なる砂道(さだう)を步む。
市(いち)遠く赤き旗見ゆ、
風もなし。荒蕪地(かうぶち)つづき、
廢(すた)れ立つ礎(いしずゑ)燃(も)えて
烈々(れつれつ)と煉瓦(れんぐわ)の火氣(くわき)に
爛(ただ)れたる果實(くわじつ)のにほひ
そことなく漂(ただよ)ひ濕(しめ)る。
數百步、娑婆(しやば)に音なし。
ふと、空に苦熱(くねつ)のうなり、
見あぐれば、名しらぬ大樹(たいじゆ)
千萬(ちよろづ)の羽音(はおと)に糜(しら)け、
鈴狀(すずなり)に熟(う)るる火の粒
潤(しめ)やかに甘き乳(ち)しぶく。
樂欲(げうよく)の渴(かわき)たちまち
かのわかき接吻(くちつけ)思ひ、
目ぞ暈(くら)む。
眞夏の原に
眞白(ましろ)なる砂道(さだう)とぎれて
また續く恐怖(おそれ)の日なか、
寂(せき)として過(よ)ぎる人なし。
三十九年八月
[やぶちゃん注:最終連は、読みを排除すると、
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眞夏の原に
眞白なる砂道とぎれて
また續く恐怖の日なか、
寂として過ぎる人なし。
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と、文字列が下で並んで、視覚上でもコーダとなっていることが判る。]