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2020/12/01

御伽比丘尼卷一 ㊃女さくらがり 付 あやなし男 / 御伽比丘尼 巻一~了

 

   ㊃女さくらがり付〔つけたり〕 あやなし男

Wonnasakuragari

 都の乾(いぬい)[やぶちゃん注:北西。]舟岡(ふなをか)は、昔、空海和尙の開基として洛陽五墓所(むしよ)の其ひとつなり。實(げに)常ならぬ世の爲(ため)し、驚べきにはあらねど、たれ人、其人となく、此所に送り捨(すて)て、煙(けぶり)となすに、今更、けうとく、徃來(ゆきゝ)の人、仏の御名など、打誦(〔うち〕ず)し過行(すぎ〔ゆく〕)事に侍り。

 其〔その〕こなたを舟岳山(〔ふな〕をかやま)といふ。いつも花の比は、貴賤、打〔うち〕つどひ、氊(せん)を敷、(しき)、座をまうけて、うばら・からだち[やぶちゃん注:「茨(うばら)・枳殻(からだち)」。]の中をもいとはず、樽(そん)の前に醉(ゑい)をすゝめ、心うかれては自(おの)か家ぢに歸る事を忘る。

 比〔ころ〕は、やよひの末の一日[やぶちゃん注:三月二十一日。]、大師入定の日とて、人々、御室(〔お〕むろ)に詣(まうで)、幷木(なみき)ざくらのちりもせず、咲(さき)も殘らぬ花のいろ、詠(ながめ)にあかず、歸るさには猶、此舟岡に人つどひて、所せき迄、にぎめきあへり。

 こゝに、ある花の木(こ)かげをかりて、靑鈍(せいどん)の幕、ひるがへるを見れば、三つを六つ計〔ばかり〕かさねたるとし比の、さも、やごとなき女郞を始(はじめ)、はたとせ[やぶちゃん注:「二十歲」。]、三十あまりの女房あまた、たほやかなるかたち、ゑんに打物〔うちもの〕いひたるさま、はるけき雲の上びと、大内女郞(〔おほ〕うち〔ぢよらう〕)などゝもいふべしや、其外、つきづき下(しも)が下がの女迄、にくからぬ粧(よそほひ)、いとゆかしきが、なみゐて、上には、いとしめやかに酒のえんをなしぬ。

 ふしぎや、かゝる女中に、供の侍・仕丁(じてう)などの見えぬは、いかゞと、いぶかしく、茂りたる草村〔くさむら〕より、やおら、さし覗(のぞけ)ば、たきしめたる薰(かほり)、琴の音(ね)など、峯の松風にきこゑたる、えならず、下(しも)の女(め)の童(わらは)、ちりくる花にうそぶきて、「空にしらねぬ雪ぞふりける」などたはぶれたる、又、やさしく打ならびたる女の、かく迄、打そろひていろを諍(あらそふ)姿には在〔あり〕けめ。古へ、平の維茂(これもち)の逢(あひ)けん、とがくし山の女も、かくやはと、思ひ出〔いで〕、愧(おそろしき)迄に詠(ながめ)居たれば、こなたのかたより、わかうど一人、出來れり。

 衣服、手をつくし、こしがたな、金をちりばめて、むげにいやしき人とは見えず。供の奴(やつこ)に、あみがさなどやうの物、提(さげ)させたるが、一木(〔いつ〕き)のかげの高きより、まくの内、見おろして、あだにかしかましく、ゆびざして、『あの君ゆへなら、命なり』とも參らせなむ。あるは、人ごろし、しなもの。

「あはれ、つけざを。」

と、後には、わけもなき事、いひちらして、耳をふさぎ、㒵(かほ)を覆ふ計〔ばかり〕なれば、まくの内より伽羅(きやら)を送りて、くゆるおもひをしらせがほなれど、とりあげもせず。

 たんざくに、うた書〔かき〕て遣せど、是をあぢはふいろもなく、既にまくにとりつき、さまざまのわる口、爲方(せんかた)なくや在〔あり〕けむ、女中かたより、人して、

「こなたへ。」

と呼(よび)入るゝに、おとこ、いなみする迄もなく、まくの内へ入〔いり〕ぬ。

 やゝありて、やごとなき[やぶちゃん注:「やんごとなき」の「ん」の無表記。]女郞、銀(ぎん)のかはらけ、手もたゆく持(もち)て、

「先ほどより、あれにひとりおはしまして、御つれづれ、さぞと推量(おしはかり)參らせぬ。かゝる御事もふかきえにしにこそおはさめ。ひとつは、きこしめされよ。」

と、思ひ入〔いれ〕たるさまに物し給へば、

「有がたき次㐧。哀(あはれ)、是を二世かけて。」

など、たはぶれ、引〔ひき〕うけてのみけるを、あなたの女、出〔いで〕て、

「今、ひとつ。」

こなたより、

「今、ひとつ。」

と、ひくにひかれぬ梓弓(あづさゆみ)、手をかへて、盃(さかづき)の數(かず)しらぬ迄に、めぐりけるほどに、日も西の山の端(は)比〔ごろ〕は、かの若人(わかうど)、主從ともに醉臥(えいふし)、前後もしらず。

