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2020/12/23

御伽比丘尼卷五 ㊀名は顯れし血文有付めぐり逢たる因果の敵

 

御伽比丘尼卷之五

   ㊀名は顯れし血文有(ちぶみ)付めぐり逢(あひ)たる因果の敵(かたき)

Kumanosukeoyone

[やぶちゃん注:挿絵は底本の国立国会図書館デジタルコレクションの画像をトリミングした。]

 むかし、遠州のある邊(ほとり)に、幷江治部右衞門(なみへ〔ぢぶゑもん〕)と云(いふ)士(さふらひ)あり。其息に熊の介といふ少年、顏色、世にすぐれ、情ありて、風流、たぐひなし。

 其比、又、牢浪(らうらう)にてゐける鐵心(てつしん)とかやいふ人、くまの介を見初(〔み〕そめ)、戀佗(こひわび)ければ、便(たより)求(もとめ)て、くゆる思ひのふしの烟(けぶり)と燃(もえ)て、上なき思ひをしらせ、あるは、道行〔みちゆく〕隙(ひま)もとめて、文〔ふみ〕を拗(なげ)やりなど、いとかしがましきを、父の治部(ぢぶ)、聞つけ、いかり、腹だち、

「所詮、此ものゝまへがみのうるはしければ社(こそ)あれ。」

と。、理不盡に、ひたひをいれぬ。

 かくありて猶、面ざし、にくからず。人戀草(〔ひと〕こひぐさ)の種、しげれり。爰〔この〕隣(〔と〕なり)なるさとに、伊吹やの久米(くめ)といふ女あり。是はよし原の戀ざとにて、「かづらき」といひし女郞(ぢよろう)なりしが、去(さる)子細あつて、此旅店(りよてん/はたごや)の遊女となりゐたりけり。

 されば、熊の介、此女になれて、わりなくかたらひ、かよひければ、此女も、熊の介に身を任(まかせ)て、外には又、男ありともおもはぬ氣しきなりし。

 さても、熊の介は、

「こよひ、かよひ行〔ゆく〕べき。」

と、かねて契りし日なれど、けふしも、さはる事ありて、心ならず暮し、漸々(やう〔やう〕)いぬの過、ゐの前[やぶちゃん注:戌の刻過ぎ・亥の刻前は午後九時頃になる。]に、やどを出行〔いでゆけ〕ば、むかふに、大の男、とある松をこだてにとつて、待(まち)かけしが、聲をかけて、

「いかに、熊の介、我、此〔この〕日ごろ、わぎみを戀こがれて、錦木(にしき〔ぎ〕)

千束(ちづか)徒(いたづら)に朽(くち)、けふの細布(ほそぬの)、むね、あはで、いぬる間とても、やすからず、とやかくと、いひ送るに、一たびの返しだに、なし。しかさへあるに、ひたひをいるゝ。是、しかし、我をあざむく所也。おぼえたるか。」

と、切付〔きりつけ〕たる。

 いひわくべき間(ま)もなければ、とびしさり、ぬき合〔あひ〕、火を散し、戰しが、鐵心は大力(〔だい〕りき)といひ、手しやなりければ、熊の介、うけ太刀〔だち〕になると見えしが、あへなく、これがために、うたれぬ。かたきは、

「しすましたり。」

と悅(よろこび)、いづこともなく落〔おち〕うせぬ。

 熊の介が供(とも)のわらは、所用あつて、遙(はるか)の跡にさがりしが、此由を見るより、一里餘(よ)を、いつさんにはしり歸り、父母(ちゝはゝ)に、

「かく。」

と申上れば、治部を始(はじめ)、家の子、走(はしり)つぎて、敵(かたき)の行衞を尋〔たづぬ〕れど、早(はや)立除(たちのき)たれば、せんかたなく、熊の介が手をみるに、左計〔さばかり〕の疵(きづ)にもなければ、

「かんびやうせん。」

と、たすけおこし、肩にかけて、家にかへりぬ。

 爰に、久米のかたは、宵よりもまちわび、「あかぬ別(わかれ)の鳥は物かは」と讀(よみ)しなど、思ひ出〔いづ〕れば、何となく、むねとゞろき、心もとなく覺(おぼへ)ける折から、熊のすけの童、はしり來り、

