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2020/12/20

御伽比丘尼卷四 ㊃虛の皮かぶる姿の僧 付 越中白山のさた

 

   ㊃虛(うそ)の皮かぶる姿の僧付越中白山〔しらやま〕のさた

 世の諺に「商人(あきんど)と屏風は直(すぐ)にてはたゝず」といひし、むべなるかな。左はいへれど、利分あるを、なき㒵(がほ)にしらじら敷(しく)いひのゝしらんは、我ながら、恥かはしき心ちぞせめ。まして、其外の虛言(そらごと)をや。實(げに)僞(いつわり)のなき世なりせば、と讀(よみ)しも、さることに思ひ合(あは)さる。

 いつの比ほひにか在けん、いせの松坂の町に冨祐(ふゆう)の人あり。名は、さだかならず。はるけき東の都に店をかまへ、からの、やまとの絹卷物、あけ行〔ゆく〕春のあしたより、霞の衣、さまざま、夏の夕(ゆふべ)の、かぜかほる、あやめかたびら、引はへて、しのぶもぢずり、誰(たれ)ゆへに、みだれがうしのなら晒(ざらし)、四季折々の衣服、夜を追(をい)、日をかさねて、くだす家にし侍れば、誠に時めく粧(よそほひ)なりし。

 娘、ひとり、もてり。年は十五に、ひとつ、ふたつ斗〔ばかり〕、おもざし、たぐひなく、貴妃の笑(ゑみ)、西施が百(もゝ)の媚(こび)ある粧を、そねむ斗(ばかり)なれば、戀しのぶ者、多かりしが、ある日、

「いと、かり初(そめ)の風〔かぜ〕の心ち。」

と、いひて、いたはりしに、父母(ちゝはゝ)、したしき人々、驚(おどろき)、医師を賴(たのみ)、藥術、手を盡し、神に祈(いのり)、仏にかこつに、しるしなく、惜(おし)や、無常のあらし、つぼめる花をちらして、やよひの中の五日、つゐに、むなしくなりてげれば、父母の歎(なげき)は更也、よその哀(あはれ)も今更、袖をひたしぬ。

 なきがらは、けうとき㙒部(のべ)に送り捨(すて)て、七日七日〔なぬかなぬか〕のあと、ねむごろに吊(とひ)給ひし。

 されば、行水〔かうすい〕の流(ながれ)はやく、月日、又、おなじき習ひなれば、悲しかりし年もくれて、又のやよひは一周忌の追善など催しける夕〔ゆふべ〕、恠(あやし)き僧、ひとり、彳(たたづみ)、

「何やのたれは、是〔ここ〕にて侍らずや。あるじに對面申〔まうし〕たき事の候。」

といふに、亭主、立出、

「いかなれば、かく御尋あるぞ。」

と、

「さればこそとよ、我は是〔これ〕、一所不住の僧にて、諸國を修行いたし侍る。去(さり)しとしの、みな月比は、越中のしら山、ぜんじやうし侍るに、山なかばにて、としの比、十六斗なる娘、此僧を呼(よび)かけ、

『恥かしながら、わらはは、いせの松坂の何かしが娘、千世(ちよ)と申〔まうす〕者に侍り。かうかうの事に、病(やまい)づきて、むなしくなり侍りしが、日比、人に戀しのばれし罪障の山、霧、ふかく、行(ゆく)べき先も見えず、かく、中有(ちうう)の旅に迷ひ侍る。今、たまたま諸國修行の御僧と見奉りて賴申(たのみ〔まうす〕)に侍り。相〔あひ〕かまへて、此事を語りつたえ、なき跡を、とはしめ給へ。』

と、云〔いふ〕。

『さるにても、何をもつてか、君にあひける證據とし侍らんや。』

と、いへば、懷(ふところ)より白き着(きる)物の、ぬひある、かた袖、とり出し、

『是こそ自(みづから)が心に入〔いれ〕て、日比、祕藏しける。執心、つよく殘りて、かた袖をとり歸りて、今、身に隨(したが)へ侍り。此殘(のこり)は、そこそこの長持(ながびつ)[やぶちゃん注:漢字はママ。]の中にあるべし。是を證據に申さ[やぶちゃん注:ママ。「申され」の脱字か。]給へ。』

と、かた袖を渡し、かきけちて、うせぬ。是、御覽あれ。」

と、さし出す。

 手にとるに、げにも、娘のひざうしける小袖也。敎(をしへ)し長櫃(〔なが〕びつ)のふたを明〔あけ〕、とり出〔いだし〕てみるに、かた袖はちぎれて、跡斗〔ばかり〕殘れり。

 此時に社(こそ)、一しほ、驚(おどろき)、

「扨は。疑(うたがふ)べくもなき我が娘にて侍り。」

と、父母、もろ友、今更、なげき、悲しみあひける。

「時しも社(こそ)あれ。けふ、一周忌の夕(ゆふべ)、かゝる事を聞〔きく〕といひ、目〔ま〕のあたり、此きどくを御覽ありし御僧なれば、誠の『いきぼとけ』にこそ侍れ。是に暫(しばし)おはして、なき跡をも吊ひ、われわれをも敎化(きやうげ)し給はれかし。」