 其時、女中、心靜(しづか)に、万(よろづ)取〔とり〕まかなひ、打つれて歸る。

 跡をしたひ、行見〔ゆきみ〕るに、五町斗〔ばかり〕南(みんなみ)に立並(〔たちならび〕〕たる駕(のりもの)、七、八丁(ちやう)、各々、是に打のり給へば、下々(した〔した〕)の女中、御ともの侍(さぶらひ)數(す)十人、駕(かご)につきて、いづちともなく行〔ゆき〕ぬ。

 いかなる人ともしらず、ありし所へ立歸〔たちかへ〕り見るに、二人ともにあとさきわかで、ふしたりしが、人々に驚かされて、やおら起(おき)あがりたれど、足もしどろに、舌、しゞまりて、誠に可笑(おかしき)有樣(ありさま)、ゆゝしかりし。

 ゑもんも橫に着なし、羽折・かたなも、いづち、とられけむ、不ㇾ知(しれず)。

 是迄も、今の女中、

「さりとては、情なし。」

など、はしりまはりて、木の根・づた・かづらに、つまづきまろびまはる。

 花見に、とて、來し諸人(もろびと)、手をあげ、足を空になして、どよみ笑(わらふ)事、止(やま)ず。

 かゝるさへあるに、晴(はれ)たる空、かき曇(くもり)て、春雨、しきりに降來(ふりきた)れば、㒵(かほ)も手も、泥になりて、一身(〔いつ〕しん)、雨にひたりぬ。

 げに、女のわざには賢(かしこく)もはからひし事なりかし。

 是、偏(ひとへ)に酒と色とに迷へる物から、かゝるはぢがはしき目には、あひけり。

 仏は女を「夜叉(やしや)」と説(とき)、酒は、是ばかりなけれども、「乱(らん)におよぼさす」と、古(いに)し聖(ひじり)も敎(をしへ)給ふ物をや。つゝしみて、おそるべき事にこそ。

 

 

御伽比丘尼巻之一

 

[やぶちゃん注:本篇は怪談めいた導入をまんまと裏切った笑話である。

「あやなし」「文無し」で「つまらない・下らない」の意。

「舟岡」「舟岳山」京都府京都市北区紫野北舟岡町にある船岡山(グーグル・マップ・データ)。古来、景勝の地とされ、その清少納言も「枕草子」で「岡は船岡」と、岡のもの尽くしの章段に於いて、冒頭で一番に名を挙げている。一方、ここに述べられているように、京に於ける葬送地としても知られ、吉田兼好は「徒然草」の知られた「花は盛りに」(百三十七段)で、死者を送る地として、「鳥部野(とりべの)、舟岡、さらぬ野山にも、送る數多かる日はあれど、送らぬ日はなし」と記す。

「洛陽五墓所」京辺縁の葬送地(古くは放置して風葬した)は複数が知られているが、仏教で「五三昧」(ござんまい)と呼ばれた地は、右京区の愛宕山(あたごやま)山麓に広がる北嵯峨の化野(あだしの)」、都最大であったと考えられる東山区清水の「鳥辺野」、南区の東寺西側に広がる「狐塚(きつねづか)」(この北の「西院(さいん)」を含む。現在の読みは通常は「さいいん」)、上京区の東北に当たる北野天満宮のある「蓮台野」(れんだいの)で、ここに船岡山は含まれる。

「大師入定の日」弘法大師空海は承和二年三月二十一日(八三五年四月二十二日)、高野山で亡くなった。享年六十二であった。

「靑鈍(せいどん)」「あをにび」。薄く墨色がかった青色。この色(リンク先はサイト「伝統色のいろは」)。

「つきづき下(しも)が下がの女」如何にもそうしたやんごとなき婦人に相応しい、最も下の下女たち。

「にくからぬ粧(よそほひ)、いとゆかしきが、なみゐて、上には、いとしめやかに酒のえんをなしぬ」先の「見れば」以降、カメラは語り手である清雲尼と思しい人物の一人称視線となる。