「かうかうの事侍りて、君は討れさせ給ひぬ。一まづ、父母へしらせ參らせ、其後〔そののち〕、爰へまいり侍るゆへ、いたう、夜も更(ふけ)さふらふ。」

と語りもはてぬに、久米、

「さても、さても、いとおしや、いかなるものゝ所爲(しわざ)ぞや、自(みづから)、女なりとも、其時に參りあひなば、かくは、なしまいらせじ物を。」

と悲しめど、かひなし。

「責而(せめ〔て〕)、敵の名は、きゝ侍るや。」

と、いへど、

「遙(はるか)の跡にさがりたれば、いかなる者とも不ㇾ知(しらず)。」

といふ。

「扨は、いかにとも、せんかたなし。」

と、倒(たふれ)ふして歎(なげき)ゐる折から、裏の戶を、たゝく音、す。

「いかなる人ぞ。」

と、とへば、

「是は旅の者成〔なる〕が、道にふみまよひて來〔きた〕れり。見申せば、旅宿(りよしゆく)とおぼえぬ。一夜(〔いち〕や)を明(あか)させてたべ。」

と、いふ。されど、

「独(ひとり)たびうどは、叶ひ申さず。外(ほか)にやどし給へ。」

と、いへば、

「情なし。小夜更(さよふけて)、いづちと定めたるかたなし。」

など、打恨(〔うち〕うらめ)ば、何となく哀(あはれ)に覺へ、ゆるし入(いれ)、一間の座敷にいざなひ、酒なんど、すゝむるに、旅の男、久米が姿のうるはしきを見て、

「いかにぞや、ひなのさとばなれに、かくては、つとめゐ給ひける。」

など、思ひ入〔いれ〕たるさまに、いふ。

「わらはは、今、物思ふ身に侍りて、よその御〔おん〕ことの葉(は)は耳にも入〔いり〕候はず。」

と、ふり切〔きり〕て、座を立〔たち〕ぬ。

 されば、此男、先より、家のくまぐまを見めぐり、万(よろづ)、きづかへるさまに見えけるを、久米のかた、いといぶかしく、とある障子の破(やぶれ)より、さし覗(のぞけ)ば、男は、人見るとも不ㇾ知(しらず)、大のかたなの、血になりたるを、ぬき、懷(ふところ)より、紙とり出〔いで〕て、のごひけるが、又、もとのさやに納(をさめ)て、後(のち)は燈(ともしび)を背(そむ)け、ゆたかに、ふしたり。

