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2020/12/15

南方熊楠 本邦に於ける動物崇拜(17:蛇)

 

 〇蛇、紀州に齒痛む者、他人の打殺せる蛇を貰ひ受け、埋めて之に線香を供え[やぶちゃん注:ママ。]、拜し念じて效ありと信ずる人有り、山二二七頁に、白蛇崇拜は僞經より出たる事也とあり、されど輟耕錄卷七に、趙生薪を伐て業とし貧なりけるが、山に入て巨蛇章質盡く白きを見、逃げ歸りしが、白鼠白蛇は寶物の變成せる也てふ事を思ひ出し、往て搜て金銀を夥く得たる由見ゆれば、白鼠白蛇を大黑と辨財天の使令とするは、漢土にも世々云ふことらしゝと類聚名物考卷三三七に云り。

 

[やぶちゃん注:「山二二七頁に、白蛇崇拜は僞經より出たる事也、とあり」『山中笑「本邦に於ける動物崇拝」』に、

   *

白蛇 辨才天の使者、又は、化身として崇拜さるれど、經文に、其證、無し。頓得如意寳珠陀羅經上略其形如天女頂上有寳冠中有白蛇中略此神王身如白蛇如白玉下略とあれども、此經、僞經なること、沙門浮嚴の大辨才天秘訣に、詳に辨明あり。淨嚴は、最勝王經の大辨才天品は眞經なれど、自餘、悉く僞經なり、と說けり。大辨才天品には、白蛇に關せる文、なし。されば、白蛇崇拜は僞經より出たる、となり。白蛇の宇賀神說も、前記の僞經より、起りしなり。

   *

とあるのを指す。私は基本的に白蛇の崇拝は仏教以前に神道系の神使としてあったのではないかと思うている。

「輟耕錄卷七に、趙生……」「輟耕錄」は元末の一三六六年に書かれた学者で文人の陶宗儀の随筆。正式には「南村輟耕錄」(「南村」は宗儀の号)である。世俗風物の雑記であるが、志怪小説的要素もある。当該話は以下(「中國哲學書電子化計劃」のものを参考に一部の漢字を正字化して示したが、原本画像も視認出来る。と言っても、正字化はそれに従っているわけでもないことをお断りしておく)。「黃巢地藏」と仮標題するようである。

   *

趙生者、宋宗室子也。家苦貧、居閩之深山、業薪以自給。一日、伐木溪滸、所見一巨蛇、章質盡白、昂首吐舌、若將噬己。生棄斧斤奔避、得脫。妻問故、具以言。因竊念曰、「白鼠白蛇、豈寶物變幻邪。」。卽拉夫同往。蛇尚宿留未去、見其夫婦來、回首遡流而上。尾之、行數百步、則入一岩穴中、就啓之、得石。石陰刻押字與歲月姓名、乃黃巢手瘞。治爲九穴、中穴置金甲、餘八穴金銀無算。生掊取畸零、仍舊掩蓋。自是家用日饒、不復事薪。鄰家疑其爲盜、告其姊之夫嘗爲吏者。吏詢之嚴、不敢隱、隨饋白金五錠。吏貪求無厭、訟之官、生不獲已。主一巨室、悉以九穴奉巨室、廣行賄賂。有司莫能問、迨帥府特委福州路一官往廉之。巨室私献金甲、因回申云。具問本根所以、實不會掘發寶藏。其事遂絕。路官得金甲、珍襲甚、至任滿他適、其妻徙置下。一夕、聞繞榻風雨聲、頃刻而止。頗怪之、夫婦共取視、鐍鑰如故。啓籠、乃無有也。生無子、夫婦終老巨室。嗟夫、天地間物苟非我有、是雖得之亦終失也。巢之亂唐天下、剽掠寶貨、歷三四百年、至于我朝、而爲編民所得。民固得之、不能保之、而卒歸於富家。其路官者、得金甲、自以爲子孫百世計、一旦作神物化去。是皆可爲貪婪妄求者勸。

   *

訓読しようとも思ったが、調べたところ、「佛教大学論文目録リポジトリ」にある荒木猛氏の論文『「残唐五代史演義」における黄巢物語について』(『佛教大学文学部論集』二〇〇七年三月発行・PDFでダウン・ロード可能)の中で、最後の陶の評言部分を除いたメインの話を丁寧に現代語訳されておられるのを見つけので、以下に引用させて戴くこととした。

