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2020/12/21

南方熊楠 本邦に於ける動物崇拜(22:鰻)

 

 ○鰻、紀州の某所に片目の鰻あり、之に祈れば必ず雨ふるといふ事紀伊國名所圖會に有しと覺ゆ、伊豆三島の神、鰻を神使とする由、明良洪範、東海道名所記等に見えたり、多島海人、鰻及び「ハモ」を神とする事Waitz und Gerland,‘Anthropologie der Naturvölker’ 6te Teil, Leipzig, 1872. s.  280,296. に出たり、老媼茶話に、慶長十六年、蒲生秀行只見川に毒を流す前に、大鰻僧に化け來て之を止めんとせし事を載す、今も紀州に大鰻池の主なりと傳ふる所あり。

 

[やぶちゃん注:本邦産は条鰭綱ウナギ目ウナギ亜目ウナギ科ウナギ属ニホンウナギAnguilla japonica 及びオオウナギ Anguilla marmorata。ニホンウナギは朝鮮半島・中国大陸・フィリピンなど、東アジアを中心に広汎に分布し、マリアナ海溝付近で産卵していることが近年の調査で明らかなっており、オオウナギの分布はより広範囲で、アフリカ東岸からフランス領ポリネシアに至り、産卵場はフィリピン南部の深海と推測されている。因みに、中国には他に他種が複数棲息しているものと思われる。ここで熊楠は「多島海」(ポリネシア)を挙げているので、その場合はオオウナギであるとするのが正確かと思う。鰻を神仏の使者として食べない地域を私は幾つか知っている。最も知られているのは岐阜県郡上市美並町粥川(かゆかわ/かいかわ)地区であろう。ここで尊崇される仏が虚空蔵菩薩でその使者が鰻であるからとも、また、この辺りに跋扈していた「さるとらへび」(猿虎蛇:頭は猿、胴体は虎、尾は蛇という鵺(ぬえ)的なハイブリッドな妖獣)なる化け物を討つために遣わされた藤原高光(天慶二(九三九)年?~正暦五(九九四)年)が山中で迷った際、鰻が川を泳ぎながら道案内をし、退治できたという伝承に基づくともされ、実際にこの地区では鰻を食べず、公的にも鰻を保護して捕獲も禁止されている(国の天然記念物指定)。また、栃木県栃木市平井町にある太平山神社では、鰻がこの地まで神(現在、主祭神は瓊瓊杵命(ににぎのみこと)・天照皇大御神・豊受姫大神であるが、次の次のリンク先を参照)を乗せて来たという言い伝えがあり、同神社では鰻は禁忌食物となっている(公式サイト参照)。いや、サイト「龍鱗」の「太平山と鰻」によれば、嘗ては栃木の人は鰻を食わなかったし、それは他国にも知れ渡っていた、という驚くべきことが書かれているのである。そしてそれは、前に出した星宮の信仰と関わるのであって、『神道としては三光神社といって日(天照大神)・月(月読命)・星(瓊々杵命)を祀るが、仏教では星の宮と呼んで虚空蔵菩薩が本尊である。神仏分離で虚空蔵菩薩は一時荒れ果てたが、今は表坂の中腹に立派な六角堂が建てられ祀られている。栃木の人は日参・月詣りと信仰が厚かった』とあり、虚空蔵で鰻と繋がるのである。他にも、以前に泊まったことがある鹿児島県指宿市山川町の鰻池集落には、本邦でも珍しい「鰻」姓の一族が住んでおられ、村社を覗いたところ、奉名帳にびっしりと鰻姓の名前が記されてあった。この部落というか、「鰻」姓の一族は代々、鰻を食べない。嘗て食べて亡くなった人がいるとも、宿の鰻さんから、直接、聴いた。

「紀伊國名所圖會」文化八(一八一一)年から嘉永四(一八五一)年にかけて刊行された紀伊国の寺社・旧跡・景勝地の由緒や来歴を実景描写の挿絵と解説で紹介した地誌書。全十八巻二十三冊からなる。当初の企画・執筆・出版は和歌山城下の出版人であった七代目帯屋伊兵衛こと高市志友(たけちしゆう)で、三編完成前に志友が没した後は紀州藩御抱え絵師が加わり、後編では第十代藩主徳川治宝(はるとみ)の命により、加納諸平が編集に当たるなどし、次第に紀州藩主導の刊行事業となった。ネット上で版本を視認出来るが、あまりに膨大で、目録を縦覧した限りでは「片目の鰻」らしき対象は見当たらなかった。発見したら、追記する。

「伊豆三島の神、鰻を神使とする」現在の伊豆の三嶋大社は大山祇命・事代主神を祭神とするが、古くは三島(嶋)大明神を祀っていたのであり、三嶋大社は記紀神話の神ではなく、本来は伊豆諸島の造島神であったとする説も有力である。三嶋大社の神使は鰻とされる。あそこで鰻を食べるのが、私の楽しみの一つである。

「明良洪範」(めいりょうこうはん)は江戸中期の逸話・見聞集。十六世紀後半から十八世紀初頭までの徳川氏・諸大名その他の武士の言行・事跡等、七百二十余項目を集録する。江戸千駄ヶ谷の真言宗聖輪寺(しょうりんじ)の住持増誉の著。全二十五巻・続編十五巻。成立年は不詳。膨大で、調べる気にならない。悪しからず。

「東海道名所記」名所図会シリーズで一世を風靡した秋里籬島(あきさとりとう 生没年未詳)著。寛政九(一七九七)年刊行。

「ハモ」条鰭綱ウナギ目ハモ科ハモ属ハモ Muraenesox cinereus 。本来の本邦に於ける「鱧」は本種「ハモ」であり、「海鰻」もまた「ハモ」としてよい。後者は現代中国語でも「ハモ」を指す(但し、単漢字「鱧」は、現代中国語では「ライギョ」を指す語として用いられるようである。但し、漢和辞典にはその用法はない)。

「Waitz und Gerland,‘ Anthropologie der Naturvölker’ 6te Teil, Leipzig, 1872. s.  280,296.」底本では、一部の綴りに疑問があったので、平凡社「選集」版で補正した。ドイツの心理学者・人類学者であったテオドール・ワイツ(Theodor Waitz 一八二一年~一八六四年)と、ドイツの人類学者で地球物理学者でもあったゲオルグ・コーネリアス・カール・ゲランド(Georg Cornelius Karl Gerland 一八三三年~一九一九年)の共著になる、「原始人の人類学 第六部」か。一八六〇年版を「Internet archive」で見つけたが、ドイツ語は全く分からないので、悪しからず。

「老媼茶話に、慶長十六年、蒲生秀行只見川に毒を流す前に、大鰻僧に化け來て之を止めんとせし事を載す」「老媼茶話」は三坂春編(みさかはるよし 元禄一七・宝永元(一七〇四)年?~明和二(一七六五)年)が記録した会津地方を中心とする奇譚(実録物も含む)を蒐集したとされる寛保二(一七四二)年の序(そこでの署名は「松風庵寒流」)を持つ「老媼茶話(らうあうさわ(ろうおうさわ))」。私は「怪奇談集」で全電子化注を終えている。私の同「巻之弐 只見川毒流」を見られたい。

「紀州に大鰻池の主なりと傳ふる所あり」不詳。川の淵ならば、情報はある。]

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