 久米のかた、是を見るより、

『扨は。此男こそ、熊の介殿を討(うち)しものよ、ごさんなれ、天のあたへ。』

と、うれしく、守(まもり)がたなを引〔ひつ〕さげ、ちかぢかと立〔たち〕よりしが、又、心をしづめて思ふやう、

『若(もし)、此男、敵(かたき)にてなくば、いかゞはせん。』

と案じ煩(わづらひ)ゐけるが、あたりに拭捨(のごひすて)たる血紙(ちがみ)あり。とりて見れば、「狀(でう)」なり。

「何々こよひ日比いゆあるによつて熊の介を討給ふべきよし かやうかやうにはかり たばかり出し申さん。鐵心參る」

と書〔かき〕て、先きの名は定(さだか)にもかゝず。

『扨は。疑べくもなき妻(つま)のかたき。』

と、守刀(まもりがたな)をぬいて、鐵心が心もとをさしとをして、

「熊の介が妾(おもひもの)、夫(おつと)の敵(かたき)、覺〔おぼえ〕たるか。」

と云〔いふ〕聲に、

「口惜(〔くつ〕をし)や。」

と、起(おき)あがらんとしけるが、大事の手なれば、不ㇾ叶(かなはず)、やみやみと討(うた)れぬ。

 此騷(さはぎ)に、宿の亭主、驚(おどろき)、目を覺(さま)し、此由を見て、

「いかなるゆへに、旅人を、かく、ころしけるぞ。」

と。

 此時に、久米、始・おはりを語り、則(すなはち)、治部かたへ、告(つげ)たりければ、よろこぶ事、限なく、骸(かばね)をこひ請(うけ)、心の儘に行(おこな)ひけり。

 去(され)ば、熊のすけ、さばかりの疵ともみえざりしが、日數(〔ひ〕かず)いたはりて、是も、むなしく成(なり)ぬ。

 久米のかた、このよしをつたへ聞(きゝ)て、二たび、人にもまみえず、ある夕(ゆふべ)、かざりおろして、墨染の姿になり、ひとへに、熊の介、かたき鐵心、ともに、頓生(とんしやう)ぼだひのゑかうを、なしけるとぞ。

 誠に宿も社(こそ)多(おほき)中に、此家にめぐり來(き)て、淺ましき死を遂(とげ)ける。

 因果のほど社(こそ)、愧(おそろし)けれ。

 

[やぶちゃん注:「くゆる思ひのふしの烟(けぶり)と燃(もえ)て」「ふし」は「思ひの節」で「こころのとまるところを表としながら、前の「燻(くゆ)る」から「燻(ふす)ぶ」の「ふ(す)」を掛けてあり、「ふすぶ」には既に「思い焦がれる」の比喩が含まれてある。

「道行〔みちゆく〕隙(ひま)もとめて、文〔ふみ〕を拗(なげ)やり」表は単に「外を歩く隙を見つけては」の意だが、「道行」「文」にルビを振らず、恋する二人の「道行文(みちゆきぶん)」を掛けてある。しかし、ちょっと五月蠅い。五月蠅くていいか。鉄心、厭な奴だからな。

「ひたひをいれぬ」これが判らぬ。少年で、未だ成人前であった前髪を揃えて切った髪形であったのを、突然、成人の月代(さかやき)風に、剃り上げてしまったことを言っているか。江戸時代には武士でも男子の元服の儀は遅れるようになり、十七~十九歳で行われたケースも多かったらしいから、違和感はない。江戸時代に殆んど公認だった若衆道は、相手が未成人であればこそ、義兄弟の契りが父母らにも許容された。しかし、成人男性となってしまうと、これは表向きには憚られたのである。

「松をこだてにとつて」「松を小楯に執って」。

「錦木(にしき〔ぎ〕)千束(ちづか)徒(いたづら)に朽(くち)」「錦木」とは五色に彩った凡そ三十センチメートルの一種の恋人たちの呪具。古え、奥州に於いて、男が恋する女に逢いたく思うならば、女の家の前にこれを立てて、女に迎え入れる心があれば、それを家内に取り入れ、取り入れられなければ、男はさらに繰り返して、千本を限度として通ったという。この故事に倣って「錦木」は「恋文」の雅称となった。

「けふの細布(ほそぬの)、むね、あはで」「希布(けふ)の細布(せばぬの・ほそぬの)」狭布のこと。幅が狭く不足するところから、「胸合はず」「逢はず」などの序詞に用いる。特に古くから秋田県鹿角地方のそれが「調」として献納するものとして知られ、それに前の錦木の民俗が多層化され、恋絡みの和歌や文芸に盛んに盛り込まれた。

「あかぬ別(わかれ)の鳥は物かは」「新古今和歌集」の巻第十三の「戀歌三」にある、「題しらず」の小侍従の詠んだ一首(一一九一番)、

 待つ宵(よひ)に更けゆく鐘の聲きけば

         あかぬ別れの鳥は物かは

一首は、「独り男を待っていると、夜更け知らせる寺の鐘の音が聴こえてくる――これは――後朝(きぬぎぬ)の別れを知らす鷄など――物の数では御座いませぬ――という恨み節である。

「やみやみと」何もできないさま。みすみす。むざむざ。

「頓生(とんしやう)ぼだひ」正確には「頓証菩提(とんしやうぼだい(とんしょうぼだい))」が正しい。原義は「速やかに悟りの境地に達すること」であるが、一般にこの語を、死者追善供養の際などに、極楽往生を祈る言葉として唱える。]

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