「仕丁(じてう)」歴史的仮名遣は「じちやう」が正しい。平安以降、貴族の家などで雑役に従事した下男のこと。

「空にしらねぬ雪ぞふりける」「拾遺和歌集」の「巻第一 春」で知られる紀貫之の一首(六四番)、

   亭子院歌合に

 櫻ちる木のした風は寒からで

    空に知られぬ雪ぞ降りける

である。

「平の維茂」(生没年未詳)平安中期の武将。「鬼女紅葉伝説」の主人公としてとみに知られる。ウィキの「平維茂」によれば、『長野県旧戸隠村、旧鬼無里村(現長野市)などがあり、勅命を受けた平維茂が八幡大菩薩より授かった破邪の刀で』、『これを退治する話が広く伝えられている。平維茂が戸隠山(荒倉山)で鬼退治したとする書物は江戸時代以降で』「大日本史」(第百四十巻・列伝第六十七)や「和漢三才図会」(信濃・戸隠明神の項)に『記述があ』り、また、『信濃の地誌である』「信府統記」や、「菅江真澄遊覧記」、「信濃奇勝録」・「善光寺道名所図会」などに『記述がある』が、その筋書きは謡曲「紅葉狩」に『沿ったものや』、「北向山霊験記戸隠山鬼女紅葉退治之傳全」(きたむきさんれいげんき とがくしさん きじょもみじ たいじのでん ぜん)など、『近年に創作されたものに影響されている』とある。

「あだにかしかましく」「徒(あだ)に囂(かしかま)しく」。「無遠慮に、しかも、如何にも不快に騒ぎ立てて」。全景を見ている尼の印象である。

『「あの君ゆへなら、命なり」とも參らせなむ』失礼なことに、『あの御婦人のためなら、命かけても、良い』といった厚かましいことを思い申し上げて(貴婦人への敬意)いるかとも窺われる様子である、と謂うのである。

「人ごろし、しなもの」この「人殺し」は「人を悩殺する」の意で、ここはその若侍が美形であることをさす謂いである。

「つけざを」「付差を」。「付差(つけざし)を」の略。「付差」とは、自分が口をつけたものを相手に差し出すことを指し、吸いさしの煙管や飲みさしの盃を、そのまま相手に与えること。ここはその酒宴の盃の付差を受けたいものだという、極めてえげつない謂いである。「付差」は、特に遊里などで遊女が情の深さを示す仕草とされたものだからである。

「くゆるおもひをしらせがほ」原拠となる和歌や物語の一節があるのだろうが、私は和歌嫌いなので、調べる気はない。ただ一言、ジャズのスタンダード・ナンバーとして知られる「煙が目に沁みる」(Smoke Gets In Your Eyes)と謂うわけだ。同曲の意味は、私は君に恋焦がれて、私のハートはじりじりと焼け、その煙が目に沁みるんだ、というものである。煙草の煙と思っているカマトトが多いので、謂い添えておく。

「とりあげもせず」若侍の無粋なモーションには応じないのである。しかし、「たんざくに、うた書〔かき〕て遣せ」はしたが、またしても、この半グレっぽい男は「是をあぢはふいろもなく、既にまくにとりつき、さまざまのわる口」(ちゃらかし)をする為体(ていたらく)なのであった。

「たゆく持(もち)て」こんな重いものは持ちつけないといった様子でやっと持ち上げて、差し出だし。

「梓弓(あづさゆみ)」本来は「引く」の枕詞であるのを転倒させたもの。弓を引き、矢を射るときの動作・状態から「ひく」「はる」「い」「いる」にかかる。

「五町斗」五百四十五メートル半。

「七、八丁(ちやう)」この丁は駕籠・輿などの数詞。

、各々、是に打のり給へば、下々(した〔した〕)の女中、御ともの侍(さぶらひ)數(す)十人、駕(かご)につきて、いづちともなく行〔ゆき〕ぬ。

「人々」船岡山に花見に来ていた他の人々。

「ゆゝしかりし」とんでもないありさまであった。

「今の女中」ちょっと判らない。その時(「今」)も後片付けのために残っていた、最下級の下女か。或いは、この花見のために雇われた市井の者であったのかも知れない。そうでないと、以下の慌てざまのシーンが不似合いとなる。

「づた」濁音はママ。「蔦」の意で独立させた。

「㒵(かほ)も手も、泥になりて、一身(〔いつ〕しん)、雨にひたりぬ」の主語は軽薄な若侍と中間。

「酒は、是ばかりなけれども」「酒は――いえ、酒だけに限られるものでは御座いませぬけれども――」の意でとっておく。作者ではなく、あくまで清雲尼の言葉として読まれることを、お忘れなきように。]

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