北原白秋 邪宗門 正規表現版 紅玉
紅 玉
かかるとき、
海ゆく船に
まどはしの人魚(にんぎよ)か蹤(つ)ける。
美くしき術(じゆつ)の夕(ゆふべ)に、
まどろみの香油(かうゆ)したたり、
こころまた
けぶるともなく、
幻(まぼろし)の黑髮きたり、
夜(よ)のごとも
わが眼(め)蔽(おほ)へり。
そことなく
おほくのひとの
あえかなるかたらひおぼえ、
われはただひしと凝視(みつ)めぬ。
夢ふかき黑髮の奧(おく)
朱(しゆ)に喘ぐ
紅玉(こうぎよく)ひとつ、
これや、わが胸より落つる
わかき血の
燃(もゆ)る滴(したたり)。