北原白秋 邪宗門 正規表現版 煙草
煙 草
黃(き)のほてり、夢のすががき、
さはあまきうれひの華(はな)よ。
ほのに汝(な)を嗅(か)ぎゆくここち、
QURACIO(キユラソオ)の酒もおよばじ。
いつはあれ、ものうき胸に
痛(いたみ)知るささやきながら、
わかき火のにほひにむせて
はばたきぬ、快樂(けらく)のうたは。
そのうたを誰かは解(と)かむ。
あえかなる罪のまぼろし、――
濃(こ)き華の褐(くり)に沁みゆく
愛欲(あいよく)の千々(ちぢ)のうれひを。
向日葵(ひぐるま)の日に蒸すにほひ、
かはたれのかなしき怨言(かごと)
ゆるやかにくゆりぬ、いまも
絕間(たえま)なき火のささやきに。
かくてわがこころひねもす
傷(いた)むともなくてくゆりぬ、
あな、あはれ、汝(な)が香(か)の小鳥
そらいろのもやのつばさに。
四十年九月
[やぶちゃん注:「すががき」「淸搔」。二度、既出既注であるが、再掲する。幾つかの意味があるが、原義を当てる。和琴(わごん)の手法の一つで、全部の弦を一度に弾いて、手前から三番目又は四番目の弦の余韻だけを残すように、他の弦を左指で押さえるもの。
「QURACIO(キユラソオ)」この綴りは何語をもとにしているのか不審。リキュールの一種である Curaçao(フランス語)であることは疑問の余地はない。やはり複数回既出既注であるが、再掲しておく。古くからオランダが主産地で、現在もオランダ自治領であるカリブ海のクラサオ(キュラソー)島特産のビター・オレンジの未熟果の果皮を乾燥させ、基酒であるラムに浸出したもの。フランス産キュラソーはブランデーを基酒とする。オレンジ色のオレンジ・キュラソーや無色のホワイト・キュラソーなどがあり、アルコールは約四十度と高く、カクテルによく用いられる。ブルー・キュラソーの色がよく知られるが、オレンジ・キュラソーを樽熟成させたものは褐色を帯びる。
「怨言(かごと)」「託言(かごと)」。複数回既出既注。古語で「不平・愚痴・恨みごと」の意がある。]
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