といへど、

「末はるかなる修行のたびなれば、心いそぎ侍る。」

などいひて、立出〔たちいづ〕るを、引とゞめ、

「是非。左樣におはしまさば、娘成仏の追善、いかならん事をも、なし給はれ。」

と、黃金(わうごん)、そこばく、取出〔とりいだ〕し、僧に、あたふ。

 僧、是をうけとりて、いとまこひ、出〔いで〕て行〔ゆき〕ぬ。

 此家の手代、何がしとかやいふ、才智發明の男、始終、此物がたりをば聞〔きき〕ゐけるが、いと不審(いぶかしく)、跡につゐて、僧をしたひ行〔ゆく〕事、二里餘(あまり)、こなたなる在所の、ある家に入〔いり〕しを、かたへの窓より、さし覗(のぞけ)ば、死〔しに〕給ひし娘のこしもと、「つた」といヘる女、少〔すこし〕子細ありて、とくに追出(をい〔いだ〕)されしが、爰にありと見ゆ。僧は此者が夫なりしが、世わたらひ、貧(まづしく)、ふたりもろ友、かゝる謀(はかり)をなしけると見えしほどに、やがて、家に入〔いり〕て、二人ともにとらへ、糺明(きうめい)しけるに、悉(ことごとく)、顯(あらは)れけり。

 件(くだん)のかた袖は、こしもと、彼〔かの〕家を追出されける時、ひそかに引〔ひき〕ちぎり、出〔いで〕けるとぞ。

 いと愧(おそろしき)心ばヘには在〔あり〕けり。かく、跡がたもなき空(そら)ごとなれば、黃金をも、とりかへしけり。

 實(げに)、此御山にて、かゝるゆうれいに逢ける事、まゝおほし、と、いひつたへたれば、左も有なん。それは、まこと、是は僞(いつはり)にてありき。

「誠に案(あん)ふかき手代なりし。」

と、各(おの〔おの〕)かんじあへり。

 

[やぶちゃん注:「越中白山」石川県白山市と岐阜県大野郡白川村にまたがる標高二千七百二メートルの白山(はくさん)。古くからの山岳信仰の対象で、中世には白山修験の霊山として栄えた。但し、「越(こし)の白峯(しらね)」「白山(しらやま)」とは呼んでも、「越中」を頭には冠さない。

「商人(あきんど)と屏風は直(すぐ)にてはたゝず」商人は客の機嫌を損ねぬように、常に自身の感情は押さえて、客と向き合わない限り、繁昌することは難しいの意で、かなり知られた諺である。但し、屏風が折り曲げないと立たないというのを、これは好意的に解釈して、平身低頭して腰を「屈めて」応対すると採ったもので、実は逆に悪意でとる解釈もあるらしく、その場合は、「曲がった」理に反するあくどい商売をしない限りは、成功しないという意味とするものもある。

「實(げに)僞(いつわり)のなき世なりせば」「古今和歌集」の「仮名序」に引用され、同歌集の巻第十四「戀歌四」に「よみ人しらず」で出る、

 僞(いつは)りの

    なき世なりせば

  許(いかばかり)

      人の事(こと)の葉(は)

     うれしからまし

である。

「あやめかたびら」「菖蒲帷子」。古く旧暦五月五日の端午の節供から、同月中を通して着た単衣(ひとえ)の着物。晒しの布を紺地白に染めもので、京では、その家の使用人などに着せ与えたりした。

「くだす」娘の求めるままに「買い与える」の意であろう。それが執心の伏線となっているのである。

「そねむ」この主語は「貴妃」や「西施」でさえ嫉むほどの美しさであった、という逆転した謂いである。

「かこつ」頼る。

「七日七日〔なぬかなぬか〕」初七日から四十九日まで、七日目毎に営む追善供養。

「ぜんじやう」「禪定」。この場合は、修験道で白山・立山などの高い山に登って行う修行を指す。

「中有(ちうう)」衆生が死んでから次の縁を得るまでの間。四有の一つ。仏教では無限に生死を繰り返す生存の時空間を四種に分け、衆生の生を受ける瞬間を「生有」、死の刹那を「死有」、生有と死有の中間を「本有」とし、死後、次の生有までの審判が行われる猶予のそれを「中有」とする。「中陰」とも呼ぶ。歴史的仮名遣は「ちゆうう」でよい。

「此御山にて、かゝるゆうれいに逢ける事、まゝおほし、と、いひつたへたれば」これは事実。白山やその近くの立山などの霊験あらたかな山に禅定・行脚した修験者や僧が、死者の霊に遇った、現在地獄に苦しむ姿を見たという怪談は、私の「怪奇談集」でも枚挙に暇がない。]

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