   《引用開始》

[やぶちゃん注:前略。]福建省のある貧しい樵夫が、ある日山中で一匹の白蛇に出会って驚き逃げ、家に帰って妻にそのことをしゃべったところ、妻はその白蛇は宝物の変化したものに相違ないとして、夫とともに再び蛇に出会った所にむかう。すると、先刻の蛇がまだそこにいて、二人を更に奥に導きある巌穴の所で姿を消した。夫妻はその巌穴を啓く[やぶちゃん注:「ひらく」。]と一つの石が出土した。しかもそれには名前や年月、花押などが刻されていた。そして、その名前などよりして、それが黄巢の墓であることが判明した。その墓をなおも掘ると、中から金甲の他に無数の金銀財宝が出てきた。かくしてかの夫妻は、にわか大尽となった。それで、近所の人々は、夫妻が盗みでも働いてこうなったのではと疑い、このことを役人に話した。すると役人は、夫妻を捕えて厳しくこれを追求した。夫妻は当局の追求に耐えきれず、遂にかの黄巢の財宝のすべてを某大尽の手にゆだねることとした。するとその大尽は、役所の上下に賄賂をばらまいた為、夫妻への当局の追求は一旦は消えた。しかし後に、福州路帥府の一役人がこのことを嗅付けまた追求しだした。大尽はやむなくこの役人に金甲を贈って口封じを計った。その後この役人は、別の所に転勤したが、かの金甲を家宝としていつもベットの下に隠していた。ある日ベットの下から風のような音がしたので、鍵を開いて籠の中を改めると、金甲はなくなっていた[やぶちゃん注:以下略。]

   《引用終了》

「章質」「しやうしつ」と読んでおく。蛇の体表の模様(「章」)も地肌(「質」)。

盡く白きを見、逃げ歸りしが、白鼠、白蛇は寶物の變成せる也てふ事を思ひ出し、往て搜て金銀を夥く得たる由見ゆれば、白鼠白蛇を大黑と辨財天の使令とするは、漢土にも

「世々」底本は『世間』であるが、初出で訂した。

「大黑天」ヒンドゥー教のシヴァ神の異名である「マハーカーラ」(漢音写「摩訶迦羅」)がインド密教に取り入れられ、「マハー」は「大」・「偉大なる」の意、「カーラ」は「時」・「暗黒」を意味することから、「大黒天」と名づけられて、中国仏教に於いて、青黒色をした憤怒相の護法善神となったが、本邦に伝来すると、特に室町以降に於いて、たまたま「大国主命」との音通により、両者を同一神とする信仰として習合されてしまい、民間に於いて財福神の側面が大きく打ち出された結果、所謂「七福神」の一柱として専ら知られるようになった。

「辨財天」仏教に於ける智慧・弁舌・技芸の女神。弁天・妙音天・美音天・大弁才功徳天も総て異名である。サンスクリット語「サラスバティー」の漢訳で、本来はヒンドゥー教の神であって、原義は「水を有するもの」を意味する女性名詞であった。アーリア人が東漸する際、各地の川を呼んだ名であり、アフガニスタンのカンダハル地方の古名アラコシアもそれに由来するとされ、インダス平原やガンジス平原にもこの名の川があった。ブラーフマナ文献では「言葉の神」とされ、ウパニシャッド哲学では「音楽神」とされた。ヒンドゥー教のこれらの概念を受け、仏教に弁才天を登場させたのが、「金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうきょう)」で、弁才天は、この経を説く人や、聞く人に、知恵・長寿・財産を授けると述べられてある。その図像的表現は八臂(はっぴ)又は二臂で、身色端厳にして、女形では琵琶を持つことがある。日本では財産神としての側面が信仰された結果として「弁財天」と書かれるようになり、また「七福神」の一柱とされた。水辺に祀られることが多く、また、水と関係ある蛇と結び付けられることも多い。弁才天と結び付けられる神に宇賀神があるが、「宇賀」の名がサンスクリット語「ウラガ」(蛇の意)に似ることに拠るとも考えられる(以上は小学館「日本大百科全書」に拠った)。実際、宇賀神は蛇形に造立することが多い。

「類聚名物考卷三三七に云り」「類聚名物考」は「鶺鴒」パートで既注。著者山岡浚明(まつあけ)は同巻の「雜部」の「吉瑞」の「白鼠 白蛇」の項(左ページ上段)で、先の「輟耕録」の話の「不復事薪」の部分までを引いた後に、

   *

今案に世俗に白鼠ハ 大黑天の使令とし蛇ハ辨財天の使令として福神の下屬といふ是西土の書にも世にもいふ事と見ゆ

  *

と記している。]

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